前へ進め、お前にはその足がある
>矜持 -act05-
餡泥牝堕が持ち出した勝負。勝敗は火を見るより明らかだろう。
さすがにここらが潮時だろうと零した親父へ、その勝負とはつまりは団子がタダで食べ放題と言う事なのかと聞く。
一瞬、呆気に取られたような親父は、癖のある笑いを浮かべると男が挑まれた勝負を逃げ出すわけには行かないと、受ける意思を見せた。
娘が先ほどサービスだと多めに出した団子は、いつの間にか最後の一本になっていた。
団子を食べきると、勝負の日はタダで食い荒らしに行くから覚悟しておけと残して、銀時は店を後にする
万事屋へ帰るべく道を歩いていた銀時は、少しだけ悩んでいた。
神楽は無尽蔵の胃を持っているから問題は無い。新八もあれで、根性はあるから大丈夫だろう。
問題はだ。何よりも今銀時の甘味摂取を制限している張本人でもある。
それをどう、説得するかに掛かっている。ただ仕事だ、と言っても本当に依頼を受けたわけでは無い。
もし親父が報酬を払うとしても、雀の涙ほどのものだろう。それでが納得するかどうかは、正直分からない。
「あれ、銀さん。こんな所で何やってるんですか?」
「・・・? あれ、俺こんな所まで着てたの?」
「考え事して歩いてたんですか? 危ないから止めて下さいよ」
突然に声をかけられて顔には出さなかったが、少しだけ驚いた。どう説得するか考えながら歩いているうちに、蜜月の前まできてしまっていたらしい。
まったく考えが纏まっていない状態ではなんとも言えず、ここはとりあえず足早に去った方が良いだろうと思ったが、突然着物の裾を掴まれ叶わなかった。
鼻を引くつかせて何かの匂いを嗅ぐ仕草をするを見て、犬か何かかとつい口に出してしまいそうだったが、喉元で押さえ込む。
銀時の様子など知らずには、甘い香りがする、と一言漏らして軽く睨み見上げた。一瞬たじろぐが、後ろめたい事はあるわけでは無い。
たとえ大量に団子を摂取してしまったとしても、実際自分が頼んだのは三百円以内だった。
後のあれは、サービスに出されたものであるからして、けして約束はたがえてはいない。出された物に手をつけないのも勿体無かったから食べただけ。
自分の中でそんな言葉が行き交うが、言葉にすれば屁理屈だといわれて怒られるのも目に見えている。
真実の大半は伏せておき、団子を食べてきただけだとだけ一言で留めておいた。
「あら、この香りは・・・魂平糖のみたらしですね」
「へ?」
「朔さん、わかるんですか?」
店の奥から出て来た朔は、突然言い出す。それも当たっているのだから驚く他ない。
が問えばまだ団子屋を始めたばかりの頃に、魂平糖の親父に大分世話になったらしく、言わば恩人に近いものであった。
だからといって香りで嗅ぎ分けられるとは、どこの甘味王だと、喉元までで掛かった言葉を二人して飲みこんだ。
二人の内なる戦いなど知らぬ朔は朗らかな笑みを浮かべながら、あそこの団子は美味しいだろうと、銀時に聞いてくる。
確かに美味しい事は認める。だからこそあの店の常連なのだ。
皆まで言わず、一言肯定の言葉を漏らすだけだったが、それだけで朔は満足げだった。
「そういえば最近、魂平糖の近くに新しい甘味屋さんが出来たとか・・・」
「ああ、スゲェ行列だったな。まさかオヤジも、その店から勝負を挑まれるなんて思ってなかっただろうけどな」
「勝負って、なんの? 甘味の?」
何気なく零した言葉に即座に反応したに、先ほどの出来事を教えれば「あら」と、軽い声を朔が漏らす。
浮かべた笑みは先ほどと寸分違わぬ朗らかとしたものだといのに、辺りの空気がやけに冷たく感じるのは気のせいだろうか。
二人は微かに肩を震わせると、一歩後退った。
朔はその様子に気付かないのか、魂平糖の主人も大変ですね、と口元に手を当ててコロコロと笑う。
「た、確かに大変ですよね・・・そんな突然勝負だなんて・・・」
「ええ、本当。どこのどなたかも分からない方が、あのご主人に挑むなんて、大変ですね」
「え、え・・・え?」
様子がおかしいどころでは無く、正直二人して目の前に居るのが本当に朔かどうか、疑いたくなるほどの変貌振りだった。
変貌、と言っても見た目も笑い方も何も変わりない。ただ、纏う雰囲気がおかしい。
一番近しい者で例えるなら、お妙に似ている。笑顔でさり気無く怖い事を言ってのける、あの姿に。
言葉が丁寧な分、さらに恐怖を煽ってくる。
「団子一筋に生きたご主人ですもの。その味は、確か。でも周りの方々はそうは思わないのでしょうね」
「えっと・・・まァ・・・そう言う事でしょうかね・・・」
「ですから銀さん、私からお願い・・・いえ、依頼させていただいても?」
「は、はい・・・どうぞ」
「魂平糖のご主人を、宜しくお願いします」
今まで怒った姿を見たことが無い朔の琴線に触れたらしいこの勝負。
それは恩人の作る団子の味が負けるわけが無いという思いからなのか。同じ団子屋としてのプライド故のものなのか。
はたまた他に理由があるのか。それは銀時にも、にも分からない事。
だからこそ、そこはあまり深く考えないことにしておいた。一番重要なのは、思わぬところでの依頼である。
これで堂々と団子も食べられる。なによりも一緒に居るのだから説得の必要もない。
その労力を消費しなかった事だけでも良しとしておくことにする。そうでなければ、この薄ら寒い空気に耐えられそうになかった。
「とりあえずあれだ。大人しい奴ほど怒ると怖いって奴だな」
「そうですね・・・これからは十二分に気をつけよう・・・・」
店の奥へと戻る朔の後姿を呆然と見やりながら、二人は口元を引きつらせ互いの言葉に静かに頷いた。
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