前へ進め、お前にはそのがある

>軋む音 -act02-







銀時が源外の所へとバイクを取りに行っている間、は朔の店を訪れていた。
先日から風邪を引いた朔は臨時休業して養生していたが、そう酷い症状ではないらしい。
ただ、接客業であり食品を扱っている以上、そういった面は気を使わなければならない。
何より風邪は万病の元と言われる。無理をしてはならないと、が昼頃に朔の所へ行き、身の回りの事をするのがここ最近の日課だった。
ただ昨日は万事屋の依頼の為にこれなかったのだが、謝るへ朔は相変わらずの微笑みで構わないと返す。
風邪がうつってはと心配する朔の気持ちを汲み、店先の掃除と夕食などをつくる程度で終わらせた。
ほんの数時間ほどで朔の家から出てきたは、帰りに大江戸ストアにでも寄って帰ろうかなどと考えながら歩いていれば
遠くからまるで暴走族が走らせているかのようなバイクのエンジン音が近づいてくる。顔を上げそちらを見れば、見慣れたバイクと人物が目に映る。



「銀さん?」



何をそんなに急いでいるのか。
危ない運転をして、免停になったらどうするのだ。

勢いよく目の前を何やら叫びながら走り去っていった銀時を目で追いながら、その後ろに乗る見知らぬ女性の姿に首をかしげる。
どうやらまた厄介ごとを背負い込んだのだろう。そう思えば、何事もなければいいが、と溜息を漏らすだけに留まった。
の心配はその後見事的中することなど、想像してはいなかっただろうが。
用も終えたは万事屋へ帰るべく歩いてると、何やらボソボソした声が聞こえてきた。
近道でもしようとして入った道だったが、不穏な気配を微かに感じ足を止め、踵を返そうとする。
しかしそれは、突然背後に現れた男によって阻止されてしまう。



「何だ、貴様?」

「や、あの・・・ただの通りすがりで・・・」



もちろんそんな言い訳めいた言葉が通用するとは思っていない。
何か聞かれたらマズイ事を話していたような所に遭遇した以上、誤解を早く解いた方が良い。
だが下手に口を挟めば、そこからどんどんと深みにはまって逃げられない自体になることは目に見えている。
慌てず、慎重に言葉を選ぶは、ただ目の前の男を凝視していた。
妙な気配に気付いたのか、角から現れた他の男数名は、よく見れば帯刀している。だがどう見ても幕臣には見えない。
そうなれば行き着く答えなど決まっている。
どうしてこう言う場所で秘密事を話すのかと、内心毒づきながらも必死になって逃げる為の言葉を捜すが、どれもこれも失敗しそうな言葉ばかりが思い浮かぶ。
押し黙ったままのを見て男たちは口々に「聞かれたか」「奴等にバレてはマズイ」などと、やはり小声で囁き合っている。



「ん、この娘・・・確か昨日・・・」



男がの顔を少し覗き見るようにして呟いた言葉に他の者も反応を示した。
も男の顔を見て、昨日猫を追っていた時に数人で何かを話していた男の中に居た事を思い出す。
しかしあれは本当にただの通りすがりであり、今もそうだが男たちがそれを知っているわけも無い。
一人は刀に手を置き、ここで殺しておいた方が、などと言葉にすれば思わず小さく悲鳴を上げた。
下手な事をして騒ぎになってはマズイと、他の者が制することで刀に触れていた手を離す。



「小娘、貴様はこのようなところで何をしている。我等の話を聞いたか?」

「い、いいえ・・・あの、ただ帰り道で、近道だっただけで・・・・」



首を必死に横に振りながら少しだけ震える声を押さえ込み、言葉にする。
だがには男たちの言葉など半分ほどしか聞えていない。



の鼓膜に。頭に。胸中に。
いつしか聞いた覚えのある。自らの意志で忘れようとした、ガチリ、という錆びついたような音が響き渡る。
前はただ一度きり。しかし今度は小刻みに、まるで秒針のように一定の間隔での全身に響いていた。
音が一つ響くたび、奥底から湧き上がってくるのは何なのか。判りたくは無いと思いながらも、それは次第にの感情を呑み込んでいく。












嗚呼、何だこの音は。




―― わけのわからない音なんか恐くない




周りの音がよく聞えないじゃないか。




―― 全部、全部。この音に飲みこまれてしまいそうだ




目の前が霞んでくる。呼吸が乱れる。視線が泳ぐ。




―― 落ち着け。静まれ。目の前の男たちに集中するんだ。恐くなんか、ない




五月蝿い、五月蝿い。




―― 嗚呼、ガチガチと、一体、何の音だ














いつのまにか爪が食い込むほどに、強く拳を握りこんでいたの異変などに気付かない男たちはいまだ、をどうするかと相談している。
音の合間から聞こえてきた言葉は不穏な単語を含むものばかりで、もしかしたら真選組の監察かもしれないという言葉もその中にあった。
否定する事も反論する事も出来ずはただ、早く音を鳴り止ませる事で必死だった。
原因など何もわからないのに、繰り返し「静まれ」と何かに言い聞かせているが、一向にその音は止む気配を見せない。
それどころか、先ほどよりも音が大きくなってきている気にすらさせられる。

早くこの場から離れたい。この異常な空気と状況から解放されたい。
只管にそう思うの耳に届いたのは、捨て置け、と言う言葉だった。他の者も、一人では何も出来まい、と納得している。
聞えた瞬間、ホッと息をついたがまるでその油断を狙っていたかのように、背後の別の男が小さく呟いた。



「俺ァ、この娘が桂と一緒にいる所を見たことがあるぜ」

「・・・山、それは本当か?」

「なるほど・・・この娘は桂の仲間という事か」



山と呼ばれた男の言葉に皆が何かを納得しているが、にはまったくわからない。
口々に桂の最近の攘夷活動に関しての不満を漏らし、一人がをエサに桂をおびき出せないものかと言い出した。
同じ攘夷浪士といえど、目指すべきものや志などの食い違いがあるのだろう。
どうやら過激な攘夷活動をしている男たちは、最近の桂の大人しい活動内容を邪魔に思っているらしい事が男たちの言葉から感じ取れる。
桂とまったく関係が無いわけではないが、けして攘夷活動の仲間というわけではない。
盛大な勘違いでとんでもない事に巻き込まれてはたまったものではないと、は鳴り止まない音を振り払うかのように
必死に違うと否定をするが男たちにの言葉を聞こうとする者は無く、どこかへと連れていこうと腕を掴み歩き出す。



「ゃ、離してくだ・・・っ!」

「大人しくしろ、小娘。いらぬ怪我をしたいか?」



目の前に翳された抜き身の刃に身を強張らせる。どうしよう、と言葉が胸中で繰り返されるが打開策などすぐに思いつくわけも無く。
さらには先ほどよりも五月蝿く鳴り響く鈍い音が思考を乱し、より焦りが増すばかり。
どうしたらいいのかまったく判らなくなってしまったは、ただ引っ張られるままに足を縺れさせながら歩くしかない。
だが突然男たちの足が止まり、も必然的に立ち止まった。掴まれた腕はそのままで、男は思わず力を込め痛みが走った。
痛みに表情を歪めたが声をあげる事はなく、男たちの目の前に立っている人物を目を見開いて凝視する。





「き、貴様は・・・!」

「おいおい、なんだテメェら。やる気あんのか? 揃いも揃って気配に気付かねェとはな」





さも面白いものを見つけたという笑みを浮かべながら立っていたのは、土方だった。





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