前へ進め、お前にはその足がある
>軋む音 -act01-
かぶき町の繁華街から外れた道を、は只管走っていた。
細い路地を右へ左へ。途中、落ている空き缶を蹴り飛ばしてもそれを気にしている暇はない。
流れる景色は次々と変わっていき、周りに何があり、どこに人がいるのかなど、認識していられる状況でもなかった。
角を曲がった所での走る道へ、銀時が横道から同じように走って姿を表す。
が居る事を一瞬だけ視界に捉えた事で理解しすぐに同じ方向へと走った。
「くぉら待てェェ!! このクソ猫ォォォ!!」
「銀さん! 右、右!!」
「チッ!!」
今日、万事屋に一件の依頼が舞い込んできた。
定期ワクチンのために病院へ連れていこうとした際、いつもと違う様子に怯えて逃げ出してしまった猫の捜索と捕獲。
最近、意外と依頼がそれなりに入ってくるようになったのだが、内容によって成功率はピンからキリまで。
正直に言えば、動物の捜索と捕獲は万事屋の中での成功率は低い方といっていい。動物を探す事は、人を探すよりも骨が折れる。
その上、見つけて捕まえようとすれば、塀の上や屋根の上。小さい穴を潜って人の入れない狭い隙間を掻い潜る。
あらゆる手段を用いて逃げる猫を捕まえるなど、至難の業。
この日も人海戦術として四人バラバラに探すことで、猫はすぐに見つける事はできたわけだが、そこからと猫の激しい鬼ゴッコが始まったというわけである。
途中合流した銀時との二人で追いかけたものの、相手は猫。追いつく前に、二人が入りこめないような隙間などに逃げ込んでしまう。
息は激しく乱れたまま、足を止めて様子を窺えば、猫の方も達の様子をジッと窺っている。
睨み合って数秒。先に動いたのは猫。その場でまた銀時とは別れ、は走り出す。の足では先回りは無理だろう。
出てくる場所を予測して、見失わないよう追いかけるのが精一杯だった。
の予想は当たり、目の前では先ほどまで追いかけていた猫の姿。銀時が見当たらない所を見れば、どうやら彼の予想は外れたらしい。
見失ってたまるかと、またも猫を視界の中心に捉えたまま町を疾走する。
「うわっ!!」
「なっ!?」
角を曲がった所で、腰に刀を差した男が数名、道の端に立っていた。
そこへ失速する事も出来ず思い切り突っ込んでしまったが、はそのまま一言謝るとすぐにその場を立ち去ろうとする。
突然、男の一人がの動きを腕を掴む事で制止した。
「小娘。きさま今の話しを聞いておったか!?」
「は?」
どうやら何か密談に近しい事をしていたらしいが、本当に聞かれて欲しくない事なら、どこか人気の無い屋内でしてほしいと
けして口にせず思うだけに留めたは、今はとにかく猫を追いかけなければならなかった。
今回、この依頼を失敗すれば暫くの間、おかずもなく、ご飯にコショウや醤油をかけて食べるといった、質素とも違う寂しい食卓が続く事になる。
いくら仕事が入ってくるからと言っても、一度に貰う額はそんなに多いわけでもない。悲しいが必ず成功するわけも無い。
一日三食のうち、一食をかなり節約して、漸くギリギリ保っているのである。
そんな万事屋の食卓事情を男たちに説明する事も面倒だったは、早口に手を離してくれとまくしたてて言いながら、思い切り手を振り解いた。
「おかず追いかけてるんですから邪魔しないで下さい!!」
あながち間違いではないのだが、傍から聞けばとんでもない発言である。
そんな事を気にしている暇すらないは、腕が自由になった瞬間また走り出すが、とうに猫はどこかへと姿を消してしまった。
一体どこに行ったのか。あの男たちに邪魔をされなければ今頃、捕まえられたはずだ。
沸々と湧き上がる怒りなどをぶつけるものもなく、辺りを見回しながら歩いてくの視界に飛び込んできたのは神社。
神社と言えば和風。和風と言えば猫。猫と言えば神社。
無理にも程がある、妙な繋がりを自身の中で確立し、迷いなく階段を上ればそれは一種のの執念による勝利と言えばいいのか。
境内の隅の方で先ほどの猫が耳を立てて座っている。周りを警戒しているのだろう。
