前へ進め、お前にはその足がある
>乗り越えろ -act02-
季節は冬。今日もは朝からバイトに勤しんでいたが、吹きつける突き刺すような風のおかげで客足は少ない。
特にここ最近の冷え込みは尋常では無い。流石のも身を震わせながら震える声を必死に押さえて接客していた。
しかし接客と言っても、来る客の殆どは持ち帰りで買っていく。配達の注文があってもそれも疎らで今日は朝からあまり動いていなかった。
それでもここで頑張る事で万事屋の家計の足しになるのだと思えばそう辛くはなかった。
今頃銀時たちは外にも出ず、炬燵に三人仲良く丸くなりつつみかんでも食べているだろう。
午後になってもちらりほらりと人がくるばかりで、秋頃までの忙しさが嘘のようだ。
今も一人女性客が持ち帰りのメニューを見て悩んでいるが、他に客はいない。
女性は年の頃はお妙と同じか少し上ぐらいだろう。落ち着いた雰囲気が少し大人びても感じさせる。
「あの、これを十本・・・」
「はい、ありがとうございます! 十本ですね。少々お待ちください」
こんな寒い中わざわざ買いに来てくれたのだ。
感謝の気持ちもしっかりこめて、寒さで少し緊張した表情筋をフル稼働させ笑顔を浮かべながらは包んだお団子を女性へと渡した。
受取った女性は何故だか少し逃げるようにして小走りで去っていく。
少々笑顔が引きつり気味だっただろうかと思ったは、その場で頬を軽くマッサージし始めた。
しかしそう言う時に限って客というのは来るもので、声をかけられた瞬間にまさに心臓が飛び出るかと思うぐらいは驚いた。
日の短い冬はすでに夕暮れも過ぎ、辺りは濃紺一色に染まった空に包まれた。しかし町中は昼のように明るいネオンをこの時とばかりに瞬かせる。
漸く店仕舞いの時間となり、片づけを一通り終えたは挨拶を済ませて万事屋へ帰るべく歩き出した。
寒さに肩をちぢこませ下を向いて歩いていたは、名を呼ばれ立ち止まり振り返れば遊染がいた。
以前はどこかで町医者をしていた遊染は、今はこの江戸で小さい診療所を開いているらしい。
少しだけ立ち話をすると、既に暗いこんな時間を一人で歩くのは危険だから送っていこうと申し出てきた。
断る理由も無い。せっかくの好意でもあるからと二つ返事で了承して暫く歩けば、目の前の人波の間からこちらに歩いてくる銀時の姿に気付く。
迎えに来てくれたのかと聞いたが銀時から返ってきた言葉は否定する言葉だった。
「違ェよ。新八に追い出されて醤油を買いに出てきただけですぅ」
「へえ、そうなんですか。でも銀さん、大江戸ストアはもっと家寄りですよ? それに肝心の醤油は?」
「・・・売り切れてたんだよ」
はたしてどこまでが本当でどこまでが嘘なのかわからないが、あまり追求しては拗ねてしまう。
適度な所でやめて遊染に銀時が居るから大丈夫だと言おうとした。
だがその前に遊染は何かを思い出したかのように一言声を漏らすと笑みを浮かべ、銀時へお久しぶりですと言うが
言われた本人は何のことだか暫くわからなかったらしい。どこのどちら様だと口にはしないものの、表情で物語ってしまっている。
このままでは埒があかない。が遊染へ聞けば、昔に会った事があるらしい。
遊染が言うには傷の手当てをしたということだが、が銀時を見れば漸く思い出したように手を叩いた。
どうやら銀時がすっかり忘れていただけらしい。遊染の言葉に首をかしげながら答える姿には苦笑を浮かばせた。
「あー・・・ああ、あん時のか。そういや山ん中でぶっ倒れてた時助けてもらったっけ?」
「ええ、薬草を摘みに行った時に貴方を見つけまして」
「んー、でもやっぱよく覚えてねぇや。あ、でもたしかあん時もう一人いたよな?」
しかし銀時の言葉は遊染に否定されてしまった。
自分は一人だったというが、銀時は納得していないらしく再度確かに居たはずだと言う。
だがやはりそれには否定しか返ってこない。
「銀さん、自分の都合のいいようにに記憶を改ざんしちゃダメですよ」
「いやいや、居たってアレ。うん、居たよ。顔は覚えてねェけど」
「私は一人でしたし、貴方も一人でしたよ」
銀時も譲らなければ遊染も譲らない。先ほどからここに立ち止まって五分。いい加減は温かい所に行きたいと思うがまだ終りそうにない。
見た目はそうでも無いが、実は遊染はかなり頑固なところがある。それで昔は何度も困らされたと朔が苦言を漏らしていた事を思い出した。
結局いつまでも続きそうだった押し問答もが仲裁に入ることで終わりを告げる。
風もだんだんと冷たくなってきている。今夜辺りから、また少し雪が降るらしい。
遊染と別れたあと万事屋へ帰る途中、醤油を買っていこうと店に入ろうとしただったが、別になくても困りはしないからと
の手をつかんでさっさと歩き出してしまう。
結局醤油は買わずに帰る事になったが家に着けば夕食は出来上がっていた。
追求はしなかったもののやはり気にはなっていたは、銀時が席を外した時に何気なく醤油は必要じゃなかったのかと新八へ聞くと
何の事だという顔をして、さらには醤油はまだ切れてなどいないと返答があった。
やっぱり迎えに来てくれたのではないかと思ったが、それはそっと心の内にしまっておいた。
しかし顔に出てしまっていたらしい。戻ってきた銀時にしまりのないニヤけ面と言われてしまったが、とりあえずそれには反撃しておく。
夕食も終えて食器を片付けようとしたところで、電話が鳴った。
対応したのが銀時で、切ったあとは喜ばしい事に仕事の依頼だという。
明日の昼頃に来てくれと言われたらしい。話は相手の家で聞く事になったようだが、も明日はバイトが休みだ。
「銀さん、私も行きますよ」
「あー、じゃあやる事やってさっさと寝ろよ。朝寝坊したらシッペだからな」
「はーい」
そうは言ったが、結局いつものようにと新八で銀時と神楽を叩き起こす事になったのは言うまでもない。
<<BACK /TOP/ NEXT>>