それはとても小さな

>13:生徒指導室







「・・・」

「・・・」


放課後の生徒指導室。机をはさんで無言のままに見詰め合っているのは銀八と
見詰め合っている、というのも少々語弊があるが、睨みあっていると言うわけでもない。
二人が黙ったままで五分が経つ。そして二人の間にあるのは、机の上にある一枚の紙。
この沈黙に到るまでには簡単な経緯がある。

指導室に来たのは久しぶりだ。以前、バナナとラップを仕掛けた時以来である。
そんな事を考えながら指導室へ入れば、銀八は窓辺に立ち外を眺めていた。
が来た事に気づきダルそうに椅子に座る。銀八が座った事でも目の前の椅子を引いた。


、なんでここに呼ばれたか分かるか?」

「いいえ、まったくもって分かりません。お菓子の持ちこみは先生にとやかく言われることでもないし」

「お菓子なんてまだ可愛いもんだ。教室に炊飯ジャーを持ち込む留学生がいるからな」


ふ、と遠い目をして窓の外へ視線を向けた銀八が溜息をつく。
しかし授業中でも構わず棒キャンディを舐めている銀八にだけは言われたくない。
口にすれば二つも三つも反論の言葉が向けられるので、黙っておいたが。


「で、本題はコレだ」

「一昨日の漢文小テストじゃないですか。なんですか? 個人個人に答案返すんですか?」

「違ェよ。本当はこんな面倒な事したく無ェんだけど、さすがにこれは無いわと思ってな」

「はぁ」


机の上に広げられたの答案用紙。一見すればその答案用紙の解答欄は、全て埋め尽くされている。
だがその上に書き足されたマークは、全てが尽く不正解である事を示していた。
全問不正解だった為にちょっとした注意だろうか。教師らしいことも、ごく稀にだがするんだな、とが思っていれば深い溜息が耳に届く。
自分の答案用紙から視線を銀八にずらせば、銀八もを見ていた。そのまま黙して五分。
ここで漸く、冒頭にまで至るわけだ。


「・・・で、一体何なんですか?」

「何、じゃねぇよ。この答えは何なんだと、俺は聞きたいわけ」

「私なりの答えです」

「漢文に対しての解答じゃねェよ、これ。お前の解答見た瞬間、ビックリしていちご牛乳吹き零したぞ」

「漢文ならったって使わないモン」

「モンとか言うな」


の解答は漢文の並びや返り点などを無視したどころではなく、まったく関係ない事を書いていた。
例えば、問一に対しては面倒、だの。問二ではこんなの分かるわけが無い、だの。全てがの心情で埋めつくされていた。
それにはさすがの銀八も頭を抱えた。放っておいても一向に構わないが、これを機に下がるはずのないだろうZ組の学力がこれ以上下がれば
また校長や教頭に呼び出され、あまつさえ給料が少なくなってしまう。下手をすればの親から何か抗議があるかもしれない。
その時はその時であるが、それでも打てる手はそれなりに打っておこうと思ったわけだ。
呼び出された理由が判ったで、不貞腐れて顔を背けている。


「あのな、確かに今のお前は漢文は使わないかもしれないけどな、将来になってあの時ちゃんとやってれば! って事になるかもしれないんだぞ?」

「もっともらしい事言ってますけど、結局は自分の懐が痛くなるのが嫌なんじゃないですか?」

「まあそれもある。それもあるが、とりあえず注意はしておかなきゃならねぇからな。教師だってタダで仕事してるわけじゃないんだからな」

「・・・でも先生の漢文の授業、正直まともに進んだためしが無いんですけど・・・」

「・・・」


の言葉に今度は銀八が顔を背けた。
あのクラスが大人しく授業が進むということが珍しい。そればかりか、銀八もやる気が無い。
一応隣のクラスから注意が来るため、常に騒々しいというわけでは無いが、それでも途中で脱線などZ組の十八番だ。
その輪の中にもちろん自分も含まれている事は言われずともよく分かっている。の言葉に反論などできやしない。


「それなのに、いきなり小テストとかって言われても困ります。腹立たしいです。腹いせです」

「・・・じゃあなに、コレってわざとなの? わざとこんな答えを書いたの?」

「そうですよー。私だってそこまでバカじゃありません。大体その小テスト、いい加減真面目に授業進めんのが面倒だから作っただけでしょ」

「・・・なんでは俺の考えを尽く言い当てるわけ?」

「伊達に先生の生徒をやってませんよ」


満面の笑みを浮かべられてそう言われれば、本当に何もいえない。これではどっちが怒られているのかわからなくなってくる。
白衣のポケットから飴玉を二つ取り出して一つをへ無言のまま差し出した。
銀八がこうやって人に自分のおやつをわけるなど、相当珍しい光景だ。
一瞬驚くがせっかくの好意を無駄にするわけには行かないと、すぐ飴玉を包装紙から取り出して口に放った。
口の中に、甘いイチゴ味が広がる。


「とりあえずお互い、今日の事はなかった事にしよう」

「・・・もしかしなくとも、この飴玉って口止め料ですか」

「誰にも言うなよ」


どれをだ、と問おうとしたが口を開く前に銀八が席を立った事でタイミングを逃してしまった。
扉に手をかけると、銀八がもう遅いからさっさと帰れと、暗に部屋から出ろと言ってくる。
ここに呼び出したのはどこの誰だと思いながらも、口にはせずに鞄を引っつかんで駆け足で指導室を出た。





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