前へ進め、お前にはその足がある
>矜持 -act06-
魂平糖と餡泥牝堕の甘味勝負当日の朝、万事屋の中の空気はいつもとは違った。
朝ご飯もそこそこに、各々で仕事へ赴く準備を進める。神楽は風呂敷を取り出すと少し大きめの何かを包んだ。
後ろでは新八がやはり風呂敷へ、いくつものタッパーを詰めている。
その光景を横目には特に何を用意するでもなく、皆の準備が終わるのを待っていた。
神楽の持つ風呂敷は見た目からもやたらと重量のある物だとわかるが、その中身が何であるかはあえて聞かなかった。
新八の持っているタッパーの使用法なども分かりきっている。
「良いかオメーら、これは遊びじゃねぇ。ビジネスであり、生き残る為の戦いだ。気を抜くんじゃねぇぞ」
「「「おー!!」」」
玄関先で銀時の言葉に誰一人ツッこむ事はせず、皆で腕を振り上げる。
食べれない辛さにお金の無いやるせなさなど、味わいたくなくともイヤと言うほど知っている。反論する余地など見出せない。
勝負の会場は以前、お通が女傑選手権なる勝負をしていた時と同じ場所だった。
どうやらあそこは街のイベントに貸し出す場所でもあるらしい。しかしその詳細など、四人にとってはどうでもいい事だ。
彼等の脳裏にはまずはこの鳴りっぱしでどうしようもない腹を、どうにかして鎮めなければという思考で占められていた。
ここ最近ではまた仕事も貯金も減る一方。底をつきる事を防ぐための、節約生活が続いていた事も要因である。
故に、今回の仕事はなんとしても落すわけには行かない。
会場手前の階段までくると、周りには団子を食べにきた客だろう、沢山の人が歩いている。
この中の一体何人が魂平糖の団子を食べるのか。そんな事はわからないし、難しい事は飢えで占められた思考では考えられない。
階段を上るにつれ、会場の熱気と司会者の声が聞こえる。どうやらかなりの盛り上がりを見せているらしい。
聞こえた司会の言葉で、ここに来た客はみな餡泥牝堕に並んでいる事が判った。
肝心の魂平糖には誰一人としていないようだが、それならそれで好都合である。
「これは勝負をする前に決着がついてしまった感が・・・」
「!」
階段を上りきり一歩を踏み出した所で、司会がマイク越しにやたらとまくし立ててくる。
場を盛り上げるには充分すぎる饒舌っぷりだが、その言葉も四人は右から左に流す。
隣は餡泥牝堕に並ぶ客だろう。沢山の人間が並んでいる。しかし端にいる人間はまず、団子を食べられるとは思えない。
その横を颯爽と歩く四人が魂平糖の団子が並べられたテーブルの前につくと、親父は掴み所の無い笑みを浮かべている。
「マジでタダなんだろうな」
「ああ、恐らくこれでウチの団子食えんのも最後だ。たらふく食ってってくんな、ヘヘッ」
親父の言葉が終わると同時に、勝負開始の銅鑼が鳴った。
その瞬間、餡泥牝堕に並んでいた人たちは、まるでバーゲンセールに群がるおばちゃん達のような状態。
それでも人数がいれば皿の減りも早い。だがそんな人の数で負けるほど、銀時たちも甘くはなかった。
四人は次々に団子を口に放り込み素早く咀嚼する。喉に詰まらせる、などという心配などありはしない。
「てめーらァァァ、三日は何も食わなくていい位、たらふく食っとけェェ!!」
「旦那・・・」
「飢えだァァァ!! 彼等は甘味を味わいになど来ていない! ただ、飢えを満たしに来ただけだ!!」
「タダ飯なら普通はそうでしょう!! 貧乏舐めんなァァ!!」
銀時の言葉を拾い素早く状況を簡潔に纏めた司会に、は団子を口に入れる合間をもって反論した。
多勢に無勢など誰が言ったのか。気合と飢えだけでどうにかして見せるのが万事屋。その姿に親父は感涙の涙を浮かべた。
群がる客に翻弄され皿が裁けなくなってきた餡泥牝堕に対し、四人は勢いを衰えさせる事は無く胃袋へと団子を詰めていく。
このまま、今の状態が続けばいいのだがそうは行かない。とうとう餡泥牝堕に並んでいた客の数名が、魂平糖へと流れてくる。
予想できていた展開。だがそれを許すほど、銀時達は甘くは無い。
魂平糖の団子にその伸ばした手は届かず、銀時の鋭い蹴りとの拳で食い止められた。
「坂田家の食卓に入ってくるんじゃねェェェ!!」
「団子食べたければ菓子折り持ってこい!!」
「お゛い゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛ぃ゛!! 何してんのォォ旦那達!!」
まだ後ろに控えていた客は、最初の犠牲者を見てその足を止める者が殆どだった。
二人して声をそろえてのウチの食卓宣言に、親父は勝負なのだと声を荒げるが聞こえないフリをした。
今だ果敢に挑む者達へは容赦なく二人してなぎ倒す。食卓荒しには容赦などしないと、声高に言えば漸くその足が止まった。
その傍ら、出かける際に持ってきていた風呂敷を開けた神楽は、おひつの中たっぷりの白米を茶碗に山盛りにして団子をおかずに食べている。
最近は節約生活をしていたためか、一応万事屋のご飯は底を尽きることはなかったが、量からして家にあったご飯すべてだろう。
そんな裏事情など知らない親父は、ご飯を食べにきたわけでは無いんだと当然の言葉をなげかけるが聞く耳持たず、白米をモリモリ食べている。
「神楽ちゃん! 炭水化物と炭水化物を一緒にとっちゃダメだって言ったでしょーが!!」
「お前は何タッパーにつめこんでテイクアウトしようとしてんのォォ!!」
「新八君、タッパー詰だけじゃなくてラップもつかわなきゃ! あ、お皿はちゃんと後で洗ってお返ししますので!」
「団子じゃなくてその妙な気遣いをラップに包んで持ち帰れェェェ!!」
銀時たちはいたって真面目なのだが、そうとは到底思えない行動の数々に親父は絶叫にも似たツッコミを入れる。
その所為か最初ではほぼ互角だった皿の減りが、僅かだが魂平糖に衰えが見え始めた。
同時にあまりの数の客に押し寄せられ、やはり皿のさばきが鈍い餡泥牝堕へ突然、客を掻き分け力士五人が現れる。
どうやら強力な助っ人として呼んだのだろう。凄まじい勢いで団子を平らげ、五十皿という差をつけられてしまった。
「旦那ァ!」
「心配いらねーよ」
「ここまでは腹ごしらえです」
「ウッ・・・お腹が・・・」
「腹こしらえちゃったの!? ダメじゃん!! もうダメじゃん!!」
もたれるお腹を押さえながら立ち上がり、新八がテーブルの端にある団子を二串手にとった。
空いた皿を銀時が持ち、それを新八の前に差し出す。
「こっからが仕事の時間だ」
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