前へ進め、お前にはその足がある
>絆 -act06-
昼頃に万事屋に一本の電話が入った。
仕事の依頼かと思い躊躇わずは電話を取ったが、受話器越しの沖田の声に少しだけ驚く。
でにぃすへと来てくれと言う、とても短い内容を伝えてすぐに電話は切れてしまった。
「誰からだ?」
受話器を静かにおいてその場で固まっていたへ銀時の言葉がかけられる。
少し躊躇いながら先ほどの内容と相手を伝えれば、めんどくさいと言いながらもその顔はパフェの一つでも奢らせようという顔。
ここへ来て数ヶ月。もそこらへんの見分けがつくようになってきていた。
「僕も行きます!」
「ずるいネ! 私も行くヨ!」
「ダメだ。オメーらはやる事があるだろーが」
勢いよく立ち上がった二人に振り向かず降りかかる銀時の言葉に、文句を垂れながらもそれ以上行くとは言わなかった。
自分はどうすればいいのかと、は暫しそこに立っていたが玄関の前で「早く来い」と声をかけてきた為、必然的に銀時と共に行く事になった。
しかしでにぃすへ着いてから沖田ともう一人の姿を確認した辺りで、一瞬帰ろうかとその足を止める。
そんなの腕を掴み銀時は構わず席まで行く様子に、もしかしたら最初からこの展開は予想していたのかもしれないと考えた。
ならばここは銀時に任せてみようと腹をくくり、抵抗はせずに大人しく席に座る。
だが視線は上げられない。上げれば土方と真正面から向き合う事になるからだ。
ちゃっかりとが逃げられないように奥に座らせた銀時をほんの少しだけ恨んだ。
膝の上に置いた自分の手をジッと見つめていただが、まだなにも頼んでいないと言うのに店員は四人の前にそれぞれ何かを置いていった。
一体何だと気になり顔を上げた瞬間、すぐさま目を逸らし空を眺めた。
きっと疲れているせいだ。今のは疲れた目とか、網膜とか、その辺りが見せた幻覚だ。
そう言い聞かせながらまた、今度は恐る恐ると再びソレへと視線を向ければ現実は現実。何も変わってはいない。
「まぁまぁ、遠慮せずに食べなさいよ」
「・・・何コレ?」
「旦那、すまねェ。全部バレちゃいやした」
銀時の言葉に内心も何だコレはと視線を沖田へ向ける。正直土方へと向く余裕はなかった。
目の前に置かれた一見すればカツ丼であろうもの。しかしその上にのっぺりと乗せられた黄色いもの。
それに対して銀時はもう一度何だコレと講義をすればその答えは沖田からではなく土方から返って来た。
「カツ丼土方スペシャルだ」
「こんなスペシャル誰も必要としてねーんだよ。オイ姉ちゃん、チョコレートパフェ一つ。はなんにすんだ?」
「え、あ・・じゃあ、バニラアイスを・・・・」
「お前らは一生糖分とってろ。どうだ総悟、ウメーだろ?」
「スゲーや土方さん。カツ丼を犬のエサに昇華できるとは」
「犬のエサ!?」
ちゃっかりとバニラアイスを追加注文しただったが、目の前の手をつけられていない土方スペシャルは一体どうなるのか。
捨てられるのかもしれないが、それはそれでもったいない。だが箸をつける勇気が中々でない。
の目の前でソレを食べる沖田は、なんだかんだ言ってすごいと思ったのだが味の感想を聞いてやはり食べる気にはならなかった。
内心でそんな葛藤をしていただが土方の言葉を耳にして顔を上げ、ここではじめて土方へと視線を向けた。
「・・・テメーら総悟にいろいろ吹きこまれたそうだが、アレ全部忘れてくれ」
「そんな・・・いきなり忘れろだなんて言われても・・・」
「んだ、オイ。都合のいい話だな」
土方の突然の言葉に当然、は納得がいかなかった。
一般人である自分たちがあんなものに首を突っ込むべきではないと、そう言いたいのか。
その言い分はわかる。しかしここまで関わって知らぬ存ぜぬを通せるほど、器用な生き方などできない。
「大層な役人さんだよ。目の前で犯罪が起きてるってのにしらんぷりたァ」
「いずれ真選組が潰すさ」
どんな感情を含んでいるのかわからない銀時の言葉には心内で頷く。それでも土方の言いたい事もその全てではないが分からないわけでは無い。
確かに銀時達のような力も、後ろ盾もない者が歯向かえるような小さな相手では無いだろう。それこそ権力などを持つ者だからこそ施行できる術もある。
しかしだからこそ、沖田はこの話を持ち込んだのでは無いか。更に言えばそれを受ける受けないは、こちらの自由だ。
一度抱え込んだものを銀時が放り出すわけがないが、それを表に出す男でもない。
結局銀時は土方の言葉に肯定の頷きも否定の言葉も見せず、パフェを一通り平らげてさっさと席を立ってしまった。
その後ろを慌てた様子でが追いかけると外はすでに夕方。神楽たちは今頃道信たちの動きを探っているだろう。
夜になる前に開放されたのだから、今からでも神楽達の元へ行こうかなどと思っていたが、銀時は無言のまま歩いている。
「銀さん、あの・・・」
「あいつらなら大丈夫だよ。オメーは大人しく家で待ってろ」
心配をまったくしていない訳ではなかったが、そう言う意味合いの事を聞こうとしたわけでない。
そう言おうとしてやめたのは銀時の横顔が、それ以上何かをいうのは止めておけと言っているように見えたからだろうか。
真実はわからなかったがはそれが今は正しい行動だろうと、言葉を飲み込み何も言わなかった。
建物の陰に夕日が落ちようとしている傍ら、吹く風は少しだけ生暖かい。
雲のない空は明日には厚い雲を疎らに泳がせ、雨を降らすだろう。
視線の先の夕日を見つめたはツキリ、と胸が軋んだのを感じたが同時に奥に芽生えた不安を掻き消すように走り出した。
「銀さん、早く帰りましょう!」
「おいおい、走らなくても家は逃げやしねーよ」
「逃げなくても追い出されはしそうですけどね!」
「ちゃん、喧嘩売ってる?」
「先帰ってまーす」
どうか、どうか。
この胸の痛みも。
不安も。
全てが気のせいでありますように。
祈るようにして繰り返されたの思いは、雨が降りしきる日に沖田から聞かされた言葉で裏切られた。
「鬼道丸が、死にました」
ズキリ、と重く響いた痛みも、知らされた現実も。結局何も出来なかった自分の無力さも、やり場のない悲しみも。
全部、この雨で洗い流せたらどんなにいいだろう。
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