前へ進め、お前にはその足がある
>Ex..05-10 翌朝の出来事
泣きついて、泣き疲れてそのまま寝入ってしまったと銀時は、朝になって案の定騒ぎ立てる新八の声で起きた。
今は朝食を食べ終わり食後のお茶を啜っている。
目の前では何もなかったにせよ若い男女が一緒の布団で寝るのはよろしくないとか、古風な小言を言われている。
今から思い返してみれば確かにそうだろう。実は今まで一緒の布団で寝たことなど無いのだ。
泣き顔が見られなかったのが幸いだろう。だが抱きついていた事を考えるとやはり恥ずかしい事に変わりは無い。
おかげで眉間に皺を寄せる新八にごもっともです、としか頷き返す事ができない。
しかしお妙に見つからずに本当によかったと内心では胸を撫で下ろしていた。
そんなの心境をまるで読み取ったかのようなタイミングで新八はお妙の事を話題に出す。
「姉上が気付かなかったからよかったものの。
もし見つかってたら大人の階段上ったついでに断頭台の階段も上ってこいとか言われる所でしたよ」
実際には言われているような大人の階段など、一段たりとも踏み出してはいないのだがそんな否定の言葉などでてこない。
なにより的確にお妙が言うであろう言葉をこうも容易に引き出し、尚且つ言われたこちらとしてはそれをリアルに想像できるのだからどうしようもない。
さすが弟。姉の事を一番わかっている。
だがそんな事を誉められても嬉しくは無いだろう。言葉にはしなかった。
何より先ほどの新八の言葉で、薙刀を持って凄みを効かせた笑顔を浮かべるお妙を想像し、全身にとり肌が立っている。
落ち着けるべく洗面所を借りて顔を洗いに行けば、部屋へ戻る途中門前を通った所で呼び止められる。
どうやら来客だったらしい。門の前には少し気の強そうな雰囲気の女性が立っていた。
女性は万事屋に依頼をしようとしたがお登勢に言われてここまできたと、淡々と用件だけ述べる。
依頼人とあればぜひ話しを聞きたいところだ。なにせ相変わらず万事屋の家計は火の車なのだから。
だが生憎今はまだ銀時が全快していない。傷口も閉じたり開いたりを繰り返し、そろそろちゃんと休ませなければならない。
依頼を受けられない旨を伝えれば、そうか、と簡潔な返答をして踵を返す。
ニ、三歩進んだ所で首だけ振り返らせた女性は一言残していった。
「ああ、そうだ。タダで依頼を受ける約束を忘れるなと、あの天パーに伝えといておくれ」
女性の言葉に呆然とした。
何が?
え、タダで依頼を受ける?
ただでさえ火の車の家計に油を注ぐような約束して、銀さんは何を考えているの?
呆然としたままだが確実に背負う気配は不穏なものへと色を変えていく。
口元を引きつらせ顔に影を作りながら部屋に戻れば、当然その様子の変化に三人は気付いた。
黙ったまま開いた場所に座ったへ誰かが問い掛ける前に低く、唸るような銀時の名を呟き呼ぶ声が聞こえた。
こんな声初めて聞いたかもしれない。そう思った次にはその手が届かないであろう場所まで静かに後退る。
銀時が避難している事など気付いていないのか、その場から動かないは先ほどの女性の事を伝えた。
瞬間。銀時口元が引きつる。
その様子に、新八と神楽はまた何かをしでかしたのだろうと、とりあえず矛先が自分たちへ向かないように避難をして成り行きを見守っていた。
「銀さん、うちの家計がどれほど逼迫しているのかわかっているでしょうに、何て約束をしてきたんですか・・・?」
「あの、それは・・・そのぅ・・・色々な理由がゴニョゴニョなわけで・・・」
「そのゴニョゴニョ部分が聞きたいんですけれど」
「や、だから・・・、ちょ、落ち着いて、な?」
「私は充分落ち着いていますよ、銀さん?」
顔を微かに上げたの顔は笑っている。しかし笑っているのにそれがとてつもなく恐ろしい。
とうとうバレてしまった。いつかはバレるだろうと思ってはいたが、まさかこんなに早くとは流石の銀時も想像していなかった。
まさか着物を買うのに負けてもらうための口八丁手八丁だったなどと、言えやしない。大体その着物も紅桜の一件で駄目になってしまった。
正直に言えば一応は許してくれるだろうか。
しかしまさかを元気付ける為に買ったなどと口が裂けても言えない。恥ずかしいじゃないか。
そもそも渡した時に喜ぶ姿だけでも見てて嬉しい半面、理由を聞かれてものすごく恥ずかしかった。照れた。もうあんな思いはしたくない。
結局その場では、知り合いが衝動買いした物を貰ったと誤魔化しておいたのだが。
とにかく、今この場でまたあの時のような羞恥塗れになるぐらいならば言わない方がずっといい。
そう判断した銀時は借りが出来てしまった為に、仕方ないことだったとはぐらかした。
ここで正直に言っておけば後に痛い目にあわずに済んだものをと、あとになって後悔するのだが。
全身から嫌な汗を噴きだしつつ引きつり笑顔で言えば暫しの沈黙。ほんの数秒の間だというになんと息苦しいのだろう。
漸くは納得したのか、過ぎてしまった事をウダウダ言うのもいやになったのか。
どちらにしてもそうですか、と顔を上げたの表情は怒りというよりも呆れが強い。
のついた溜息と同時に重なるようにして銀時も安堵の溜息をついた。
「銀さん」
「・・・え、あ、・・・なに?」
「怪我が完治したら覚悟しておいてくださいね」
にこりと微笑んだ笑顔はおよそ満面の笑みにはほど遠いが、しかしある意味心の底からの笑顔だろう。
たとえその根源が怒りであったとしても、漸く笑えるようになったのだからなによりである。
目の前で怒りに任せてバリバリと豪快にせんべいを噛み砕くと、便乗して食べる神楽。
そろそろ無くなってしまうから早く持って来いなどと、顎でこき使われている新八。
いつもとかわらない、いつもと同じ三人の様子に銀時は知らず笑みを浮かべていた。
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