前へ進め、お前にはそのがある

>Ex..03-07 夏の恐怖体験







カブト狩りから一夜明け、かぶき町のとある薬局。
そこでは珍しい人物と鉢合わせをした。



「あれ? 山崎さん、こんにちわ。どうしたんですか?」


「ああ、ちゃん。じつはあの後、数人が肌がかぶれちゃったりとかあってね・・・」



の問いに苦笑を浮かべつつ答えたが、それを聞いたは、あれだけ全身をハチミツ塗れにしていれば
いくら肌にやさしいと言われるものでもかぶれてしまう人はいるだろうと、同じように苦笑を浮かべるしか出来なかった。
山崎から同じ質問を返され、買物かごの中を見せればそこには蚊取り線香が入っている。
あれから万事屋に帰ったあと、やたらと蚊に刺されていた四人はこう言う時に限って蚊取り線香が無いとぼやき
一番被害が少ないがこうして買いに走ったと言うわけらしい。
更には刺された場所の痒みも激しく、これでは夜も眠れないと嘆くマネをした神楽が居た事も付け加えておく。
痒み止めのコーナーを前にして、はしゃがみどれがいいかと効力や内容、値段などとにらみ合っている。



「もう皆すごい刺されちゃって、けっこう悲惨な状態なんですよねー」


「まあ、あれだけの蚊を放てばそうなる・・・・・・・・・」



そこまで言って山崎は自分の失言に気付くが、時既に遅し。
森から銀時達を早く追い出す為に、土方の命令で蚊を故意的に放っていた。しかしそれはもちろん、が知る事ではない。
思わず口が軽くなっていた。これが任務中であったならばと思わず身震いをする。
同時にどこか冷静な目で見る第三者的な位置に居る別の意思は、やはり冷静に覆水盆に返らずという先人の言葉を呟いた。
との距離などほんの三十センチほどである。今の言葉が聞こえていないわけでもないだろう。
だがは痒み止めのコーナーを見つめたまま動かないでいる。
立ち去るならば今しか無いと、それじゃ、と一応の言葉をかけ背を向けた山崎だが突然、からの言葉に思わず足を止めてしまった。




何故足を止めた。
聞こえないフリをしてそのまま行ってしまえば事なきを得られたではないか。
だが足を止めてしまった以上、ここは何を言われても白を切り通すしかない。
自分の監察としての能力を信じろ。何食わぬ顔をして、振り返ればいいだけだ。




まるで敵に己の素性がばれてしまった時のような心情で言葉を繰り返し、山崎は合間に落ち着けと言い聞かせる。
そもそも相手はである。そこまで警戒する事は無いだろう。
普通ならば誰しもそう思うところだが、からかけられた言葉よりも背後から感じたその気配に、違和感を感じた。
故に、監察として身に付けている危険察知能力が敏感に反応してしまったのだろう。
振り返った山崎は何も言わず、その様子には先ほどの言葉が聞こえていなかったのかと思ったのか、もう一度同じ言葉を繰り返した。




「銀さん達にばらされるのと、ここで私の持つコレ、精算してくるのどっちが良いですか?」




笑顔はいつものの笑顔だというのに、その纏うオーラが普段と違う。
山崎は選択肢があるようでない、まるで命綱を切るか切らないかと問い掛けられているかのような質問に
思わず後者の答えを選び言葉にしてしまいそうになった。しかし渇いた喉が引っかかり、それによって言葉も発する事が出来ず
おかげで一瞬の躊躇いを払拭する切欠になり得た。
そもそも、先ほどの言葉をの勘違いで終わらせるのは無理だとしても、ここでこのあまりにも理不尽なの言葉に素直に頷く事はない。
無理矢理にでもうまく話を逸らせばいいのだ。
なにより、あれは土方によって命令されてやったことであって、そのために自分の懐に思わぬダメージをおう必要もない。
だがまずこういった事は、何事も軽い受け答えから始めるのが一番だろうと、軽くそれを否定してみた。



「何の事かな? 俺、旦那にばらされるような事なんてなにもないけど・・・」



山崎の言葉に対しては無言のままに笑顔だった。
その後も、その場に固まり立ちすくんだ状態で、山崎は懸命に言葉を選びへ伝えようとするが会話とはそもそも
相手の言葉があり、受け止め、自分の言葉を投げかけ言葉を投げ返すというキャッチボールで成立する。
先ほどから笑顔で無言のに対してはそれはただの壁中てにしかなっておらず、自分の言葉を自分で受け止め違う言葉を投げる。
その繰り返しは会話をするよりも早く終わりが見えてくる。
ただ否定しているばかりでは、きっとこれは会話になりはしないと判断した山崎はあえて先ほどの事を肯定する言葉に切り替えた。
例えそれが上司の名を出す事になったとしても、相手ならばさして問題は無い。そう判断した。
だがそれが間違いであり、そもそも最初の問いに大人しく頷いていればと、後に後悔するなどと今の山崎には知る由も無い。



「た、確かに蚊を放ったけど・・・あれは土方さんに命令されたわけであって、その・・・」


「土方さんに? 上司に命令されて仕方なくって奴ですか」


「俺もあれは、その、やりすぎじゃないかなーとか思ったんだけどね」


「そうですか。じゃあ山崎さんだけじゃフェアじゃないですね」


「そうそう、フェアじゃ・・・・・・え?」



フェアじゃない?
なにが?



そう問い掛けたくとも、山崎の考えが言葉になる事はなく、先ほどとは打って変っては次々に言葉を紡ぎ出した


上司に命令されたと言うのならば山崎一人にここでたかるのは理不尽だろう。
そもそもあそこであんな自体にならなければ、大人しくカレーが食べれたかもしれないというのに、それすら無駄にされてしまった。
次いで襲った空腹感と精神的な苦痛などなど。
無駄になってしまったカレーのルーや具材等にさらに色をつけた請求書は、確りと土方相手に出させてもらう事にしよう。


巻くし立てるように言われたの言葉を理解した時には既にレジの前で、引っ張って連れてこられ結局はの買う予定だった
蚊取り線香と痒み止めを山崎が支払う事となってしまった。
後日、請求書を叩きつけられた土方に、八つ当たりに近しい怒りをぶつけられたのは言うまでもない。









「ただいまー。はい銀さん、薬と蚊取り線香。あとお金です」


「あれ、全然減ってねェんだけど。なのに買ってきたって・・・え?」


「もしかしてさん・・・」


「違うよ。いくらお金が無いからって犯罪には走らないよ。たまたま山崎さんに会ったんだ。それで精算してくれたの」



の言葉に何の疑いも抱かなかった銀時達。何ひとつ嘘は言っていないが、明確に事実を述べたわけではない。
の浮かべた笑顔の裏にどんな思いがあったかなど、知るのは本人ばかりである。
数日が経ち、その時のお礼を伝えた新八から聞いたの様子に、本当に恐いのは怒ったではなく無言で笑顔のなのだと知った山崎だった。





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