前へ進め、お前にはそのがある

>乗り越えろ -act01-







ある朝、万事屋の呼び鈴が鳴る。新八は今手が離せない状態であったため、が応対をした。
依頼人かと思われたそれは、宅急便だった。サインだけすると少し重みのある箱を抱えて居間へと戻る。
届いた荷物をみた銀時の視線は神楽へと向けられた。



「おい神楽。お前まさかまた通販に電話したんじゃねーんだろーな?」

「失敬な。あんな売り文句でホイホイ物を買うほど、今の私は軽くないネ!」

「じゃあ神楽ちゃん、その手に持っているものは何?」

「トマトからダイヤモンドまで何でも切れる万能穴開きスペシャル包丁と、極寒雪原から灼熱砂漠どこでも寝れる万能快眠枕ネ!」



神楽の自信満々の商品説明と共に、その両手にもたれた包丁と枕を掲げられた。
は小刻みに瞬きをして気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をすると、そっと笑顔で値段を聞いた。
答えた神楽の口から聞いた値段に、一瞬背筋が凍る思いをすることとなる。



「あわせて十七万八千円アル!」

「クーリングオフゥゥゥゥ!!!!」



聞いた瞬間、いまだかつて見たことが無いほどの素早さで神楽の手から商品を掠め捕るとすぐに手続きを済ませた。
購入してからまだ二日ほどしか経っていなかった為事なきを得たが、しかし油断しているとこれだ。
どうやら万事屋の貯金通帳がなかなか貯蓄されないのは、何も銀時一人にあるわけでは無いらしいと改めて認識した。
勘弁してくれと全身に疲れを感じながらドカリとソファに座ればその口から漏れるのは文句ばかり。



「神楽よォ、ホントマジ勘弁してくれ。家の家計がどんなか知ってんだろ」

「あんな魅力的な売り文句を言われたらたとえそれが嘘でも買ってしまうのが消費者の心理って奴アル」

「ホイホイ物買っちゃってるよ! でも神楽ちゃん、お願いだから今度からは買う前に相談して?」

「そうだよオメー。子供は買う前には親に相談だよ? 金出すのも稼ぐのも親だよ?
 それをなんだ、昨今のガキはセレブだなんだといまや俺よりも財布が重いとくらァ。俺が恵んで欲しいくらいだぜ」

「たしかに、小さい頃からお金のあげすぎは精神的な成長に著しく悪影響を及ぼしますよ。そこを考えて親はお小遣いをあげるべきですよね」



銀時の疲れきったような言葉に頷きながら同意をする新八だったが、神楽はは親ではなく姉のようなものだと反論する。
どちらも似たようなものだから細かい事は気にするなと言うが、さらにはそこからねじれにねじれてどんどん違う方向へと話しが進んでいく。
誰一人、止めるものもなく進んでいった会話は突然、箱がガタンと音を立てて揺れた事で一瞬の沈黙と共に終わりを告げた。
今誰か音立てたかと問う銀時に三人は首を横へ振り銀時だろうと返せば違うと反論。
全員、箱が音を立てたのではと内心では思うが、その考えをすぐに振り払う。あってはならない怪奇現象だ。
だがそんな四人の考えを嘲るようにもう一度、今度は激しく音をたてて揺れた。



! これ、これ動いたヨ! 受けっとたからが開けるヨロシ!」

「嫌だよ! ここは銀さんか新八君お願いします! 男なんだから度胸見せろよ、え、見せてくれる? さすが銀さん男前!!」

「ちょー!!! ちょっとちょっと、そこで俺!? なんで俺!? はあれだ、熊猫だから一発バシンと箱叩いて壊せば万事解決だよ!
 
これぞ万事屋の真骨頂!

