冥界の双犬はを纏い

-act 05-







長い階段を上っていけば獅子宮の入り口が見えた。のんびりと登っていたは少しだけ駆け足で登ると、中で待っているだろうと思っていたアイオリアが、宮の外に面した柱に背を預け座っている姿を見つけ、その足を止めてしまう。
風が吹き、少し襟足の長い髪が靡く様子を少しだけ見つめていれば、ゆっくりと近づく。漸く顔が確り見える位置までくれば、アイオリアは目を瞑っていた。思わずその横顔をジッと見つめてしまったは、あまりにも不躾な行動だと気付き顔を逸らそうとした。


「俺の顔に何かついているのか?」

「うひゃ! い、いえ・・・あの、ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」

「いや、眠ってはいない。ただ、風を感じていただけだ」


眠っているのかと思っていたアイオリアから突然問われ驚き、思わず奇声を発してしまったは恥ずかしそうに顔を赤くしたが、それを気にした様子もなく立ち上がり、案内すると宮内へさっさと向かわれてしまえば、挨拶もそこそこにしてあとを着いて行く事しかできない。
十二宮は外装に多少の違いはあるが、微々たる物である。しかし内装ともなれば、個人の趣味趣向があるため外観以上に違いが見える。必要最低限のもの以外が見当たらない部屋には、昨日世話になったデスマスクの部屋にくらべ随分とさっぱりしているのだなと、目の前を歩くアイオリアの背を見つめた。
部屋の位置など最低限の説明だけすると、アイオリアはミロに呼ばれていると言い残して宮を出て行ってしまった。

通された部屋で何をするでもなく椅子に座り、窓から見える空を見つめていたはかなり暇だった。
正直散歩ぐらいには出たいものだが、勝手に外を出歩くわけにも行かない。誰か同行する者さえいれば、多少の行動の制限は解かれるかもしれないのだが、アイオリアは今は居ない。誰かがこの獅子宮を通らなければ同行を頼む事もできない。だからといって、まだ昨日の今日である。さすがにそんな気軽に声をかけられる人など、ここにいるわけもなく結局は諦めるしかないのが現状だ。
ここは大人しくしているしかないだろうと結論に至った時、外に誰かの気配を感じ、考える間もなく部屋を出て宮の通路へと出ればちょうど見えた大きな影に、アルデバランだとわかれば早速声をかけに駆け寄った。
名前は既に会議の最中に覚えておいたのもあったが、冥界での上司や仲間の話しを聞いていた事が一番の助けだろう。


「アルデバランさん」

「ああ、今日はアイオリアの所だったな。昨日は、デスマスクに苛められはしなかったか?」

「とんでもないです。むしろ色々よくしていただいて・・・ご迷惑までかけてしまって申し訳なかったです」


冗談を交えながら普通に接するアルデバランに、少しだけ安堵する。
自分の立場を考えれば、友好的に接してくれる者のほうが少ないのだ。わかってはいても、やはりピリピリとした気配を常に向けられては息が詰まると言うもの。それは嫌悪よりも警戒の色のほうが強いのだが、昨日のデスマスクはなんとも無いといった顔をしながらもやはり黄金聖闘士。の一挙手一投足を捉え、妙な動きをしないかどうかをさり気無く見張っていた。
さすがにデスマスクはそう言ったさり気無い行動が得意らしく、に悟られるなどといったヘマはしない。


「ところで、アイオリアは留守か?」

「はい、えっと・・・天蠍宮? そこに呼ばれてるとかで出て行きましたよ」


もしかしたら仕事だったのだろうか。その身にまとっていたのは訓練着ではあったが、臨時の仕事かなにかで呼ばれたのかもしれない。
そう考えを述べると、納得したかのようにアルデバランは一つ礼を言って上へ向かってしまった。
その姿が見えなくなると、突然宮がやたらと広く、自分に迫ってくるような感覚が襲う。
同時に、シンとした少し張り詰めたような空気に寂しさを覚えた。


「・・・早く帰ってこないかな・・・」


そのまま宮の奥で時間をつぶすにしても、やれる事など何もない。他人の家を家捜しする気などもない。だからといって、この場にただ留まっているのも、なにやら息が詰まるような気になってくる。
アルデバランが去っていった方へ視線を向け、入り口ならば構わないだろうと宮の出入り口までくればその脇に座ってみたが、結局やる事などどこに居ても無いことには変わりなく、流れる雲を眺めている事しか出来なかった。

そんなの姿を背後から見張る小さな影があった。ムウに様子を見てこいと言われてやってきた貴鬼である。
しかし様子を見るも、特に目ぼしい動きも無い相手の何を見ていればいいのか。
彼には獅子宮の出入り口で上を見つめて座るの姿が、まるで飼い主を待つ犬のようだと思ったのは秘密だ。心なしか、ヘッドパーツが元気なく揺れているようにすら見えてくる。それはさすがに幻覚だろうとは思うのだが。
そう思えどあまりにも寂しそうな気配を漂わせているのに、貴鬼は思わず声をかけてしまった。その瞬間、やはりヘッドパーツが嬉しそうに揺れたような気がしたが、それも気のせいで片付けておく。


