それはとても小さな

>14:放課後







三時を回り、後ろで鳴り響く鐘を背中で受け止めながらは家までの道のりを、のんびりと歩いていた。
いつもなら殆どの教科書を学校に置いてくるのだが、もうすぐテストが近い。
ここは学生らしく、たまには真面目に勉強の一つでもしてやろうかと、いつもより重い鞄を構わず振りまわしながら歩いていると
目の前に見慣れたクラスメイトの姿を見つけ、声をかけようとした。
だが声を発する寸前まで行った所で開いた口はそのままに、沖田が居たなら間抜けた面だといいそうな顔で暫しの間相手の姿を凝視してしまった。
相手はの存在に気付いていないのか、振り向く事も立ち止まる事もせず、スタスタと歩いている。
の視線は尚もクラスメイトの姿を捉えて離さない。


「・・・す、杉くーん・・・?」

「? 何だ、か。何か用か?」

「いや、あの・・・用、と言うか・・・その肩の上に乗ってるのって・・・?」


小声で遠慮がちに名を呼べば確りと耳に届いたようで立ち止まり、肩越しに振り返ったのは高杉。
その動きに合わせて、チリンと小さく鈴が鳴った。それは肩の上に乗る、小さな黒猫の首輪についているものだろう。
少し前に、猫を拾ったという話しを聞いた事はある。しかし肩に乗せて歩くなどという、そんな高杉の姿が見られるとは思っていなかった。
笑いどころなのか、あえて深くは触れず猫可愛いね、とでも誉めればいいのか。下手な答えは選べない。
それに見れば意外と高杉は親ばかの毛があるように感じたは、どんな言葉を選んでも喉元でつっかえてなかなか出てこない気がする。
だからといって、他にうまい返し方ができるわけもなく、なんと面倒くさい男を見つけ、声をかけてしまったのだろうかと数分前の己を悔いた。
こうなればもういっそ下手に言葉を選ぶより、もっとシンプルに、原点に還れいい。
そう考えればかける言葉など一つしかなく、無難な所で拾った猫とはその猫の事かと聞いてみた。


「誰から聞いたんだ?」

「いや、猫の名前相談私もされたし・・・。あ、そう言えば名前はなんて言うの?」

「クロ」

「また安易な・・・、まあ覚えやすいけどさ・・・」


猫を拾った時、名前がなかなか決まらなかった高杉は、Z組の皆へ名前は何がいいかと聞いてまわった事がある。
その中のひとりにもちろんも含まれていた。しかしまともに答えた覚えが無いし、なんと答えたのかも覚えていない。
他も期待できなかっただろう。何せZ組だ。まともな名前など出てくるはずもなく、最終的には高杉自身で決めたようだ。
その結果が先ほどの名前だろう。白い毛も所々にあるが、その体の八割は黒い毛で覆われている。
どういった決め手があったのかは判らないが、分かりやすくかつ、覚えやすい。そして呼びやすい名前でもある。
高杉とつけられた猫自身が納得いっているのであれば、第三者が口出しする事でもない。


「で、こんな所で何やってんの? 今日は終礼と共に帰ったのにこんな所歩いてるなんて」

「散歩」

「・・・それは、どっちの? 杉君の? それともクロの?」

「両方」

「あ、ああ・・・そう・・・」


は高杉に声をかけた事を先ほどとは違う意味で後悔していた。ノリが学校にいる時と少し違う。その為に、少々絡みづらく、会話も続かない。
微妙な空気が流れる中、が内心冷や汗を流していれば小さくクロが鳴いた。そのか細く響いた鳴き声に内心で身を震わせる。
何だこの癒し効果は。この微妙に固まった空気すらも少女漫画のホワホワトーンを使いまくっている空気に変える一鳴き。
それどころか、あの高杉に育てられたと言うのにこの警戒心のなさと愛くるしさ。よしよしお前は飼い主に似るんじゃないぞ。
そんな失礼な事を考えながらも、触ってもいいかと高杉へと一応の許可を貰うべく聞けば、たっぷり五秒の間をとって了承の言葉をいただいた。


「・・・ぅぉぉっ・・・ほわほわだァ・・・」

「猫が好きなのか?」

「んー、猫って言うか、動物全般好きだよ。よく神楽ちゃんと定春のお散歩も行くし。あぁ、でも今は猫と戯れたい気分かも」

「・・・だ、だったら家にくるか?」

「え、す、杉君の家? ・・・あ、この子以外にも居るの?」

「・・・一応な。それにお前、どうせテスト勉強するんだろうが」


突然の申し出と珍しい高杉のドモリに、つられるようにして言葉を突っ返させただが、勘違いはよくないとすぐに猫へと視線を向けた。
返ってきた言葉の多少の間は気になるが、いつもよりも厚みのある学生鞄を一瞥してそう言われれば反論する余地もない。
ここはせっかくの好意だと遠慮もなくお邪魔します、と返した。しかしはこの時軽い返事をしたことが甘かった。

高杉は珠算は何級だなんだと言う腕前だが、生憎授業の方はある程度しか受けていない。
自分を家に誘ったのは猫と戯れさせるかわりにテスト範囲分のノートを写せという、なんとも天秤の釣り合いが取れていないような取引だった。
傍から見れば青い春真っ只中の高校生の放課後デート。男女二人きりでテスト勉強。そんなおいしい状況なら恋の一つや二つ発展するだろう。
先ほどの家に来るか?の問いのドモリも、多少の戸惑いと躊躇いが見て取れて、言葉だけならば中々に甘酸っぱい。
だが世の中そんな簡単に青春を満喫できると思えば違うものだ。


「おら、次は数学だ。頑張れよ」

「くっそぅ! 割に合わない!! 何で私が全部ノート書くのさ!?」

「コイツと戯れたいんだろ? そら、にゃーん」

「お前がニャーンとか言うな!!! だが猫は可愛い!」


クロの前足を持ち上げてクイっと招き猫のモノマネをする姿に、ほんのり殺意が芽生えた。
その反面、ちょっとそんな姿は可愛いとは思ったけれど断じて甘酸っぱいキュンとした展開などない。猫に癒されただけだ。
全ては猫のためだ。けして高杉の為などでは無い。そう言い聞かせながらも手を休めることなく、授業以上に集中してペンを動かした。
テスト範囲全てを写し終えた頃には疲労困憊だったが、漸く猫と戯れられると喜び勇んだ矢先、猫の気紛れが発生。
まだ仔猫なクロは気付けば部屋の隅のベッドで、先住猫にくっついて丸くなっていた為に弄り倒す事もできず。しかしその姿に充分癒された事も事実。
他の猫たちと寄り添い固まる姿には心底癒される。先住猫のお腹の中で夢の中である。これに癒されずして、一体何で癒されろと。
しかしここまで堪能しても高杉への嫌味の一つや二つ言っても文句は言われないだろう。


「この落とし前どうつけてくれようか・・・」

「癒されたんだったらいいじゃネェか」

「軽くわたくしの右手がライフポイントゼロなんですが・・・」

「ご苦労さん、頑張ったへのご褒美だ」


一応の労いの言葉とウーロン茶一杯。
それで騙されてもいいかとも思ったが、浮かべたなんとも言えない不敵な笑みにそんな思いはすぐにゴミ箱へと投げ捨てたのは言うまでもない。
高杉の表情から見ればどうやらは、全て計算づくで手の平の上で踊らされたようである。
あの誘いの言葉のドモリも実は計算のうちなのかと、視線だけで問い掛ければ更にその笑みは深くなり、鼻で笑われた。
まだ、甘いなと言葉まで添えて。


野郎、計りやがったな・・・!





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