前へ進め、お前にはその足がある
>断ち切れ -act10-
「・・・痛っ!」
「もう、消毒してるんだからジッとして」
ここは新八の家。はお妙に傷を消毒してもらっているところだった。
新八は夕食の買出しに出かけ、神楽は銀時が逃げ出さないようにと見張りをしている。
隣の部屋からは何やら不可思議なしりとりが聞こえてくる。どうやら暇を持て余し、暇潰しも兼ねてやっているのだろう。
あれから逃走用の船に乗った達は銀時の事を心配しつつも、漸く詰めていた息を吐き出す事が出来た。
そしてなにより、何故こんな事になり何故こんな所に居たのか。それは互いに当然の疑問。やっとそれを聞く事ができる。
が何故あの場に居たのか、簡潔にわかりやすくまとめて伝えれば二人は少しだけ苦しそうな顔をした。
あの時似蔵を捕り逃していなければがここにくる事も怪我をすることもなかった。
呟く新八の言葉に、やはり似蔵の腕を切り落としたのは新八だったのだとは内心で納得する。
悔やむ新八へはそんな事はないと横に首を振った。
片腕だけだったからこそ、あえて自分を生かして船へ連れていったのでは無いかと言えば、それでもやはり納得はしていないらしい。
いつまでもウダウダしていそうな新八へかける言葉を探していたの横から神楽の一喝が飛ぶ。
「いつまでも同じ事言ってんじゃないアル! 過ぎた事だし気にするなっても言ってんだから納得しろよダメガネオタク!」
「ダメガネもオタクも今関係ないじゃん! つーかオタク舐めんじゃねェェェ!!」
「・・・ま、まあ、そう言うことだし、あんまり気にしないで。ね?」
暴れ始めそうな二人を宥めながらも、やっといつもの二人の調子を取り戻した事に安堵の笑みを浮かべる。
何とか話を纏めたところで、今度はが新八たちへ先ほど自分にされた質問をそのまま返した。
正直わけのわからない事ばかりがありすぎて、何がどうなっているのか皆目検討もつかない状態。
分かる事は似蔵と高杉の存在。桂たち攘夷浪士の対立。天人。刀。断片的な情報しかないのだ。
二人から聞いたのは何て事の無い、万事屋特有の「厄介事に巻き込まれた」と言う奴である。
銀時たちは元々エリザベスからの依頼で、流れに流れてこの騒動に巻き込まれたらしい。その会話の途中、鉄子が深く謝罪してきた。
先ほど新八にも言ったとおり、過ぎてしまった事を今更なんだかんだと騒ぎ立てても仕方がない。
何より今回の一件は確かに鉄矢も深く関わっていただろう。
しかし、その鉄矢も今は居ない。今までに無いほどに、沢山の命が敵味方関係無く失われた。沢山の者が傷ついた。
これ以上何を言えばいいというのか。
それに、この一件があればこそ今までの恐怖の連鎖を断ち切る事も、弱い自分を正しく見据える事も出来た。
おかしいだろうが、あえて言葉にするのなら今のは何よりもありがとう、と言いたい。しかしそれはけして口にはしないだろう。
その「ありがとう」は、果たして誰に対してのものなのか。生憎自身もわからない。
だが目の前での怪我を心配そうに見る神楽や新八の姿を見ればそれはまた今度にしようと、今はとにかく銀時の無事を祈るばかりだった。
船を下りた所で桂のパラシュートに絡まった銀時と桂を見つけ、互いにいつものように罵りあい、足や手を出して元気に喧嘩をしている。
そんな二人の姿を溜息一つ、呆れ顔で見つめれば次いで出たのは安堵の溜息。
達が側にきても喧嘩を続けようとするが、銀時の怪我は正直絶対安静のレベルだろう。
いい加減にして下さいと、怪我をしている銀時に新八が肩を貸し立ち上がれば、桂へ別れを告げ万事屋へと歩き出した。
今回はも銀時も治療が必要なほど怪我をしている。特に銀時の傷は一度塞がったものが開いてしまったものもある。
本来なら肩を撃ち抜かれた神楽もだが、その傷は夜兎族特有の回復力によって既に傷口が塞がっている。
しかし一応消毒などはしておいた方が良いだろう。
救急箱どこだっけ。あそこの棚に置いたはずだなどと、他愛の無い話をしながらついた万事屋。
その玄関で待ち構えて居たのはなぜか薙刀を携えたお妙だった。人の家の玄関先で一体何をしているのか。
問いかければここではなく新八の家で療養した方が良いというお妙だが、もちろん銀時はそれを断ろうとした。
食べて寝て大人しくしておけば治るのだからという銀時だが、それを大人しく聞くお妙では無い。
そもそも二人して怪我をしていては新八も泊まりこみになるし神楽にも大きく負担が掛かる。
ならばいっそ広い家で休めばいいと、それはお妙なりの優しさだろう。
多少のやり取りはあったが、結局最後は銀時が折れる事で新八の家で療養する事になった。
「はい、終ったわ。じゃあ、そろそろ私は仕事にいってくるわね」
「お妙さん、ありがとうございます」
「いいのよ、気にしないで。それより、むやみやたらと動いたら、駄目よ」
「は、はい・・・」
閉められた襖をはただ口元を引きつらせ見つめているしか出来ず、身動ぎ一つするのにも怯えやがて夜も更けていく。
