前へ進め、お前にはその足がある
>矜持 -act04-
「銀さん、これなんですか」
「何って、この間行った健康診断の結果じゃねェか」
封筒に入った結果票。紙面を睨みつけながら、が問えば淡々とした答えが返ってくる。
しかし欲した答えはその様なものでは無く、その結果についてだ。
身長や体重などなど、前回の結果票と見比べても変わりない。何ひとつ変わりが無いのだ。
それは、糖尿寸前と言われている血糖値に関しても変動が無いと言う事で、何ら改善されていないという結果でもあった。
あまりの数値に溜息すら出ない。それに今更このような結果が出た所で、銀時が今の甘味摂取量を改善するとも思えない。
だからと言って諦めて何も言わないでいることもできず、無駄な事だとも思いながらも吐き出す言葉は、ある意味決り文句だ。
「銀さん・・・もう少し甘味控えてくださいよ。本当にこのままじゃ糖尿になっちゃいますよ」
「銀さんは糖分摂取し無ェと生きてけねぇの。枯れちゃうんだよ」
「いっそ干からびてしまえ」
予想できた答えだった。だが人が心配していると言うのにそれを気にとめず、いつもの調子で答える銀時に多少の苛立ちを感じ、棘のある言葉を向ける。
のあまりの態度に広げていたジャンプに額を当てながら溜息を吐きだす。
ボソボソと何かを言っているが、くぐもった声であったために聞き取れないが、聞き返すつもりもなくバイトへ出かける準備を進める。
背中に突き刺さる視線を感じてもそこで振り返ることはしない。
「なぁ、。お前俺に冷たくねぇ? もうちょっと、甘くてもいいと思うんだけど・・・」
「甘い物なら体を蝕むほどに充分摂取してるじゃないですか。だったら私からの甘い物はいらないでしょ」
「いるいる、いりまくるよ!」
「・・・わかりました。じゃあ、はいコレ」
身を乗り出しながら必死になっている銀時へ、変わらぬ態度で目の前に差し出したのは三百円。
卓上の上に置かれた硬貨に視線を向けながら、意味を探るがさっぱりとわからない。
視線をへ向ければ、先ほどまで無表情だったと言うのに今では満面の笑みを浮かべている。
その笑顔に嫌な予感しかせず、冷や汗を流しながらこれは一体どういう意味だと、恐る恐る問いかければ笑みが深くなったような気がした。
「一週間分の甘味用のお小遣いです。せめてパフェを食べる日以外はそれで賄ってください。もしそれ以上使ったら・・・」
それ以上は言葉にせずとも、翳された手が何を意味しているのか理解し、何度も頷く。
銀時の意志を確認した所で先ほどとは色の違う笑みを浮かべ、はバイトへと向かった。
閉る扉を遠目に見つめながらどこが甘いんだと、言葉にするかわりに腹の底から溜息を吐き出しつつ、机に突っ伏した。
一週間甘味三百円の生活を始めて既に三週間目の最終日に突入していた。周りもそうだが、銀時自身もよく続いたものだと少しだけ驚いている。
小さいチョコや飴一つなら十円や二十円程度ですむ。それを考えれば、そう苦でもない。
それどころか、普段甘味を制限しているせいか改めてパフェの甘さと美味しさを噛み締める事になり、思わぬ発見に一人感動していた節もある。
少しだけに感謝はしたが、それを言うつもりはない。言ったが最後、このサイクルを半永久的に続けられそうで恐ろしい。
想像しただけでも身震いするような内容を、忘れるかのように頭を振ると改めて、明日の事を考えた。明日は、パフェの日がやってくる。
パフェを食べる前の日はなるべく甘すぎない物を食べようかと思い、立ち寄ったのは団子屋。
父娘二人でやっているが、ここ最近では客は銀時一人しか居らず、今も椅子には誰も座っていない。
それどころか障子は所々破け、暖簾ですらボロボロのままだ。「魂平糖」と書かれた看板も傾いている。
そんな店であるが、銀時にとっては通い慣れた店の一つ。何も言わず、外に設けられた椅子に座れば奥から店の親父が顔を出す。
「おや旦那、そろそろ来る頃だと思ったよ。いつものだろ? ほら」
何も言わずとも頼む物は決まっているように見えるが、この店の品は一品に限られている。
皿に乗った一本を迷わず口にする銀時は、ただボウッと目の前の通りを眺めていた。
隣に座った親父も特に何を切り出すもなく、二人の間に暫しの沈黙が落ちる。
限られた小遣いを使っての団子一本を、少しばかりいつもよりも味わって食べているが、その間も誰一人、魂平糖へ寄ろうと言う客はいない。
その様子に団子を咀嚼しながらシケた店だと言えば、逆に親父からはシケたツラだと返されて終わる。
「今時の甘味処はパフェだのケーキだの華やかなもんだぜ。団子だけってアンタ・・・美味いけどよ」
「俺ァ、団子屋だよ。コレしか能がないんだっつーの。アンタもまだそんな木刀腰にさしてんのかィ。今時・・・侍って」
「おしゃぶりみてーなモンだ。腰に何かさしてねーと落ちつかねーんだよ」
互いの現状に、アナログ派にはキツイ時代だと親父がぼやく隣で、銀時が目の前の店の人だかりに気付く。
最近できたばかりの甘味処。その人気は通りに面した窓から見える店内の満席具合や、店の前の長蛇の列を見れば一目瞭然。
人気の秘密はどうやら、あらゆる星の甘味が食べられる所にあるらしい。店名の「餡泥牝堕」とはアンドロメダ星雲にでもかけたつもりなのだろうか。
多種多様な甘味を出す店と、団子一筋の店。客足が遠のくのも無理は無い。だが銀時は、看板娘が居た方が良いだろうと、着眼点が少々違っていた。
親父曰く、魂平糖の看板娘は自分の娘だと言う事だが、線の細い女性、というには少々ガタイが良すぎる。
そんな娘から山盛りの団子をサービスされた事で、身の危険を感じ立ち去ろうとしたが、それと同時に客が一人やってきた。
すぐに娘が接客するが客の態度は尊大で、その様子を銀時は無言のまま見つめている。その客は、餡泥牝堕の店主だった。
相手が相手である。元々の親父の性格もあるのだろう。少々へりくだった態度ではあったが、店主はそれを気にする様子は無い。
そればかりか、早く店を潰して隠居しろと言い出す。
店主はこの地球にきた理由は、今の店を拠点にこの当たり一帯を、甘味通りにする為らしく、その範囲に魂平糖も含まれていた。
「いや、こんな店でも四百年、細々と受け継いできた団子屋なんでね。俺の代でこの味、おいそれと途絶えさせちまうわけにもいかんでさ」
「フン。古き伝統の味ってわけ? でも、本当に残るべき味というのはお客が決める事じゃなくって?」
いくらへりくだった態度をとろうと、客が銀時一人しかいなかろうと、団子一筋でやってきた意地もある。そう簡単に店を明渡すわけにも行かない。
親父の態度にさして機嫌を損ねた様子もなく、懐から紙を取り出すとそれを椅子の上に置き、淡々と言葉を連ねた。
元々餡泥牝堕の宣伝を兼ねた催しだったが、互いの店で団子を出しての甘味勝負にしないかと言い出す。
勝てば多かれ少なかれ、客足は戻るかもしれない。負ければ店は餡泥牝堕のものになる。まさに、一世一代の賭け。
無言のままその提案を聞く親父は、やはり何も言わない。その姿を横目に、咥えた煙管から煙を吐き出して一笑するように吐き捨てた。
「それとも、その四百年の伝統の味に自信がないのかしら」
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