「最近腕が鈍っているようなので、まずは銀さんので試し打ちしてみますね。大丈夫、ちょっとあの箱まで飛ばすだけですから!」

「よし行け、メガネロボ!」

「確かにメガネだけどロボの要素どこにも無いから! ちょっと、やめてくださっ、ちょっ・・!!」



まさにてんやわんやの大騒動と言う奴である。
ソファの影に隠れて互いを互いに押し出そうと必死である四人の姿はまさに滑稽以外の何者でもない。
だがそんな大騒ぎすらも我関せずといった定春が、さすがにその煩さに顔をしかめた。
昼寝を邪魔されたとあっては定春も黙っては居られず、起き上がるとガタガタと揺れる箱を思い切り叩きそれは壁にぶつかると
グシャッとなにやら嫌な音をたてて壊れてしまった。
漸く静かになったことに満足したのか、定春はまた定位置に戻ると丸くなりすぐに寝に入ってしまう。
呆然とその様子を見ていた四人は内心でよくやった定春。今夜は少しご飯を豪勢にするぞ定春。万歳定春。ありがとう定春。
まさに定春を崇め奉っている状態だった。
だがそのままで居るわけにも行かず、壊れた箱に恐る恐る近づき中身を確認すれば箱から飛び出した中身がゴロゴロと転がっている。
手にとり見てみればそれは何の変哲も無い野菜。一体どこに妖しい部分があるのか。そもそも動いていた理由がわからない。



「んだこれ? なんだよ、ただの野菜じゃん。誰だよあんな大騒ぎした奴。やだねー、何事も冷静に行動しなきゃだよ本当」

「オメーが一番騒いでただろーが。何だメガネロボって」

「何々、何のこと? 目だけじゃなくて耳まで悪くなっちゃったのかな? 銀さん一言もそんな事言ってないよ?」

「銀ちゃんこそ天パーだけじゃなくて中身までパーになったアルカ?」

「違うよ神楽ちゃん。銀さんの中身も外見もパーなのは元からじゃない。今更だよ」



言いながらも視線は銀時へは向けず、視線は野菜の入っていた箱へと向けられていた。
のあまりにも突き放した言葉と態度に、神楽はなるほどと納得をし、銀時はうなだれる。
あまりにも不憫な銀時の扱いを半ば同情の眼差しをむけていた新八は、時折二人の関係が何だったかと意外と本気で考えることがある。
だが何よりもそれを問いただしたいのは、銀時本人かもしれない。
ソファの背凭れに手をつき、片手で顔を覆うようにして銀時はブツブツと呟いている。その声は若干震えているようにも聞こえた。



・・・おめーさ、本当勘弁してくれねーかなー。銀さん流石にオメーにまでそんな事言われると泣くよ?」

「そんな事より、これ、見てくださいよ」

「あの、ちょ・・・本当泣いていい?」



見せられた箱の伝票には宇宙便と書かれ、差出人には坂本辰馬と、見覚えのある名前が記載されている。
それを見た瞬間の銀時の微妙な顔は、たぶん一生忘れないだろうと思えるほど印象的だった。
何か嫌な物を見たような。嫌な予感を感じたような。表現は難しいがとにかくすごい表情だった。
の持つ箱を素早く奪い取るとものすごい勢いで二つに引きちぎり、最後には粉々にしてしまう。
怒りの成せる技というやつだろう。だが粉々にしたあとでもその怒りは収まらないのか、さらには踏みつけている。よほど先ほどの出来事が怖かったらしい。
それはも同意だったため特に止める事も咎める事もしなかったが、実は中には野菜だけではなく手紙が一つ添えられていた。

どうやら貿易先の野菜がおいしかったら送ってくれたのだろう。
その星の特徴やら野菜の事やら味の事やらと、色々書き綴っている。
最後の一文には先ほどの箱が動いた原因が書かれていた。



―― その星の野菜は夜行性で活きが良く、暗い場所では活発に動くが味は普通の野菜と同じです。安心して食べてください。



はた迷惑と言えばそうだろうが、これでとりあえず今夜のおかずは決まったようなものである。
しかしその一文の事を伝えるか否かは、目の前でいまだ取り乱している銀時を見たは少々悩んでいたらしい。
言ったところで手紙を破り捨てて怒ることは明らかだろう。やたらと達筆な字がまた怒りを誘う手紙だ。



「とりあえず、今夜は鍋かな?」



その鍋がまた一騒動起こす事になったのは言うまでもない。





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