たとえ鳥のように羽ばたけなくとも


06:頼りになる他人がいてもいなくても、最後は自分の力







暗い倉庫の奥。
高い位置にある明り取り用の小さな窓からは傾き始めた太陽の光が差し込んでいるが、中を窺い知るには不十分過ぎる明るさだった。
男たちはから離れた場所でなにやらボソボソと話し合っている。
注意が反れている隙に何とか逃げられないかと、手首を拘束する縄を外そうと試みたが外れるどころか緩まる気配すらない。
このまま黙って捕まっていていいわけがない。何とかしなければと思えば思うほど焦りが生じ、上手く頭が回らなくなってきた。



「で、あの娘はどうする?」

「必要無ェ。アイツ等の価値は飽くまで羽だ」

「じゃあ、切りとるか」



聞こえた言葉にビクリとかたを震わせる。




―― 切りとる? 何を?




の内心の問いの答えは既にわかっている。羽のつけ根が強張り痛みが走った。
見開いた目を男たちへ向ければ、不気味に近づいてくる。その手には鈍く光る何かが握られていた。
身を強張らせて逃れるように座ったまま後退るが、すぐにその背は壁にぶつかってしまった。
斜めに射す灯りに照らされた男の口元はいやらしい笑みの形を作っている。



―― いやだ、いやだ! 助けて、お願い、誰か助けてよ・・・! 定春君、神楽ちゃん、新八君・・・銀さん!



何度も何度も名前を繰り返し呼んだが、それが言葉になることも無く届くわけも無い。
口を強く引き結び、にじり寄ってくる男達を凝視するばかりでの体は動かなかった。
目を強く瞑りせめてもの抵抗に、背中を強く壁に押し付けたが腕をつかまれ引っ張り立たされた事で意味を無くす。
足に力が入らず殆ど体を浮かされている状態に近く、の怯えた様子を男たちは歪んだ笑みで楽しげに笑い飛ばした。



「どうした? 怖くて立ってられねェか? 何、安心しろ。ちょいと羽をこれで切り落とすだけだ」

「っ!!」



目を瞑るにチラつかされているナイフは視界に入らないが、変わりに軽く頬に触れたナイフの先端の冷たさと恐怖に身を震わせた。
目蓋を強く閉じれば目尻には溜まった涙が浮かび上がる。
本題に入る前のちょっとした余興程度に楽しんだであろう男たちは、そろそろ羽を切り落としてしまおうと誰かが口にする。




―― 駄目だ、このままじゃ・・・・・・何とかして、逃げなきゃ・・・!




閉じていた目を突然見開くと、強く地面を蹴り腕を掴んでいる男に体当たりをした。
予期せぬの反撃に驚き倒れた男を跨いでそのまま扉へ向かって走り出す。
だが今まで恐怖にかられ、倉庫内の暗さも相まってその足につけられたものに気付けなかった。
もう少しで扉にたどり着くというところで、突然足を引っ張る何かによって受身すら取れず思い切り倒れてしまう。
体を捻り改めて見れば足首には足枷がつけられ鎖の先端は、先ほどまでが座っていた所から程近い壁に繋がっている。
あまりの絶望感。自分の足を凝視するの目の前に男が一人立つと、ニヤニヤと笑いながら見下してきた。
それに腹を立てたは、どうせ羽をとられるならとことん抵抗してやろうと決め、その態勢から足を振り上げた。



「ッッ!!!」



蹴り上げられた場所を押さえ、男は体を微かに痙攣させながら前屈みにうずくまる。
の反撃に怒りくるった他の男たちが迫ってくるのを見据えながら、頬に一筋汗を流した。
もう駄目だ、と思った時。背後で扉がけたたましい音を立て破られる。倉庫の中が一気に明るく照らされた。
男たちは動きを止め一体何だと扉を見つめた。も何が起こったのかと後ろを振り返れば、逆光で立つ見覚えのあるシルエットに驚く。



