たとえ鳥のように羽ばたけなくとも


04:トラブルは油断している時に限ってやってくる







「な、なんですとっ!!!」



朝の新聞に挟まっていた広告を広げて驚いた。
大江戸ストアがここぞとばかりに大安売り祭を開催するらしい。
今までにありえないほどの大特価品ばかりが並ぶ広告を握り締める手は、驚きのあまりか震えていた。

万事屋に来て一週間が過ぎる。ここ最近、面白いぐらいに仕事が舞い込んできていた万事屋も漸くいつもの暇な時間がやってきた。
そのためやっとの事で町に出て男たちの情報をそれとなく集める事ができ、その行動範囲などを把握することが出来た。
どうやら仕事柄かぶき町も範囲内らしいということが判っただけでも充分だろう。

しかしその情報を聞いた時よりも正直、万事屋の経済状況がどれほど切羽詰っているのかを知ったときのほうが驚愕の度合いは大きかった。
地球に出稼ぎにきたのはもちろん家が貧しいからであり、少しでも稼げたらと思ってのことだが
正直そんな実家の経済状況よりもこの万事屋のほうが深刻である。通帳を開いても下四桁から一桁を行ったり来たりが激しい。
たまに五桁には行くが家賃や食費ですぐに消えてしまう。
初めてそれを見た時、本当に仕送りが必要なのは実家ではなくここだとまで思ってしまったぐらいだ。
実際はそんな事ができるわけもなく、結局食費などを削るなどの手段をとるしかない。それ故の毎朝の広告チェックには余念が無い。
身近にいた方が護りやすいし、なによりまだ家だって探せていないのだろうと万事屋に住み込む形となってしまっているのだから
出来る限り、少しでも今の状況を打破しなければならない。



「と、言うわけで私は大江戸ストアへと戦に出かけてきます!」

「戦ってお前ね・・・まぁある種あそこは主婦の戦場だけどさ」

「そうです! 日常が戦! 取らねば取られる! 目玉商品という名の大将首を狙って主婦と言う猛者が集うまさに戦場!
 味方は最大限に利用しろ! 使えないとわかったらすぐ切り捨てろ!!」

さん、何に影響されたんですか?」

「お母さんですけど?」

「「お母さんかよ!!」」



買う物を徹底的に頭に叩き込んだは片手に財布を握り締め、玄関で敬礼をするようにいってきますと誇らしげに出かけていった。
もちろん、初日にを追ってきた男たちにわからないようにバンダナにメガネという変装までしている。
それだけで大丈夫なのかとも思えるが、意外とアイテムが一つ二つ加わっただけでも印象が変わるものである。
閉った扉を暫し見つめた銀時達は先ほどのの言葉を思い出しながら、安売り特売系の買物は絶対に一緒に行ってはいけないと心に深く刻み込んだ。
三人のそんな心境などまったく知らずに上機嫌に歩くが店の前に立てば、既に入り口から異様なオーラを放っている。
握りこぶしを作って「よし」と気合を入れ自動ドアを潜り抜け中へと入れば、それはより一層色濃く周りの空気を飲みこんだ。
一瞬気圧されそうになったはグッと堪え出かけ前に叩き込んだ買物メモを思い出すと、素早く籠を掴み店内を競歩の如く突き進む。
すでに周りには凄まじい形相でワゴンセールものを引っつかむおばさんや、それに交じったまだ若そうな女の人も居る。

ここで怯んでは万事屋の食料庫は底を尽きてしまうんだ。
衛生兵はいない、まさに死地での孤軍紛争。これを乗り切らずしてどうする!頑張れ、頑張るんだ!

内心では己を奮い立たせる為に、もはや意味不明な言葉を延々と連ね勇んで人波の中に飛び込んだ。
揉みに揉まれ、時には押し出されそうになりつつも、確実に目的の物を手にして行くは最後のたまごコーナーへと向かった。
しかしここで思わぬ強敵と出くわす。
手を伸ばした先には最後のワンパックのたまご十二個入り。お一人様一点限り。
割らぬように、しかし誰にも取られぬようにしっかりと掴んだが、と同時にたまごパックを掴む手が一つ。
互いにたまごをつかみ合いながら視線をぶつからせると無言の攻防戦。次いでどちらが先ともいえぬほど同時に先手必勝のやり取り。
目の前をかすめ通り過ぎていく相手の拳を避けながら、もまた開いた手で相手からたまごを確実に奪おうという気迫で挑みかかる。
しかし気迫の差か経験の差か。判断は難しいが結果はの負けであった。

最後の最後でたまごパックのみを奪われてしまったは泣く泣くレジを済ますと外に出た。
今までのある種血で血を洗うような争いにも似たやり取りの後に吸う空気は何とも清々しい。
思い切り吸い込んだが、たまごが手に入っていればこれは何倍にもおいしかったに違いないと、いまだ引きずっている。
そんなへ突然背後から声をかけてきた人物がいた。それは先ほどたまごの争奪を行った相手。



「あら、あなたさっきの・・・」

「あ、どうも」



そこに立って居たのはお妙だった。まさか新八の実姉だと知らないは、なかなかやるわね。今度は負けませんと
互いに硬い握手を交わしてその場を後にした。
確かにたまごは手に入らなかったがそれ以外はなかなかの収穫である。
こういった時、バーゲンの鬼といわれた母から受けた様々な試練にしみじみと感謝する。



「あー、買った買った! きっと銀さんたちも喜ぶ・・・っ、あ、ごめんなさ・・・!」

「ん? なっ、お前は!」



前方不注意の状態で歩いていたはぶつかった人物に謝罪しようと顔を上げた。
しかしその相手はターミナルからずっとを追っていた男。思わず言葉を切ったが今自分は変装をしているのだから大丈夫だと
そう思った矢先に、すぐに正体がばれてしまう。
一体何故だと思い顔に手を当てれば、どうやら先ほどもみくちゃにされたせいでメガネもバンダナも落としてしまったらしい。
気付かれてしまってはもう逃げるしかない。走ろうとしたがそれより先に腕を掴まれてしまい叫ぶ隙すら与えられず路地裏へと連れていかれてしまう。
一体どこに潜んでいたのか、集まった男の仲間たちは漸く捕まえられる事が出来ただの、手間をかけさせやがってだのと好き勝手言ってくる。
もちろん大人しく捕まるわけにも行かず、バタバタと暴れれば痺れを切らした男の一人が手刀一つでの意識を奪ってしまった。




「よし、ズラかるぞ!」




道の真ん中にはの持っていた買物袋だけが無惨に落ち、行き交う人は無情にも避けて歩くばかりだった。





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