怪我人というが、正直銀時ほど酷い怪我というわけではない。まだ傷は痛むが殆ど塞がっている。
朔へはすでに電話で事情を話し休みを貰っているが、正直寝てばかりも飽きてきた。朔に最後に会ったのは風邪で倒れたあの日。
もう風邪も治っているだろうが、元気な姿を見ないとどうにも落ち着かない。
黙って出た事や裏口を開けっ放しにした事など謝らなければならない事もたくさんある。
グルグルと色々考えていては眠れるわけもなく、上体を起こし庭へ視線を向けたところで数日前の事を思い出した。
それは、とうとう拷問に近い看病生活に痺れを切らした銀時が逃げた時の事。が、それは失敗した。
近藤のストーカー被害によって要塞へと変貌した道場。穴の開いた庭。竹ヤリが仕込まれた穴に落ちたのは銀時とお妙と神楽。
そして、何故ここになどと聞かずとも居る理由などわかる近藤とさっちゃんまでもが穴の中に落ちていたが、全員奇跡的に無傷だった。
しかしその一件の一番の被害者は、治りかけの傷がまた開いてしまった銀時だろう。
ふと隣の部屋に続く襖を見つめた。と銀時は看病もしやすいからという理由で隣同士にされている。
寝ているのだろう、銀時の部屋は物音一つしない。少しだけ間を置いて立ち上がり襖に手をかけた。
寝ていると思った銀時は布団の上に座り、障子を開け放ち月を見ている。
二人同時に寝れないのかと言う問いかけをしてしまい、一瞬の間のあと小さく噴出す。
銀時の隣に座っても同じように月を見上げれば、ほんの少しだけ欠けていた。
「日がな一日寝てたら夜に寝れるわけないですよね」
「ったくよー、あいつら本当心配しすぎなんだって。もう大丈夫だって言ってんのによォ」
銀時のぼやきにそんな怪我をしていれば当たり前だと、小さく苦笑を浮かべた。
しかし、の言葉に返ってきたのは先ほどのようないつもの口調と憎まれ口ではなく、ただ表情を曇らせた銀時の視線のみ。
真っ直ぐに見つめてくる気配を感じながらも、はそれにはあえて触れないようにした。
「・・・・・・・・・、すまねェ」
「突然どうしたんですか、そんな暗い声出し、て・・・ッ」
突然、常では聞かないような低くどこか暗い色を含んだ謝罪の言葉に驚き銀時のほうへ向こうとした。
しかし顔を見るより先に視界に広がったのは銀時の胸元で、抱きしめられたと知るには数秒を要した。
トクトクと、聞こえる自分の鼓動と銀時の鼓動。
二つの速さの違う音を聞きながら感じたのは安堵と同時に、塞き止めていたものが崩れそうになる感覚。
必死に押さえ込もうとするにもう一度、耳元で先ほどと同じ謝罪の言葉を呟く。
抱きしめる手はけして強くは無いというのに、そこから伝わる思いは強く、確かにへと流れてくるようだった。
「銀さんは悪く無いです・・・。あんな所に、一人で居た私が、悪いんです・・・」
「護るっつったのに、怪我させちまった」
「傷痕は、残るかもしれません、けど・・・・・・生きて、ます。・・・こう、して・・・ちゃ、んと・・・生き、て・・・っ」
「ああ。ちゃんと俺はここに居るから。だから、もう、我慢すんな」
まるで水から打ち上げられた魚のように。或いは首を締められて呼吸ができないかのように。苦しい。喉が震える。
いつのまにかの手は強く、銀時の服を握り締めていた。
「・・・銀、さ・・・」
「無理して笑うんじゃねェよ。泣きてぇ時は、泣いていいんだ」
今までも危険な目にあった事はある。だが今回はあまりにも沢山の事が一度に起こり過ぎた。
鳴り続けた音。繋がらない電話。路地裏の暗がり。斬られた痛み。大切な人が傷ついた姿。消えてく命。
恐くて、苦しくて、叫び声を上げてしまいそうだった。泣き崩れてしまいそうだった。
その全てを押し殺していたの感情も感覚も、やがては固まり全てが終った今でもとける事はなく
泣く事はおろか心から笑うことも出来なくなっていた。
「。」
なぜ、それがわかるのだろう。なぜ、欲しい言葉をいつもくれるのだろう。
抱きしめる手に、微かに力を込めればの体が一瞬強張る。落ち着かせるように、軽く頭を撫ぜた。
「・・・よく、頑張ったな」
「・・・っ、ぅ、・・・ぇ、っ・・・ぎん、さ、っ・・・・・・ッ、ッ」
銀時の言葉に一つひとつとけ出し、今まで塞き止められていた感情の波が溢れて止まらない。
あやすように背を優しく叩く手に。頭を撫ぜる手に。泣き顔を見られたくなくて顔を押し付けた胸元に。
小さく、嗚咽の合間に聞こえる銀時の鼓動と伝わる体温を感じながら、生きているんだと、ようやく本当の安心を手にしたようだった。
朝になって最初に騒ぎ立てるのは、いつまでも起きてこないと起こしにくる新八だろうか。それとも神楽だろうか。
もしかしたら、仕事から帰ってきたお妙かもしれない。案外自分が一番騒いでしまうかもしれない。
それでも、今はただ泣いて泣いて、泣き疲れたらこの暖かさに包まれたまま眠ってしまおう。
微睡みの中、聞こえたおやすみに答えられないままは静かに眠りに落ちていった。
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