冥界の双犬はを纏い

-act 04-







一日目の夜。デスマスクに言われた通り、あちらこちらと動き回らず、客室でのんびり過ごしていたは、微かに香ってきた、なにやら空腹の胃を刺激する香りに鼻をひくつかせた。どうやら夜ご飯らしく、呼ばれていけば見た目や態度とは裏腹に随分確りとした食卓に内心、さすがのも驚いた。
人は見た目などで判断してはいけない。幼少時に言い聞かせられた言葉を、今ここで改めて噛み締めたは椅子に座ると、改めて目の前の料理に思わず目を輝かせてしまう。そんな様子を、ガキくさいと鼻で一笑するデスマスクだが、いただきます、と嬉々として料理に手をつけたが美味しいと口にすれば、当たり前だと思っていても作った手前、悪い気はしない。


「デスマスクさんは、料理が好きなんですか?」

「別に好きって訳じゃ無ェ。ただ、どうせ口にするなら美味いもんがいいだろうが」

「私は食べられれば木の根っこでも食べます!」

「・・・オメーは・・・・・・いや何でも無ェ」


ムウから教皇の間を出る際に、随分と変わっていると情報は得ていたが、こうも会話の成立しているような、そうでないような不思議な受け答えをされるとそれ以上質問する気もうせてくると言うものだ。
多少脱力しながらも食事を終えた後の事を考える。一種の逃げでもあるが、あまりのことは考えないほうがいいだろうと判断しての事だ。こういったタイプは自分とは大分毛色が違う。考えるだけで疲れてしまうと分かっているからこそである。
明日は任務に早朝から発つ予定だ。だからこそ、今夜中には明日の準備を終えなければならないと、任務内容と、赴く地への下調べや知識等、頭に詰め込んだ事を繰り返し思い出して、その中に抜けが無いか確認をしていた。
ふと、目の前の動きが気になり視線を向ければ、思わずデスマスクはフォークを落しそうになる。それは寸でのところで留まったが。


「・・・おい、ちゃんと噛んで食べてるか?」

「はい、ちゃんと噛んでますよ?」

「嘘付け! だったらなんで既に半分も無ェんだよ!」


つい先ほど食べ始めたばかりだと言うのに、既にの皿の上には盛った量の半分が消えていた。
早食いとは行かないがデスマスクは食べるのは早いほうである。そんな彼の皿にはまだ充分過ぎるほどに残っている。
その事を指摘されたは暫し自分の皿の上を見て思案するが、首を傾げるばかりだった。


「・・・なんででしょうね? でもちゃんと噛んでますよ。味も噛み締めてます。とっても美味しいです!」

「・・・おかわり、あるぞ・・・」

「頂きます!」


まるでお父さんのようだ、と思った事を口にしなかったは利口だろう。それを思いとどまったのがおかわり、という言葉のおかげだが。
その後、有言実行とばかりに空になった皿をデスマスクに突き出すようにして渡せば、受取りながらも遠慮と言うものを知らないのかと多少呆れる。それでも聞いたのはこちらだし、してはいけないと言うわけでもない。ただもう少し、謙虚さを見せてもらいたいものだと望んでしまうのは我侭だろうか。
しかし、そこらへんの常識を持ち出しても無駄だろうと早々に諦めたデスマスクは、空になった皿におかわりを盛った。
特盛りにしたのは、多少の意地悪と報復も兼ねてだが。

改めて、皿を渡せば先ほど以上にキラキラと、まるで子供のように喜びを惜しむことなく表している。
東洋人特有の実年齢より幼く見えるその顔つきが、更に幼く見えるのはどうしてだろうかと思ったが、きっとその表情のせいかもしれない。
目を煌めかせているを視界から消すのと同時にそう結論付けた。そもそもの年齢など知らないが、知る必要も無い。
そしてその胃袋はどれだけ入るのだと、嫌がらせの特盛りをペロリと平らげたに対して、それが最大の疑問だった。



食事を終えたあと、風呂に入れと言われたは心底困ってしまった。なにせ突然の滞在だ。今身につけているものしかないのだからどうしようもない。
の答えに誰にむけたとも思えない呆れた溜息をつき、少し待っていろと自室へ向かおうとしたデスマスクだが、宮の外で自分を呼ぶような気配を感じた。出迎えればわざわざ双魚宮から降りてきたアフロディーテが、その手に紙袋を持って立っていた。
アテナからへの届け物だと言われれば、どうやら早々に着替えの問題は無くなったようだと安堵する。同時に少しの苛立ちが湧き上がった。正直なんでそこまで面倒見なきゃいけないんだと、多少の苛立ちも含めてその場でアフロディーテに愚痴を零すが、自ら提案したクジで公平に決まった事をとやかく言われても困ると言われてしまえば、まさにぐうの音も出ないといったところだ。


「それで、彼女はどうだい?」

「どうもこうもねぇよ。大盛りをペロリと平らげやがって、しかもデザートまで確り食いやがる。どんな胃袋してるのか知りたいぐらいだ」

「それはそれは。どうやら君の料理をよほど気に入ったみたいだね」

「ヘッ、この俺の料理を不味いなんて抜かしやがる奴がいたら拝んでみたいぐらいだぜ」


よほど自分の料理に自信があるのだろうデスマスクの様子に、アフロディーテは特に表情が変化する事はなかった。彼の性格をよく把握しているからこそ、それ以上の言葉は何も要らぬと判断しての事。持ってきた紙袋を渡せば用は終わりだと、双魚宮へと戻っていく。
去る背中を見送るなどせず、デスマスクも後の準備があるのだと早々に戻ればソファでのんびりとしているへ紙袋を渡し、さっさと風呂へ入れとまるで猫を追い出すかのような仕草で追い立ててしまう。それを気にせずお礼を言って風呂へ入れば、少し大きめの浴槽に興奮気味になりのぼせる寸前までマッタリしてしまった。風呂を上がり戻ってきたが見事に顔を赤くさせ、フラフラと覚束無い足取りで歩くのを呆れたようにみるデスマスクは軽く頭痛すら覚え思わず目頭をおさえてしまった。


「お前は馬鹿か」

「返す言葉もありません・・・」


頭に濡らしたタオルを乗せてソファに寝転がっているへかけられた言葉は、当然労わりの言葉などでは無い。
自分の行動を省みて項垂れるの姿を一瞥すると、デスマスクはさっさと風呂へと向かってしまった。去り際に、動けるようになったらさっさと部屋へ行って寝ろと、一言残す事を忘れない辺りが彼が意外と面倒見がいいと言われる所以だろう。それを本人がわかっているのかどうかはまた別の話であるが。

次の日の早朝にはデスマスクはさっさと任務へ向かってしまった。昨夜食事の際にも、朝は勝手に起きて勝手に出て行けと言い残してあったので、は起きてから宮主が居ない事にも途惑わず、確りと朝食だけは準備されている食卓にせめてものお礼にと完食し、食器の片付けとある程度の掃除をして宮を後にした。
向かうのは次に世話になる獅子宮である。そこでもまた、とんでもない事をやらかすなど、はおろかその時は誰も想像していなかった。





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