前へ進め、お前にはそのがある

>異色同士 -act09-







「いやぁ・・・まさかこんなフルコースとは思いませんでしたよ」

「どうすんだよ。いろんな意味で泣きたいよ。俺が何したってんだよ」

出かけ前にタッパーを詰め込み、猩猩星の王女の結婚式ということでかなり豪華なフルコースが期待できると空腹にもさらに磨きをかけ
万事屋の全員はまさに臨戦態勢で挑んできた。しかし、まさかテーブルの上に所狭しと並べられたのはバナナの山であるとは誰が予想したか。
ある意味予想できた事態かもしれないが、したくないだろう。せめてデザートあたりにバナナが出る程度だろうと思っていた。
しかし認識が甘かった。周囲を見渡せば真選組以外は全身顔から頭、腕から足先まで黒い毛で覆われた、猩猩星の招待客の数々。
ようはゴリラまみれの式場にバナナに囲まれた結婚式ということだ。
出されるバナナはもうどれが前菜でどれがオードブルでどれがデザートなのか。
唯一、固形ではないバナナは、多分スープ代わりのバナナジュースぐらいだろう。


「私、近藤さんの結婚式に来たんですよね? バナナの叩き売り会場とか、バナナのフルーツ天国とか、バナナバイキングとかに来たわけじゃないですよね」

「しょうがねぇだろ。あちらさんの好みなんだろうが。見てみろ、主役置いてけぼりで客皆揃ってバナナ貪りくってやがる」

「神楽ちゃんも貪り食べてますよ。そりゃまぁ・・・美味しいですけれど」


それにしても、と改めて今回の主役である近藤とその隣に座る王女を見る。
釣り合いがとれているんだかいないんだか良く分からないツーショットに、戸惑いしか覚えない。
どう転んだらこんな状況になるのか。新八は銀時へ問うが銀時も淡々と料亭での出来事を簡潔にまとめ伝えることで精一杯だ。
そんな銀時の隣で沖田がすまし顔で笑い事じゃないといってくるが、こんな状況を笑えるほど非情ではない。逆に目頭が熱く感じるほどだ。


「この披露宴はただの顔見せみたいなもんでねェ。この後、王女の星で正式な婚礼をあげれば近藤さんもはれてゴリラの仲間入り・・・もう帰ってきません」

「へぇ・・・近藤さんは遠いお星様の王子様になるんですね。なんてロマンティック」

さん、遠い目をしながら現実逃避しないでください」


現実を見据えたくないはただひたすらバナナを食べる神楽の隣に座りながら、若干目線を天井へ向けバナナの皮をおもむろに剥いた。
そういえばここにきたのもバナナの皮が始まりだった気がする。そんな遠い昔のような、そうでないような出来事を思い出したのも現実逃避だ。
右隣では沖田と銀時が二人で壊せないだ貸し借り無しだと言い合っている。
そんな中で短く、ジッと砂嵐のような音が聞こえたと思えば、沖田が持っていたトランシーバーだった。
もちろん送信者は近藤だ。結婚式をぶち壊す話は近藤にも確りと伝わっているが、なかなか行動を起こさない銀時たちに焦りを感じたらしい。


「お前ら、こんなん得意だろうが。ご馳走食わせるために呼んだんじゃねーんだぞ!! どーぞ」

「ご馳走って、お前コレ。バナナしかねーじゃねーか。あんま俺達なめんじゃねーぞコラ。どーぞ」


銀時の言葉にも、真選組は動けず松平が関っているため下手な動きは完全に封じされてしまっている事を示すが、それに返答したのは神楽だった。
その内容は今食べているバナナがどこ産なのかという、近藤にとっては至極どうでもいい内容。果ては、果物の王様はバナナだとまで言い出した。
それにとどまらず、沖田と銀時はトイレはどこだの自分が連れて行くだのと、こちらで会話が成立しているにもかかわらず
いちいちトランシーバーを使い近藤へ「どーぞ」と続けている辺りは、もう嫌がらせ以外のなにものにも感じられなくなってきた。


「それでは新郎新婦、どうぞ前へ」


マイク越しに聞こえる司会進行役のお決まりの言葉に、どうやら漸くここでバナナ以外の食べ物の登場かと通路を見れば
開いた扉の向こうから台車でやってきたのは大きなケーキではなく、大きなベッドだった。
はあまりの予想外な出来事に真顔のまま何度も目を瞬かせる。内心は現実を見据えなければならないことと、見ちゃ駄目だ、と異なる意思がぶつかり合っていた。
こんな時こそ平常心だと焦る頭をフル回転させてとった行動といえば、手のひらに「人」と書いて三回飲むアレである。
ふと隣が気になり神楽をみれば、先ほどから一心不乱にバナナを食べている。新八は荷物からタッパーを出してバナナの皮を取り詰め始めた。
ケーキ入刀とくればほとんど式はクライマックスだろう。そろそろ帰り支度をさりげなくしておいたほうが良いかもしれない。
結論に至ったの行動は新八と共にタッパーにバナナを詰め込む作業に勤しむことだった。



「うあああああああああ!!」



視線を完全に外していたところに近藤のあらぬ叫び声。いったい何が起こったのかと確認する勇気もなかっただが、次に響いたのは何かが勢いよく横切る
風を切る音と、壁に突き刺さる重い音だった。
さすがに尋常ではない状況に顔をあげると、通路の真ん中にお妙が立っている。そこから近藤へ視線をうつすと、お妙が投げた薙刀が近藤の着物の襟を刺し
そのまま壁にぶら下がっていた。
一瞬、何が起こったのか理解できなかったが、近藤が名を呼べば新八や真選組の者たちも動き出す。
真選組にいたってはここぞとばかりに近藤と夫婦になる決意を、などと言いながら突然の乱入者に怒り狂うゴリラへ挑みかかる。
松平までもが惚れた女が居るならば何故言わないのかと、彼らと同様に並み居るゴリラに突進した。
乱戦混戦という状態の結婚式場。まれに見る騒動には逆上したゴリラをその自慢の握力で大人しくさせるが、その傍らバナナは死守していた。
お妙はそのまま通路を走り王女へむかい高く跳躍すると、その横顔めがけて容赦ない蹴りを繰り出す。
避ける間もなく王女はそのまま後ろへ倒れ、同時に壁に張り付いたままの近藤にも直撃した。


「弟に何とんでもねーもん見せてくれとるんじゃァァ!!」


お妙の怒りのすべては、ケーキ入刀の変わりの行事内容にあるようで、それには同意の意思を見せるはまた一匹のゴリラを右手で静めながら
深く頷きつつも左手にはバナナをいれたタッパーを確りと持っていた。もうこうなれば取れるだけ持ち帰り、今夜のおかずにするつもりだ。
お妙はそのまま新八と神楽の手をつかむと出口に向かい走り出し、も後を追うようにして走り出した。後ろを見れば完全にキレた王女が
さながらモンスターの如く襲い掛かってくる。この騒ぎの最中戻ってきた銀時や沖田も巻き込み、失神した近藤は土方が背負って走った。


「うわァァァ! 姉上どうしよう! これ外まで追ってくるんですけどォォォ!」

「お、お妙さん! これどこまで追ってくるんでしょうか!?」

「さあ、ゴリラの楽園まで走り去るんじゃないの?」

「どこですかそこォォォ!?」


併走する新八やがあわてた様子で聞くのに対して、お妙は楽しげに答えた。
その表情は久しぶりに見る、満面の笑みだった。





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