前へ進め、お前にはその足がある
>矜持 -act07-
はテーブルの上にある団子を二串ずつ、新八へと素早く渡していく。
それを受取る新八は串から団子をスライドさせて、銀時の持つからの皿へと落としていく。
皿に乗った団子は銀時が口を開けて待つ神楽へ、文字通り投げ入れる。
流れるような動作で行われる行為。驚く声ばかりがあがるが、力士たちも負けじと団子を次々に平らげていく。
徐々に開いた差が縮まりつつあったが、ここで神楽の驚くべき行為に司会が声を張り上げた。
「ご飯を食べている!? なんと!! 団子の合間にご飯を!!」
「お前バカかァァ!! もうご飯はいいって言ってんだろォォ!!」
「神楽ちゃん、茶碗置いてェェェ!!!」
「欧米食なんてクソくらえじゃ!!」
神楽が反発した瞬間に出来た僅かな隙が、命取りになってしまった。
銀時の投げた団子が見事にヒットしてしまい、みたらしのタレを両目で受け止めてしまった。
のた打ち回り転げる神楽へ新八とが駆け寄るが、この状態ではもう団子を食べつづける事など無理に等しい。
すぐにでも目を洗い病院へ連れて行った方が良いだろう。しかしそうなれば、勝負は決まってしまう。
神楽を支えながらが銀時へ視線を移せば、懐から『糖分』と書かれた鉢巻を出すと、額に巻いてテーブルの前に一人立った。
まだ、銀時は勝負を諦めてはいない。
「、新八・・・さっさと神楽、病院に連れてけ。あとはこの、糖分王に任せな」
「銀さん無茶だ、そんな腹じゃ!! それにこれ以上甘いもの食べたら・・・医者に止められてるのに!」
「近頃の奴ァ、諦めが早くていけねーよ。なぁ、オヤジよ」
両手に団子を持ち、できる限り口に詰め込んでいく。
その姿を目の当たりにして餡泥牝堕の店主はその姿に驚き、司会もマイク越しに声を荒げる。
もう胃には入る余地など無いだろう。誰が見ても明らかな状態でも尚、銀時の手は止まらない。
そんなに甘味が好きなのかと驚く店主へ、親父はガンコで諦めが悪いのだと返す。
必死に団子を口にする銀時の背を心配そうに見ている新八へ、が神楽を支え立たせた所で病院へ行こうと一声かけた。
「・・・神楽ちゃんは、僕が連れていきます。さんは銀さんのそばにいてください。あの人、あの調子じゃ勝負終ったら倒れちゃいそうですから」
「そうだね。じゃあ新八君、神楽ちゃんをお願い」
「任せてください」
神楽を支えて階段へ歩く新八の姿が見えなくなった所で、が銀時のほうへ振り返れば銀時と最後に残った力士の手が同時に止まった。
店主はあと一つ食べれば勝ちなのだと声を荒げるが、力士はここへ来てずっと食べ続けてきた団子に飽きが来たようだ。
親父の言葉に自らの甘味に絶対の自信がある店主が、飽きるはずなどないと反論する。
更には銀時の手も止まっているだろうと付け加えるが、親父が怯むことはなかった。
「世界にある千の味をつくるのがアンタなら、団子しかしらねェ俺は、団子で千の世界をつくるしかないだろ」
あらゆる甘味を作る店主に対し、親父は団子一筋。一つの事に打ち込んだからこそ持つ、店主とは違う自信がそこにはあった。
その姿を見て、朔が団子一筋に生きた人だと評した意味が漸く判った。それはただ、恩人だという贔屓目だけではなかったのだろう。
店が潰れそうなぐらいボロボロだろうと、客が銀時一人だろうと。それでも続けてきた団子屋。
親父の持つ団子屋としてのプライドが、今初めて、目の前で形として現れたように、思えた。
「旦那、アンタウチに千回もきたか? さすがに飽きたかね」
「バカ言え。飽きちゃいねェ・・・飽きちゃいねーが、胃袋もなんもみっちりで、入れる袋がねェ」
