前へ進め、お前にはそのがある

>軋む音 -act03-







最初男たちはを桂の仲間と勘違いし、桂を誘き出すためのエサにしようとして居たが突然目の前に現れた土方を相手に
の首元に刃を向け後ろ手に拘束すると、この場から逃げる為の人質にした。
土方は慌てる様子はなく、悠長に新しいタバコを取り出して火までつけるほど。その態度に男達が怒らないわけがない。
一人、逆上したように刀を構えて土方の懐へと飛び込んだ。
手を出すなと言わんばかりに先ほどよりもキツク、を拘束する手を掴み刀を近づける。


状況の変化はまさにあっという間だった。
突然、を拘束していた男とその周りにいた男たちが短く呻き声を上げ、地面に力無く倒れてしまう。
は男の下敷きになる事はなく、背後から奇襲した原田によってすぐに助け出された。土方に向かっていった男はすでに気を失って倒れている。
先ほどの土方の相手を逆上させるような行動全ては、原田の気配に気付かないようにするためのものだったらしい。
倒れた男達を見ながらは、突然の出来事に先ほどまであれほど五月蝿く鳴り響いていた音が静まっていた事に漸く気付く。



「おい、大丈夫か?」

「あ・・・・・・はい・・・えと、その・・・ありがとう、ございます・・・」

「最近また攘夷浪士の連中が派手に暴れ始めてるんだ。気をつけるこったな。
 ・・・たく、飛脚爆弾の次は人攫いたァ、節操の無ェ奴らだ」



浪士の対応や処理は原田に任せ、土方は人通りの多い大通りまでを連れていく。
見えた大通りは先ほどの争い事などまるで嘘のように、平和で人の活気が溢れかえっていた。
土方にもう一度礼を言えば、タバコの煙を吐き出しながら溜息を交じらせる。



「二度とこんな所を一人で歩くんじゃねェ。アンタが怪我したら、心配する奴らが居るんじゃねーのか?」



もっともな土方の言葉に謝りながらもその通りだと頷く事しかできない。
ここからなら一人で帰れるだろうと、去り際にもう一度、裏道などに入らないようにと注意をして後処理をする為に戻っていく。
暫くの間は立ちつくし、ふと自分の胸元に手を当ててみる。先ほどのように呼吸の乱れもなく、鼓動も正常。
わけのわからない音が押し寄せ、感情の全てを飲み込んでいこうとしていた。
得体の知れない恐怖感が身体中を支配して思考すらも乱れていた状態に、もし土方がこなければと思うと背中に嫌な汗が伝う。
先ほどの状態が嘘のように今は気持ちは落ち着いている。だが不安はまだ残ったまま。





「・・・帰ろう」





一人で居ても良い方にも悪い方にも思考は流れていかない。まるで吹き溜まりのように同じ言葉がぐるぐる回るばかり。
いつまでもその場に立ち尽くしていても仕方がないと、はゆっくりと万事屋へと向かって歩き出した。
万事屋へ帰れば神楽や新八から聞かされたのは、銀時のバイクが爆発し入院したという事実。
しかし元より頑丈なのか、見た目の怪我に対して本人はいたって元気らしいと、溜息混じりに漏らされる新八の愚痴に
は一瞬聞えた、先ほどの音を必死にかき消すようにして同じように笑って返した。


結局、明日にでも見舞いに行こうと言う事になり、その日は銀時の居ない夜を過ごすことになる。
神楽も定春も眠ったあと、一人和室では敷いた布団の上に座り、いつも銀時が寝ている所を見つめながら今日の事を思い返す。
今でもいつ、あの音がまた聞こえるかわからない事が恐くてたまらなかった。こんな時にかぎって銀時がいない事が余計にを不安にさせる。
音が響き始めると感情の制御が難しい。どうしようもない恐怖に駆られて不安になる。
感じた恐怖や不安は、音に煽られるように何倍にも膨れ上がるようにして襲い掛かってくる。

原因はでも予測の域を超えないが一つだけ、心当たりがあった。
以前、街中であった不可思議な男に渡された懐中時計。
音がまるで秒針のように規則的であったことなどから、それ以外に身近に感じる原因は思い当たらない。
そうだと言うなら、一体男は何の目的でに時計を渡したのか。
煽られる恐怖や不安は容赦なくの心を蝕み、思い出したくない痛みまで引き起こそうとする。
この世界にただ一人取り残されたと感じた時の、言い様の無い心の痛みすらも。


そこまで考えては頭を振った。一人であれやこれやと考えても抱え込むだけで何も解決はしない。
過去を打ち明けて初めて、本当の意味で皆の温かさを知った時の事を思い出す。
自分の殻に閉じこもり、抱え込んだままで居たなら今でもこんなに笑いながら生活など出来なかった。
元の世界に戻った時もきっと、はその支えてくれていた手を離してはくれなかっただろう。
今でもきっとたくさん心配させて、負担をかけていたかもしれない。



「話そう。ちゃんと、皆に」



今、自分がここで笑って暮らせるのは、沢山の人に支えてもらい、沢山の人に助けてもらったからだ。
黙って一人で苦しむ事はしてはいけない。助けてくれた人たちの気持ちを、踏みにじるような事はしてはいけない。

膝の上に置いていた手を強く握り締める。
強く目を閉じ深呼吸をして気持ちを落ち着けると、漸く横になったは眠りの淵でうつらうつらとしながらも、明日話す事をずっと考えていた。








朝、はいつもより少し遅めに目が覚めた。
朝食の支度をしている途中で新八が万事屋へとやってきて、神楽も目を擦りながらノソリと起きてくる。
本当なら皆が揃っている時に話した方が良いのだが、銀時がいつ退院できるのかもわからない。
それにまたいつ、あの音が襲い掛かってくるのか。予想すらも出来無い状況ではやはり、一人でも多く話しておいた方がいい。
朝食を食べ終わった後、見舞いの品などはどうすると話し始めた二人へ、昨日の出来事を話した。
黙っての話を聞く二人は話しが終わると、今でもその音はしているのかと聞いてくる。それには首を横へ振るだけで答えた。



「今でもその時計を持っているんですか?」

「あ、うん・・・ここにあるけど・・・」

「貸してみるアル!」



懐から出した懐中時計を神楽へ渡すと、突然それを握りつぶそうとしたり砕こうとしたりと、何とかして壊そうとする。
しかし神楽の力をもってしてもひび一つ、時計につける事はできなかった。
とにかくただの時計ではない事がそれだけでも判明した事で、ますます音の原因は時計にあるのではと思わざるえない。
一先ず時計や音への問題は病院へ向かう道すがら、話す事も出きるだろうと、がそれをデスクの机の引出しに仕舞い外へとでれば
階下では既にお登勢達が同じように銀時の見舞いに行く為、新八達を待っていた。

横ではキャサリンの遅いと言う文句を右から左へ流しつつ、達は大江戸病院へと歩き出した。





<<BACK /TOP/ NEXT>>