前へ進め、お前にはそのがある

>断ち切れ -act02-







チラリホラリと仕事が入ってくる最近。
今日も、昼頃から家出した子供の説得を、と頼まれ体力よりも精神面をすり減らして帰って来れば、もうすでに時間は八時を差していた。
夜ご飯を作る元気も無いと途中、コンビニに寄った銀時達は適当にカップラーメンを買い、それに紛れて酢昆布やいちご牛乳などが混ざっている。
しかし仕事を頑張っていたのだから少しは大目に見てあげようと、はふらつく足取りで台所に向かい新八と二人でお湯を沸かし始めた。
神楽は一度居間に向かったがフラリと台所に姿を見せ、そのまま風呂場へと向かっていく。どうやら風呂を沸かすつもりらしい。
疲れたときこそお風呂が一番だと帰りの道中も何度となく言っていた。少し眠いのだろう、目を擦りながら向かう神楽をが呼び止め
お湯の方を見ていてくれと頼み、代わりにが風呂場へと行く。

居間にいる銀時はテーブルを適当に拭いて、買ってきた物をさっさと取り出すとテレビをつけようとリモコンに手を伸ばす。
そこで突然の電話。疲れている所に、つんざくような電話の音は不快に聞こえる。
軽く舌打をしたい気分を噛み殺して依頼者だったら、という気持ちを持って一応のマニュアル的な応対をしようと受話器を取ると
その向こうから聞えたのは源外の声。一気に銀時の客への気遣いという気持ちが崩れていった。
会った時同様の暴言なども交えながら、いったい何の用だと聞けば、源外は言いにくそうに少々言葉をつまらせる。
こっちは疲れて腹が減っているのだから早くしてくれと促せば、渋々、と言ったように口を開く気配をなんとなく感じ取った。



『 実はな、この間の時計なんだけどよォ・・・ 』

「あ? なんかあったのか?」

『 あったっつーか、無ェっつーか・・・すまん銀の字、空き巣にやられたのかなんなのか、無くなっちまってんだ 』

「無くなった?」



受話器先ですまないともう一度謝る源外だが、銀時にとってそれはどうでも良い問題だった。
そもそもあれはを苦しめるようなもので、渡したであろう男も正体不明。わからない事だらけで、何か手がかりでもあればと調べてもらおうと思った。
わからないならそれでいいが、このまま二度と時計も男も消えてくれれば何よりである。例えそれが、根本的な解決になっていないとしてもだ。

無言の銀時が相当に怒っているのかと勘違いしたのか、源外は謝りながらも一応客商売をしている身。
預かったものをなくしてごめんなさい、で終わらせるつもりも無いらしい。バイクを直すというよりも、復元してやろうと言ってきた。
本当は銀時は怒ってなどいなかったが、思わず転がり込んできたチャンスを逃すつもりも無くもちろんタダでだろうな、と付け足す。
一瞬、喉を詰まらせたかのような声が聞えたが気のせいにしておいて、もう一度念を押すようにして嫌味も交えて言えば
最後には源外が折れてしまった。これが電話でよかったと銀時は思いながら、にやりと笑う。



「銀ちゃん! が・・・!」


が? おい、じーさんもう切るぞ。こっちだって暇じゃねーんだ」



居間に駆け込むようにしてきた神楽の様子にただならぬ物を感じた銀時は、源外の返事を聞くことなく乱暴に受話器を置くと台所へと急いだ。
台所には居らず、その向こう。脱衣所には居た。顔を俯かせ、床にへたり込むようにして座っているの背中は微かに震えているように見える。
新八と神楽が心配そうに声をかけながらその背を撫ぜたりしている。銀時がの目の前にしゃがみこんで声をかけるが、その視点は合っていない。
もう一度、ゆっくりと名を呼べば漸く顔を上げたが、その時の手に握られたものに気付く。



「おい・・・これ・・・」



先ほど、源外から無くなったといわれた時計だった。
は風呂を沸かし脱衣所に戻った時、足拭きマットを新しくしておこうと前屈みになったとき、ゴトリ、と言う音と共に床に重いものが落ちた。
視界に映らないギリギリなところ。足に微かに触れた冷たい感触。
ゾクリ、と背中を震わせながらゆっくりとそれを見て、そんなバカなと思いながら拾い上げたのは確かに、銀時に預けていた時計。
以前にも一度味わった言い知れぬ恐怖。飲み込まれそうになりながらも必死に抗って、恐くは無いと言い聞かせていたは自然とその場に座り込んでいた。
戻ってくるどころか音すらも聞こえない風呂場の様子をおかしく思った新八と神楽が脱衣所に向かえば、こちらに背を向けて震えているの姿を目にする。
何度も声をかけたが言葉は返って来ず、自分たちだけではどうしようも無いと神楽が銀時を呼びに行き、今に至る。


