それはとても小さな
>04:あと5分
は真ん中の席で何度も意識を時計へと向けていた。
今はまだ授業中。一応形ばかりは受けている形だがその実、教師の言葉も黒板の文字もまったく頭に入っていない。
おかげでノートは途中から真っ白だし、先ほど教師に当てられても見当違いの答えを言ってしまった。
時間が経つにつれ、のまとうオーラは不穏なものになっていく。
両隣の山崎、沖田は誰よりも早くその気配の変化に気付いたが、山崎は通路を挟んだ隣だったのが幸いした。
必然的に真隣の沖田がへ何をそんなに苛立っているのかと聞く役目となる。
だが沖田は山崎とは違い、とくに気にもせずまるで「シャーペン持ってない?」と気軽に聞くのと同じような口調で聞いてきた。
ギリギリと、錆びた音すら聞こえるのでは無いかと思えるほどにぎこちない動きで振り返ったは、ものすごく不機嫌だった。
そして鳴るのはお腹の音。
今の時間は四時間目。そこまでくれば聞かずとも空腹で苛立っているのだということが判った。
「なんだ、アンタ弁当忘れたのか」
「そうだよ。こう言う時に限って弁当忘れたんだよ。
つーか服部先生授業ギリギリまでやるんだよね。・・・あー、駄目だ。まだ三分しか経ってない・・・」
いつもはお弁当を持ってきているは今日はチャイムと共に教室を出て売店へとダッシュ決定らしい。
それほどまでに混むわけでもない売店。しかし早く行かなければ目当てのものがなくなってしまう。
どうせ売店で何かを買うなら、おいしそうなものだろう。既にの頭の中では如何に効率よく目的の物を手にするか。
その計算でいっぱいいっぱいだった。
のそんな姿を横目に見た沖田の浮かべた笑顔は、この上なく楽しそうだった。
「せいぜい頑張りなせェ。が一生懸命売店に向かっている間に俺は弁当を広げて優雅にランチタイムと洒落込んでまさァ」
「アンタ、本当いい性格してるね」
「お褒めに預かり光栄の極みとでも言っておきますか」
「・・・ッチクショー、それにしても長ェよ。早く終れよ。むしろ五分前だよ。
おのれ服部・・・彼奴めもしや我に弁当を食べさせぬ気か、これは一体誰の陰謀だ・・・」
脳みそがだんだんとシャッフルされていっているらしい。
鳴りっぱなしのお腹を押さえながら顎を机の上に乗せ、確り真っ直ぐと目の前で背中を向ける服部へと睨みつけるような視線を送る。
早く授業を終わらせろとまるで呪詛の如く脳内で繰り返していれば、突然振り返った服部に当てられてしまった。
「おーい、。さっきから先生の事すっごい睨んでるけど、そんなに当てて欲しいなら当ててやるぞー。
このマスに入る名前を言いなさい」
「ストロベリー生チョコサンド」
「そんなファンシーな名前の将軍が居たら驚きだわ。はい、じゃあ沖田」
「駄目ですぜ。もっとオーソドックスに、簡潔なもんにしねーと。蕎麦です、先生」
「だから将軍名だって言ってんだろーが。蕎麦って何、お前の昼ご飯か?」
「違います。いつか土方を蕎麦のように練って細かく切り刻んでやろうという意気込みでさァ」
「いい度胸だ総悟テメェ・・・・あとで覚えてやがれ」
沖田の挑発とも取れない言葉に拳を震わせる土方だったが、一応は授業中ということで押さえているらしい。
代わりに握っていたシャーペンが折れてしまった。
二人のやり取りを見ていた服部は呆れた様子で溜息をつく。
四時間目もあと十分ほどで終わる。はもういいだろうと言うが、それに頷くような服部では無い。
銀八はどうだかしらないが、自分はきちんともらう給料分は確り授業をするのだから我慢しろと言われてしまい膨れっ面になってしまった。
「いいかお前ら。学生の内に学べる事は大人になっても学べるってわけじゃねーんだ。
ここで確りとした知識をつけてかねーと社会に出た後、とんだ所で躓いちまうぞ」
「じゃあ先生、とりあえずお昼にしましょう」
「ちょ、・・・今俺、すごいいい事言ったよな? なのに何それ、そんなに俺の授業が嫌なわけ?」
「先生の授業が嫌なわけじゃなくて長くて嫌なだけです」
「とどのつまりは嫌って事じゃねーか、なにその否定になってない否定は」
先生は悲しいぞなどと言いつつ授業を再開する辺りは、この生徒も教師も色物揃いの学校で真面目といわれる教師である。
しかし教師のやる気に対して生徒のやる気も充分かと言えば、そうではない。
常にそこには摩擦が生じ、多少なりとも噛みあわない部分がある。それは教師が真面目であればあるほど大きい場合もある。
を筆頭に、次第に数名がもうあと何分で終わりだし、四時間目だから大目に見てくれても、などなど。
文句とも要求ともとりがたい言葉が次第に教室内でこだまし始めた。
まとまりを失ったZ組はだんだんと騒がしくなっていくがそれに一喝する服部。だが教師の一喝一つでおとなしくなるのならば、問題児といわれるわけも無い。
誰かが投げた筆箱が土方の後頭部に当たる。それを見て笑った沖田はさらに一言、二言余計な言葉を付け足した。
先ほどはシャーペンを折ってまで我慢した怒りだったが、周りの雰囲気もあってか今度は簡単につかみ掛かって行ってしまう。
後ろから羽交い締めして近藤が押さえ込む事で漸く落ち着きを取り戻した土方は、もちろん服部に怒られてしまった。
土方が落ち着いた所でやっと先ほどの騒ぎも沈静化されたのか、今は大人しく皆席に座っている。
服部はまだ授業を切上げる気は無いらしく、また新たに黒板に何かを書いていった。
正直にとっては目の前の黒板と教科書の中に記載されている革命戦争云々よりも、自分の腹具合の方が何よりの最優先事項なわけで。
深い溜息と共に何とも言えない腹の虫の鳴き声に鼓膜を震わせ、チラと時計を見た。
授業終了まで、あと五分。
は今か今かとチャイムの音を待ちつづける傍ら、既に授業など受ける気は無いのか。
シャーペンを持っていた右手はいつのまにか財布を握っていた。
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