「えっと・・・貴鬼君だっけ? おはよう」

「お、おはよう。オイラのことは貴鬼で良いよ。それより、こんな所で何やってるのさ」


アイオリアはどうしたのかと問われ、先ほどアルデバランに伝えた事をそのまま伝えれば、素っ気無い返事をしながら今朝ムウに言われた言葉を思い出す。
それは、貴鬼が朝食の準備を整えた時の事。
今朝早くデスマスクは任務へと出ていることは誰もが知っている。そして今日はがアイオリアの宮へ行く事も。ムウはそれが少し気がかりだった。


「どうかしたのムウ様?」

「貴鬼、食事を終えたらすみませんが獅子宮へ行ってきてほしいのですが」

「獅子宮へ? 何か届け物ですか?」

「いえ、少し気になる事が・・・。アイオリアがいれば私の元へ来るように伝えてください。いなければ、そうですね・・・」


ムウにしては珍しく、言い淀み言葉に間を開けた。その様子に貴鬼は珍しい事もある物だと、バター茶を飲みながら次の言葉を待つ。結局食事が終わる頃に漸くムウが紡いだ言葉は、の様子を少し見てきてくれというとだけでそれ以外は特に何かを頼まれる事もなく、ただの杞憂で終れば良いと、終に漏らした言葉にも首を傾げるしかしなかった。
ムウは時に極端に言葉が少ない事がある。しかしその実、思考される言葉は幾重にも折り重なり、その中から必要最低限の物だけを選び口にすることが、彼に対する周囲の評価が口数は多くなく思慮深いとされている所以でもある。

食事と後片付けを終えた後、貴鬼は早速獅子宮へ向かった。しかし着けばアイオリアは獅子宮には居らず、の小宇宙を入り口のほうに見つけ、今に至るわけだ。
一体ムウは何を気にしているのか。考えるがその答えが出てくるとは思ってはいなかった。自分が分かるほど簡単な事であそこまで言葉を濁らせる事などありはしないだろうと、それ以上の思案は止め、目の前でまだ座ったまま上を見ているへもう一度声をかけた。


「もしかしてアイオリアが帰ってくるまでそうしてるつもり?」

「んー、どうしようか。他にやる事もないし・・・勝手にどこかへ行くわけにもいかないし」

「ふーん・・・」


ボウッとしているの言葉へまるで興味などないといった素っ気無い返事をするが、貴鬼は内心少しだけ驚かせてやろうと画策していた。
近場に落ちているちょうど良い小石をターゲットに捉え、少しだけ念力を込める。突然小石同士が油がはじけたかのように、パチンと音をたててぶつかり跳ねた事に驚いたがそちらを見たのを確認して、貴鬼は更に周囲にある小石同士をぶつけ始める。
それは少し離れてさえいれば怪我をする事もない、小さい悪戯だ。
反応はどうなのだろうと、小石から視線をへ移せば、口を開け驚いているもののその目はやたらと輝いていた。


「な、・・・・・・なにあれ! なにあれぇぇ!!」

「わっ! ちょっと興奮しすぎだよ! 落ち着いて!」

「ねえ、もしかして今の貴鬼がやったの!?」

「う、うん。オイラのサイコキネシスで・・・」

「凄いね! 私こんなの見たことないよ!」


自分より年上であろうの子供のようなはしゃぎっぷりに驚くが、自分の力でここまで喜んでもらえたことが嬉しく、同時に少しだけ得意げに胸を張った。ほんの少しの悪戯だったと言うのに、もう一ど、と何度も繰り返し言われてしまえば良い気にならないわけもない。リクエストに答えて何度となく小石同士をぶつければ、その都度驚き、喜び声をあげる。それを見ていたは次第にやってみたいと思いはじめ、少しでもいいからと、とうとう思いを口にしてしまった。
上手く教えられるかは分からないし、こうした物は持った才もある。しかし頑張ればもしかしたら小石を動かすぐらいならできるんじゃないだろうかと、貴鬼はムウに教わった基礎を思い出しながら小石を動かす念動力の手解きをする。たとえ出来なくとも、いい暇潰しにはなるだろう。
しかし才の有無に拘らず、一朝一夕でどうにかなるものでもない。出来たら出来たで、それは驚くべき事ではあるが。

予想通りに小石を一ミリほども動かすことができないだったが、まったく諦めもせずに続けていた。その背を見守りながらも、それが小一時間と続けばさすがの貴鬼も、そろそろ諦めたらどうなのかと何度となく問い掛けた。しかし「もう少しだけ」と言っては小石一つを穴が開くほどに見つめ集中するの姿に、見た目に反してかなりの頑固さを垣間見た気がした。同時に呆れてしまったのは言うまでもない。
昼に差し掛かった頃、貴鬼は昼食を作らねばならないと一応一声かけてから白羊宮へ帰ったのだが、昼食を作る片手間で大丈夫だろうかとも気にかける。なにせ、もう帰るから、と声をかけた時のはかなり集中して生返事すら返ってこなかったのだ。
あれでは自分の言葉など聞こえていなかっただろう。しかし声はかけたのだ。自分に罪は無いとばかりに、貴鬼は目の前で焼きあがる料理に集中する事にした。

案の定、貴鬼が帰った事すらも気付かずに、獅子宮の前で小石を睨むの姿は傍から見ればいっそ奇妙でも有り、天蠍宮から戻ってきたアイオリアはその姿に、どう声をかけて良いものかと悩んでしまう事となる。





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