「金玉袋にでも入れな」
「「銀さぁぁん!!」」
親父はたった一つ。だが勝負を決める最後の一つを、有無を言わさず銀時の口に突っ込んだ。
勝利を告げる司会の声を遮るほどの歓声。それと同時に声を発したと魂平糖の娘だが、その意味合いは少し違っていた。
魂平糖の勝利が嬉しいのか、娘は銀時へと飛び込むようにして抱きつき、気付けば顔中にキスマークがついている。
はといえば、心配して駆け寄ろうとしたところでの娘が先に起こした行動に戸惑い、なかなか声をかけられずにいた。
娘が離れて行った所でソロソロと近づいていけば、立ち上がれないぐらいに憔悴している。
「銀さん・・・大丈夫ですか?」
「おーよ・・・糖分王を舐めんなよ・・・うっぷ」
「とりあえず、病院行きましょうか」
肩を貸して立ち上がるが、その足取りはかなり重い。階段を時間をかけて降りた所では足を止めて、階段へ銀時を座らせた。
どの体勢でもかなり辛そうな銀時を見て、ここはいっそ救急車の一つでも呼んでしまおうかとも考えたが、やめた。
救急車もタダではない。それに歩いた方が、消化も少しは早まるかもしれない。
幸い、ここから病院は歩いていけない距離では無い。だが行く前に、はやる事が一つだけあった。
ここで少し待ってください、と銀時をその場に残して近くの公園へ駆け込んだが、持っていたハンカチを水で濡らして急いで戻ってきた。
「いくらなんでも、そのまま町中歩くのはいただけませんから、ちょっと我慢してくださいね」
「なに? っぶ、ちょ・・・痛ェよ、そんな強く擦んなよ」
「べっとりキスマークつけちゃって・・・」
黙々とキスマークをハンカチで、少し乱暴に拭っていくの姿を見ていつものようにニヤついてしまった。
その顔を見て少しむくれたような表情をすると、なんですか、と行動はそのままで聞いてくる。
ここははぐらかすか、たまにはちょっとつっこんだ事を言ってみるか。ほんの数秒悩んだ銀時は、己に正直になってみる事にした。
「なんだ、。ヤキモチか?」
「・・・悪いですか」
「・・・え、いや、・・・素直に反応すんなよ・・・」
いつもならば、そんな事は無いと反論してくる所をまさか素直に答えを返してくるとは思っていなかった。
思わぬ不意打ちに、言葉はそこで途切れ微妙な沈黙が流れる。
その間にも残ったキスマークは拭われていき、すっかり綺麗になった所で沈黙がどうにかなるわけもなく、暫くそのまま固まったように動かない。
微妙な空気に居た堪れなくなったのか、が口を尖らせて視線を外すと無言のままにその頭を銀時が掻き混ぜるようにして撫ぜた。
「うっわ! ちょっと銀さん、痛いですっ」
「オメーがいきなり妙な事言い出すからだろーが! もういい、俺一人で行ってくるから、はここで待ってろ!」
「一人でって、お腹重くてまともに歩けない人が何言ってんですか。いいから、一緒に病院行きますよ!」
ぐしゃぐしゃにされた頭は右へ左へと髪が跳ね、それを手櫛で直しながら立ち上がると銀時の腕をグイグイと引っ張った。
力任せに引っ張られ、痛いと抗議するが聞く耳持たず、立ち上がらせた所で待つ事もせず歩き出す。
微妙な空気はまだ多少残ってはいたが、それを気にする余裕は無く早足で病院へ向かった為か、ついた頃には息が上がっていた。
神楽の治療を待っていた新八が二人に勝負の行く末を聞いた後、二人の様子のおかしさに気付き理由を聞いたが
もちろんそれに答えることなどできる訳もなく、妙な笑いと共には必死に誤魔化していた。
<<BACK /TOP/ NEXT>>