それはとても小さな
>02:遅刻
朝目が覚め時計が差している時間を何度見ても、時間が逆戻りするわけもなくはムクリと起き上がると
寝起きで寝癖がしっかりついている頭を軽く掻いて布団から起き上がる。
時間は八時近く。走れば間に合わないわけでも無いが、慌てて事故でもあったら目も当てられない。
どうせ一時間目は数学だし、万が一それにも間に合わなくても次の授業は歴史である。
なんとかなる、と思いながら制服に着替え始めたは、母親の「遅刻するわよ!」と怒ったような声にのんびりと返事をした。
遅刻の危険性などさほど気にしていないは、皆勤賞を狙っているわけでもないので家を出た後も歩いて学校へ向かう。
自転車で行けば少しは違うだろうが生憎昨夜、コンビニへ行くのに乗った時にパンクしてしまった。
なんてタイミングだろうと思ってもそこまでで、やはり慌てる様子は微塵も感じられない。
途中、小さい頃からお菓子をくれたり面白い話しを聞かせてくれたりとしていた、今ではすっかり茶飲み友達のお爺さんが玄関先の掃除をしていた。
挨拶をすれば笑顔で返してくれたお爺さんは相変わらず、のどかな雰囲気を周りに撒き散らしている。
密かにこのままお茶でも飲んで家に帰ってしまいたいと思ったのは内緒の話だ。
「ちゃん、今から学校かい?」
「はい、見事に寝坊しました!」
「相変わらずのんびり屋さんだね。車に気を付けていきなさい」
の性格をよく知っているのだろう。のほほんとした笑顔と共に言われた台詞に、は暢気に返事をしただけだった。
暫く歩くと視線の少し先におばあさんが重そうな荷物を持って歩いている。
なんとベタな展開だと思う事もなく、はおばあさんへ声をかけて荷物を持ってみれば本当に重くて驚いた。
一体中身はなんだと疑問に思うほどの重さに、口元を引きつらせながら心配そうにするおばあさんには大丈夫だと笑顔を向けたあたり、誉めてもらいたい。
目的地なのだろう場所まで運ぶと、おばあさんはお礼と共に飴玉をくれた。
最初は断ったがそれでも受取ってくれと差し出すそれを、断りすぎるのも失礼だろうと受け取っておばあさんとはそこで別れる。
午後のおやつにでもとっておこうかと飴玉をポケットに入れると学校へと向かい歩き出した。
そこで突然、なにやら子供同士が神社の鳥居の下でしゃがんでいるのが目に入り、気になってどうかしたのかと声をかけたが
振り返った子供たちの代わりに別の声が聞こえた。
「にゃー」
「仔猫?」
ダンボールに入った仔猫が二匹。どうやら捨て猫らしい。
子供に捨て猫と来れば一つしかないだろう。飼いたいが親が許さないかもしれないと、思い悩んでいるのが目に見えて解る。
兄弟だろう二人は、弟が飼いたいけど絶対に許してくれないと嘆く姿に、世話をちゃんとするって言えばきっと許してくれると励ます兄。
暫し思案した弟は突然の顔を見ればどうすればいいのかと聞いてきた。
まったく見知らぬ子供たちの家庭環境など知る由もなく、あまり無責任に『大丈夫だよ』なんて言えるわけもない。
兄の言葉を尊重しながら、駄目だった時には他に飼ってくれるお友達を探してみたらどうかと差し障りないアドバイスを出せばそれが良かったのだろう。
今まで沈み顔だった弟の顔は少し明るくなった。二人して仔猫の入った箱を持つとへお礼を言って家へと帰っていく。
その後姿を見ては小さい頃にやっぱり捨て猫などを見つけては親に「飼えない」と言われた事を思い出した。
遠くで違う学校だろうが、どうやら一時間目が終わるチャイムだろう。
耳に入ったそれを聞いて腕時計を見ればもうすでに九時半を過ぎていた。
流石にもう寄り道はできないと、真っ直ぐ学校に向かおうとしただったが歩き出して暫くすれば道の端でうずくまっている人が居るのに気付く。
驚き駆け寄って大丈夫かと声をかければその人は女性で、おなかあたりを抑えている。よく見ればその人は妊婦だった。
考えるより先にすぐに病院へ電話をして数分できた救急車に一緒に乗り込むことになったが
こんなベタな展開はこの先、二度と体験できないだろうと思ったのは駆けつけた女性の家族にお礼を言われ、漸く一息ついたときだった。
「で、それが遅刻の理由?」
「はい。我ながら波乱万丈の朝でした」
今は四時間目が始まる前の時間。
漸く学校に着いたは、職員室へ向かうと真っ先に銀八の所へと行き、遅刻した理由としていままであった出来事を話す。
なんとなく話した後の銀八の反応は予想していたが、まさに予想通りの反応をされる。
聞き終えた銀八からのあからさまな溜息。それも仕方がないだろうと、あえてそこには触れないでおく。
やる気のない表情が更に呆れた様子を助長している様にも見えてしまう。
「寝坊なら寝坊でいいんだからさ、そこまで色々とってつけなくても・・・」
「まあ、そうですよね。自分でもありえないぐらいベタな展開だと思いますよ。
でもちゃんとこんな時間になっても諦めず学校来たんですから、誉めて欲しいぐらいです」
「はいはい、えらいえらい。だからさっさと教室戻れ。もうチャイム鳴るから」
「ウッワ、すっごいやる気が失せる誉め方したよこの教師。まあいいですけどね!」
銀八の反応はもっともらしいと言えばそうなるわけで、あえてそこには深くツッコミを入れずにいたは早々に職員室を出た。
何とか四時間目には間に合ったと言うのに、ここでグダグダやって授業に遅れては意味がない。
教室へと入れば総悟やキャサリンからの辛辣なツッコミで迎え入れられ、それをフォローする新八。
「それより、なんで遅刻したアル? 寝坊アルカ?」
「寝坊して登校途中におばあさんの荷物持って、捨て猫に困ってた子供たちへアドバイスしてあげて。
最後は苦しんでた妊婦を病院へ連れてって学校来たんだよ」
「どんだけベタな展開だよそれ!? まさか先生にもそっくりそのまま話したの?」
「うん。すっごい呆れられちゃったよ。まったく失礼しちゃうよね!」
言いながらも予想はしていたので言葉だけであり、実際はそんな事は思っていなかったのだがとりあえず周りの雰囲気に飲まれてみた。
いの一番に同調したのは神楽で、まったくなんて教師だと声高に言った。そこからはなんだかんだと担任への不満やらが飛び交う事になった教室。
悪乗りし始めたクラスメイトたちは、沖田による「一生糖分が摂取できなくなる呪いでもかけてみますか」と言う声に皆が賛成し始める。
廊下へも漏れ出るぐらいの負のオーラが漂っていた教室の前で、とても入りづらそうにしていたのは四時間目の授業の担当である教師。
「・・・あいつら本当何やってるわけ?」
銀八は教室のドアに手をかけた所で開けるか否かを見た目とは裏腹にものすごく葛藤していたらしい。
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