深呼吸をすると、は意を決して境内に入りこんだ。猫は気付き、目を大きく見開いての事を見つめている。
ある一定の距離を保って足を止めたはもう一度、深呼吸をして息を整えた。
先ほどとは違う緊張感が漂う。
ジリッと音が立ったような気がした。
瞬間、猫は一気に駆け出すが、は着物が汚れるなどといった概念はなく手を伸ばし、それはさながらサッカーのキーパーのような動き。
伸ばした手は確りと猫を捕らえ逃げられないようにと、すぐに抱え込む。
「イヨッシャー!! 捕まえたァ!!」
は激しいスライディングと共に猫を確りと掴むと、そのまま抱えて叫ぶ。
地面に寝そべった状態で、まるで高い高いをするかのように猫を掲げると猫は心底迷惑そうな様子。
それに構わず抱えたまま起き上がり、軽く土を叩き落とすと銀時達と合流するべく歩き出した。
「いやー、でかしたよ本当。ちゃんはね、やればなんだってできちゃう子だって銀さん信じてたから」
「エヘヘヘ、そんな誉められたら、思わず飴とかあげたくなっちゃうじゃないですか」
「うん、それが目的」
「ですよね」
依頼人へと無事猫を渡した銀時達は、懐にまるでカイロでも入れたかのような温かさを感じながら万事屋へ帰宅中。
やたらと誉めてくる銀時だが、その魂胆も下心も見え見えである。
しかし昼前からずっとかぶき町内を捜索し、歩き回り走り回って体は疲れているだろう。
帰ったらいつもより少し多めにいちご牛乳を注いであげようなどと思っているは、十分上機嫌だった。
「、髪にいっぱい小石とか葉っぱとかがついてるヨ」
「しかも顔や着物までそんなに汚れちゃって・・・かなり激しい捕まえ方だったようですね」
「スライディングしちゃったからねェ。でも猫が無事に捕まえられて良かったし。
飼い主さんも安心したと思うから、それを考えれば安いもんだよ・・・って、プッ、ちょ、ぎ、銀さっ、ブ」
笑いながら二人に答えていたに、突然銀時が顔に布を押し付けてガシガシと拭きはじめた。
頬や鼻の頭についていた汚れを拭き落すと、今度は髪に絡まった落ち葉や小石を叩くようにして落としていく。
あらかた、汚れやゴミなどを払い落としての顔をまじまじと見てくる銀時は、満足げに「よし」と腕を組んだ。
「お前ね、仮にも女の子なんだから顔の汚れぐらい落しなさい」
「どうせ帰ったらすぐお風呂だしいいかなーと思ったんですよ。っていうか、仮ってなんですか、仮って」
聞き逃さなかった言葉に食って掛かるが、銀時はあえて何も知らないフリをして他所を向いてしまう。
体も疲れているし、そこまで突っかかる事でも無いとも大人しく身を引いた。
「さん。銀さんはさんには何時でも綺麗で居て欲しいんですよ。男ってそういうものなんですよ」
「ちょっとなに言ってんの新八? とうとう妄想するようにまでなっちゃいましたか?
俺はね、年頃の女の子が顔を泥だらけにして歩くのはどうかなって思っただけであって、違うから。そう言うんじゃないから」
「じゃあ、どう言うのアル?」
「どうもこうもねーよ。顔に泥を塗るのはなァ、恥をかかせる時と泥エステだとか。
なんかそんなんやる時だけにしときゃいいって言ってんの」
「マジでか。泥を顔に塗って恥ずかしい思いをすればお肌がツルツルになるアルか!」
太陽が夕日に変わり始めた時間、影を長く伸ばして歩く四人の会話はいつもと変わらない。
伸びた影を見ながら、たまにはこうして四人、肩を並べて歩くのもいいものだと思いながら、はある事を思い出した。
夏の暑い日。扇風機を買いに行ってなぜかバイクが大破してしまってから、銀時の足は徒歩しかない。
たまに電車にも乗るが、それは本当にお金があるときだけだ。
「そう言えば銀さん。いつバイク直すんですか?」
「修理には出してあるんだけどよォ。そういや、もう直ってんじゃねーのかな? 明日取り入ってくるわ」
しかしまさかバイクを取りにいった後、今日の収入をすべて入院費として捻出されるなど誰一人として考えてもいなかった。
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