それはとても小さな
>15:下校
一糸乱れぬ起立、礼の挨拶と動き。それができるのはこれが終れば下校だ部活だという、そんな気持ちゆえだろう。
終礼の挨拶が済めばガタガタと音をたてて机は移動し、掃除当番は残りあとは思い思いに教室を出て行く。
委員にも部活にも入っていないはどこ吹く風だ。さっさと帰ってしまおうと鞄を掴んで廊下へ出ようとした。
しかしその歩みは腕をつかまれることで止まり、同時につんのめる。
倒れそうになるが踏ん張ってそれを耐え、後ろを振り返ればその行動を後悔するような笑顔を浮かべた沖田が目の前に居た。
「・・・何、沖田君? なんですかね?」
私は早く帰りたいんだ。早く帰ってドラマの再放送を見るんだ。
ブラウン管の王子様が私を待っている。けしてサディスティック星の王子は望んじゃいないんだ!
かなり切実に、奇妙な形で固まり、奇妙な笑みを浮かべ沖田の顔を見るの姿に、極上の笑みを向けた沖田はただ一言だけ言い放った。
「掃除代われ」
「・・・はい?」
「今日ドラマの再放送を録画予約忘れたんでさァ。でも部活だから、一旦帰ってドラマの予約をしてこなきゃならねぇ」
「私だって同じだよ。昨日からデッキがご臨終してリアルタイムオンリーになってしまったんだよ。と言うかそんな面倒くさい事するの!?」
「それだけじゃ無ェ。ドラマ見た後は真面目に、土方抹殺の為に素振りを千回こなさなきゃならねぇし」
「おいまて総悟。今後半の言葉に妙な単語が聞こえたぞ」
「俺はアンタを抹殺する為なら地球破壊爆弾を使っても構いませんぜ」
「テメェェェ!! 上等だコラァァァァ!!!」
「ちょー! ちょっとちょっと、私を挟んで喧嘩しないで!!」
廊下に出ていた土方が沖田の不穏な台詞を聞き逃すはずもなく、掴みかかる勢いで戻ってきた。
いつもならそそくさと逃げる所だが、生憎ガッチリと沖田に腕を掴まれて身動きがとれない。
傍から聞けば、「やめて、私のために争わないで!」であるが、少々ニュアンスが違う。
正しく表示して言うならば、「やめて、私の身の安全のためにここで争わないで」である。は何よりも自分の身が可愛い。
しかしこんな状況で沖田が手を離すはずもなく、怪我をしたくなければ掃除を代われと脅しまでかけてきた。
自らのためならば本当に地球すら破壊しかねないだろう、沖田のドSっぷりは今に始まった事では無いがこのままでいいのだろうか。
そう問い掛けても、だったら矯正してやれと言われてしまう。それは無理だから全力で否定させていただきたい。
多分沖田の被害者では、女子の中で群を抜いて輝かしい栄光の第一位に名を連ねているだろう。きっとそろそろ殿堂入りだ。不名誉極まりない。
「あの、だったら僕が代わりますよ?」
「おおおぉぉ・・・新八君・・・!」
天使・・・否、神がいる!!
手が塞がってなければ今にも拝み倒しそうになるぐらいの勢いで、感動のエールを送りつつありがたやと、心で何度も拝んだ。
だがその背後に忍び寄った影の一言で一気にの気持ちは奈落へと突き落とされる。同時に新八の表情も一気に暗くなった。
「何言っているの新ちゃん。今日は卵パックお一人様一点限り八十八円特売セールの日よ? 一緒に行く約束じゃない」
「あ・・・あははは、そ、そうでしたねぇ〜・・・」
「そ、そうなんだ・・・じゃ、じゃあ無理に代わってとは言えないなァ!! アハハハハ!!」
まさに顔で笑って心で泣いて。新八も親切心半分、卵焼きから逃れる半分だったのだろう。あの威力を知っているからこそ、恨めるわけもない。
しかしお妙はそこまで爪の甘い女子ではない。せめて明日も元気に学校にきてくれ、新八君!としか祈れない己の無力さが不甲斐無い。
襟首を掴まれて廊下へとズルズル運ばれていく新八はまるで生ける屍のようだった。なぜかドナドナが聞こえたのは幻聴だと思っておこう。
見送りながらもいまだ続く頭上でのやり取りはいつ終わるのだろうかと思いつつも、もけして掃除当番交代を許可する気もなく
逃れる手は無いかとない頭をフル回転させて悩みつづけた。もう一つの良心山崎はすでに部活へ向かってしまった。
最早助けは無いかと思われたが、少し低めの声で「自分が代わります」と奇跡の申し出が聞こえた。
項垂れた顔を上げたは、相手の顔を見て思わず固まる。
「へ・・・屁怒絽くん・・・」