ー! 男共に汚されてないアルか!?」

「登場早々神楽ちゃん何言ってんのォォ!?」

「なに慌ててんだ新八。男は皆ケダモノだぞ? まずはそこを心配しなきゃだろ」

「間違ってないかもしれないけどやっぱり何かが間違ってるよ!!」



あまりの場違いなやりとりが彼ららしい。
呆気にとられる男たちとは違い、は驚き固まった表情をだんだんと笑みへと変えていった。



「み、皆!」

「よォ。捕らわれのお姫様を助けるヒーローのお出ましだ」



突然の銀時達の登場に驚いた男たちは漸く平常を取り戻した。
何者だと騒ぎ立てる相手に三人は綺麗にポーズまで決めながら「万事屋銀ちゃん見参!」とまで言う彼らは、いたって真面目なのだろう。
しかし男たちはふざけていると思ったのか怒りを露わにして武器を手に取り構えた。
もまだ鎖に繋がれ後ろ手に拘束されたまま身動きが取れない。周りにはを捕らえている男たちが囲うようにして立っている。
どうみても人質としての要素を兼ねそろえてしまっている。



「この娘を助けにきたようだが、残念だったな。この鎖は地球人風情にどうにかできる代物ではないわ!」

「・・・だってよ。おい神楽ァ、シティ派の力見せてやれよ」

「ヘッ、これだから田舎者は困るアル」

さん、ちょっとの間じっとしておいた方がいいですよ」

「へ?」



高くジャンプしたと思えば、の周りにいた男たちへ傘の先端を向け威嚇射撃をした。
蜘蛛の子が散るように避けたところでの近くに着地すると足枷本体を掴み、何ともないといった軽々しさで壊してしまった。
同じように手を拘束していた縄も引きちぎると護るようにして背後に立たせる。
予想していなかった事態に男たちは驚き、固まっている。先ほど取り戻した平常など、どこかへ消えてしまったようだ。
こうなれば手段は選んでいられないと、壁際に詰まれていた大きな木箱を壊し中から武器を取り出すと構える。
流石は武器ブローカーをしているだけあり様々な武器を持っているが、それを目の前にしても銀時達の様子は微塵も変化が見られない。

傘を構える神楽に木刀を構える新八と銀時。
威嚇するように唸る定春が男たちへと飛び込んだのを合図に、互いに相手に斬りかかった。
神楽は持っていた傘を使う事はほとんど無く、その特有の怪力を駆使し男達をまさに千切っては投げ、蹴散らしていく。
もともとじゃれついているというレベルで凶器に近い力を持っている定春は、神楽が投げる男たちにある意味トドメを刺していった。
新八と銀時は真剣で切りかかってくる相手に怯む様子も無く、木刀で受け止め時には流し胴や脳天に叩き込む。
最初こそ勢いのあった男たちは次第に少なくなる味方の数と銀時達の予想外の強さに、だんだんと及び腰になり怯んできた。
その中、出入り口付近に倒れていた男の一人が意識を取り戻すと、立ち上がり隙を窺ってを捕らえると銀時達へ大人しくしろと声を荒げた。



!」

「おっと、動くなよ銀髪。少しでも動いたらこの娘の首が飛ぶぞ。俺たちは別にこの娘が死のうが、羽さえ無事ならそれでいいんだからな」

「ちっ」

「随分と暴れてくれたな。それに小娘、貴様さっきはよくも!」



グイッとつかまれた腕を引っ張られ痛みに顔を歪めた。男は目を血走らせて強く睨んでくるが、は襲い掛かる恐怖に歯を食いしばって耐えた。
つい先ほどまでは一人で、頼れる相手すらいなかった。それでも勇気を出して逃げ出そうとした。もう一度その勇気を出せばいい。
そう自分を奮い立たせ、踵に力を入れてほんの少しだけ身を沈めると、それを抵抗と見たのか男は更に強く腕を捻り上げようとした。
そうなる前には強く地面を蹴り上げる。体が少しだけ浮き上がったところで捻り、多少の痛みに耐えて男の拘束を無理矢理剥がした。
すぐに捕まえようとした男へ容赦なく、再びの足技が炸裂する。先ほど以上に力を入れて蹴り上げれば、泡を吹き体を痙攣させて完全にオチてしまった。
唖然とする周りの者達をよそに、倒れた男へ哀れみも何も一切無くは声高に言う。



「ざ、ざまぁみろ!!」



目尻に少しだけ涙をためたの言葉に数秒遅れて銀時達が噴出す。ニヤッと笑って見せれば、漸く事態を理解した男たちが襲い掛かってくる。
躊躇い無く蹴散らしていけば遠くで聞こえ始めたサイレン音。この近辺を通ったものが通報したのか否か。
事実などわかりはしないが銀時はめんどくさい相手が来たものだと、倉庫内でノびている男たちを適当な場所に縛りあげさっさとその場から逃げてしまった。




後日、この一連の事件の一部がニュースで報道され暫しの間世間をにぎわせたのはまた別の話。





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