顔を上げたは良いが、いまだその視線は微かに彷徨っている。
の恐怖や苦しみなど、何と声をかけても銀時達には計り知れないもの。
多少乱暴かもしれないが、躊躇している暇もない。肩を掴み体を揺さぶりながら、強く、鋭くの名を何度も呼んでやっと、の意識は戻ってきた。
何かを言おうとしているのだろう。唇は戦慄き、その所為で言葉を上手く紡げないでいる。
二人の様子を見ていた神楽は突然、の手から時計を奪うようにして窓を開けた。



「ちょ、神楽ちゃん何やってんの!?」

「こんな物があるからが苦しむアル! こんなの、投げ捨ててやるのが一番ネ!」



投げ捨てる体勢に入った神楽だが、弱々しく聞こえたの静止の言葉に動きを止めて振り返る。
いまだ青い顔をしているだが、フラリと立ち上がって神楽の手から時計を取ると弱く握り締めた。



「本当なら・・・こんな物、捨ててしまいたい・・・」

「だから私が捨ててあげるヨ!」

でも!! ・・・でも・・」

?」



引出しの奥にしまっても、他人の手に渡ってもそれはの懐へと戻ってくる。
捨ててもきっと意味がない。それは誰もが思いながらも口にしない、紛れもない真実だった。
の様子に三人も口を噤んで立ち尽くしている。

時計があることで襲い掛かる、煽られるような恐怖は言い様のない不安を掻き立て、その不安がさらに恐怖を大きくしていく。
まるで悪循環しか生まない負の感情の渦は確かに、の精神を飲み込もうとしている。
何が目的でそんな事をするのか。一体何者なのか。わからない事だらけに、手がかりは時計だけ。考えても答えが見つかるはずもない。



「でも、あの男の居場所は判らないんですよね・・・。見覚えもないし・・・」


「戻ってくるにしても、少しの間はの手元から離れるアル。やっぱり、捨てた方が良いヨ」


「・・・うん・・・そう、なんだけど・・・」


「おい



今まで黙っていた銀時がの頭に手を置いて呼びかければ、振り返り見上げるとその表情は無表情とは言いがたく
しかしどんな気持ちを表しているのか、表現しがたい物だった。一度の手の中の時計を見ると、に視線を向けた。
がどうしたいのか。それを視線のみで問い掛けてくる。もう一度、強く時計を握り締めれば微かに唇を噛む。



「私、・・・本当は、こんな物・・・持っていたくないです・・・・」

「ああ」

「でも、・・・逃げたくも、無いんです」

「・・・そうか」

「正体も、目的も、意味だって・・・・・・何もわからない。これがあると、凄く苦しい。苦しむ度に、皆に迷惑をかける・・・。
 それでも・・・私は、目の前の事から・・・逃げたく、ないんです」



戻ってきてしまうとしても、捨ててしまえば数日は戻ってこないだろう。神楽の言うとおり、苦しむ思いをするなら少しの間だけでも、時間が出来るならいい。
それでも元を断たない限り時計はいつまで経ってもの手元に戻ってくる。
捨ててなかった事にしようとする。それは逃げになるのでは無いかと、思い始めた。
もう逃げないと決めた。
ならば自分を苦しめる物にも立ち向かっていかなければならない。



さん・・・でも」

「新八、こいつがそうしてーって言うなら、それでいいじゃねーか。オメーも男ならグダグダ言ってんな」

「銀ちゃん、あの気味悪い男どうやって捜すアル?」

「またくる、とか言ってたんだろ? 鳴かねば鳴くまでってやつだ、奴から姿見せんのを待とうや」

「壊そうとしても駄目。捨てても駄目。なんてもの寄越してくれたネ、あの男。会ったらただじゃおかないアル!」



銀時の言葉に漸く納得した二人は、今もを気遣っている。いい加減脱衣所に固まっているのも間抜けな話だと、居間へと戻った。
捨てる事は諦めた神楽だが、それでもがずっと持っていることには納得がいかないらしく、結局三人でローテーションを組み、交代で持つということになる。
他の者が持っている間だけでもが安心できればいいと、神楽の精一杯の気遣いに、疲れもあるのか弱々しく笑みを浮かべた。



「皆・・・・ありがとう・・・」

「・・・さん、これだけは覚えておいて下さいよ。絶対に、一人で苦しんだりとかはしないで下さい」



真剣な新八の思いを向けられて、は病院の屋上での銀時とのやり取りを思い出した。
先ほどとは違った笑みを浮かべたが、その違いに気付いた者はいない。
はありがとう、と言いながらも元々仕事での疲れもあったが先ほどの出来事で、とうとう疲れがピークに来てしまったらしい。
静かに眠りへとゆっくり滑り落ち、目蓋は閉じていく。
意識が微かに現実にしがみ付いている時、もう一度ありがとう、と言葉にしようとしたがそれは言葉にされる事はなく、そのまま深く眠ってしまった。





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