「皆さん、ここで争っていては何も始まりませんよ。ここは僕が引き受けますから。ほら、早く帰らないとドラマに間に合いませんよ?」
その強面故に色々と誤解されがちだが内心はこのクラスの中で一番穢れなくピュアだろう。下手したらペガサスあたり見れちゃうかもしれない。
そんな屁怒絽の申し出にそれ以上何かを言えることもなく、沖田は我侭も押し通せば見苦しいだけだと、素直に箒を持ち掃除に取り掛かった。
教室を出ようとする土方へはもちろん恨み事を二つ、三つと言葉を投げかける事は忘れずに。
元々帰宅部のだが、なぜか屁怒絽までそのまま掃除を始めた姿を見ては、「じゃあさようなら」と帰れるほど薄情では無い。
「あれ、さんいいんですか?」
「うん。だって屁怒絽くんだって当番じゃないのにやってるのに、私が帰るわけにも行かないよ」
「なんでぇ、結局やるんなら最初からやるって言っとけよ」
「アンタの頼み方が異常にドSなんだよ。もっと他に頼み方があるだろうが!」
沖田の言葉にもちろん一つ二つ文句を返して、箒を押しつけるように渡せば一瞬、ムッとした様子は見せたが大人しく掃除を始めた。
その後もはブチブチ文句を漏らしながらも、手は確りと箒を動かし掃き掃除をしている。
隣では同じように屁怒絽が掃除をしているが突然、彼が「ふふっ」と僅かな笑みを零して驚いた。色んな意味で。
捉えようによっては何かを企んでいるかのような。煮立った釜を前にして笑う魔女のような絵を想像させるかのような。
そんなふうに感じられるが、しかし本人にはまったくその気は無く、朗らかに笑ったつもりだったのだろう。
言葉を詰まらせながらもどうかしたのか問えば、思わず声に出して笑ってしまった事を謝罪された。
「さんは優しい人ですよね」
「そ、そう・・・かな? えへへへ」
「一丁前に照れてやがらァ、気色悪ィ」
「んだとドS王子!」
「ああ、喧嘩はダメですよ。それにホラ、暴れるとせっかく掃いたゴミがまた・・・・」
「あ・・・ごめん」
沖田との言い合いが発展する前に沈静化されるとは。恐るべし、屁怒絽効果!などと考えつつ、手は休ませない。
止まったら止まったで何か言われるのでは無いだろうかと、気分はシンデレラに近い。
の言動に逐一沖田が何かを言って突いてはそれに反応を示し、喧嘩になるかと思われる一歩手前で屁怒絽が諌める。
そんなやりとりを繰り返していれば、気付けば廊下を掃除していた者も戻ってきて最後の机を運ぶ作業も滞りなく終わり、漸く帰れると背を伸ばした。
考えてみれば、沖田と二人で言い合いを初めてこんなに大人しく引き下がった事などあるだろうか。
恐るべし屁怒絽パワー。その頭に生えている花は伊達じゃない。
「さーて、では帰るとしまっ、グエッ!」
「カエルの潰れたような声出すんじゃねぇよ」
「そ、うごっ! ちょ、離せ! 人の首根っこ掴んでどこへ連れていく!」
「これから俺は部活なんでさぁ。まぁ、ドラマはもう諦めたけどな」
「だからなんだ。私が連れていかれる理由はどこにある」
「そりゃもちろん、掃除を真面目にやった俺はいつもより疲れやすいから、帰りのかばん持ちとして・・・」
「却下! 帰る! 私は帰るんだァァァ!!!」
「じゃあいっそ大地へ還りますかィ?」
「屁怒絽様ァァァ!!!」
首根っこを掴まれズルズル引き摺られていくの声は、既に外へ出てしまった屁怒絽に届くはずもなく。
ましてや沖田の行動を制止させられるような人物は他には無い。
下校時刻がどんどんと後へ後へと伸びていくを尻目に、他のクラスメイトは無情にも「頑張れ」と言いながら笑顔で手を振って下校する。
道場の隅で、どこから取り出したのか縄で確りとつながれたは溜息を零しながら、沖田に奪われた自らの鞄の事を思う。
どうぞ中身よ無事でいてくれ(主におやつ関連)
しかしかばん持ちという位置付けに、イコールで繋がるその先の答えは沖田の家まで同行という答えが導き出される。そんな事は深く考えずとも容易に想像がつく。
早々に諦め家に遅れると電話を入れたが無事帰宅できたのは八時をまわった頃だった。
「二度と沖田に捕まるものか・・・!!!」
そう硬く心に誓った次の日、逃げる間もなく連れて行かれたのは言うまでもない。
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