それはとても小さな

>01:登校







いつも通り家を出て通学路を歩く。暫くすれば見慣れた友人の背中を見つけ、迷わず走り出す。
最初に足音に気付いた沖田が振り返ったが、互いに声には出さず手のサインのみでの挨拶ですませた。
その理由はただ一つ。いまだの接近に気付いていない土方に背中からぶつかるためである。



「うおーっす! おはよう!!」

「ぐおっ!! おい、! テメーは毎朝なんでタックルをかましてくるんだ!」

「挨拶は一日の基本だよ。それにタックルは愛情表現ならぬ友情表現だよ、マヨ方君」

「よかったじゃねェですか。目つきが悪くてマヨネーズくさい奴でも、こうして付き合ってくれる友人がいて。
 マヨ方の癖によォ」

「誰がマヨ方だ! テメーら、朝っぱらからいい度胸だ、喧嘩売ってんのか? 買うぞコラァ!!」



朝の爽やかな雰囲気彼らにはまったく関係の無い話らしく、掴みかかろうとする土方にそれをヒラリとかわしながら
沖田との煽るような言葉は止まる事を知らず。漸く三人が登校途中だという事を思い出したのは、近藤の静止の声によってだった。
いまだ言い合いを止めない三人だが、その足が止まらなければ触らぬ神に祟りなしと言う事か。近藤はあえて放置しておく事にしたらしい。
途中、川沿いを歩いていたところで目の前に見慣れた少女を見つけ先ほど同様に、は喜び勇んで走り寄った。



「神楽ちゃんおはよう!」

「おはようアル、!」

「今日も神楽ちゃんは可愛いな! 羨ましいよ!」

「フッフッフ。私の魅力に気付いたはさすがアルな」

「でも何でいつもそんな眼鏡かけてるの? 別に眼は悪く無いでしょ?」



瓶底眼鏡を掛けた神楽は別に眼が悪いわけではなかった。席もいつも真ん中だったり黒板から遠くとも「おやつ食べ放題ネ!」と喜ぶほど。
元々本人が黒板を見る気がないというなら話は別だが。
としては神楽には眼鏡を外して生活してもらいたいと思っている。
可愛いのならば隠さず見せろ派と、力強く挙手し声高に宣言してしまえるほどの主張を常々しているだが
神楽は眼鏡をクイッとあげ下から見上げるように、不敵な笑みを浮かべてみせた。



「これは私の溢れる美貌を抑える必須アイテムネ。これが無かったら世の男どもは皆、私に跪くアル」

「おお、さすが神楽ちゃん! その自信たっぷりなところが大好き!」



自信有りげな神楽の台詞へは一切触れずにいる所が流石と言えばいいのか。気付かない神楽は腰に手を当てて仰け反りながら笑っている。
歩きながらまるで漫才のようなやり取りを派手にしていれば、お妙が角から曲がってきた。
いつもなら姉弟で登校している二人だが、今日は新八は係りの当番があるからと言ってお妙よりも早くに出たらしい。
挨拶をすれば今日も朝から元気がいいわね、とお妙は微笑ましそうに言うが、背後からお妙に気付いた近藤が朝からテンションも高めに
走り寄ってきている気配を感じればその笑みは一瞬にして般若のような形相へと変貌する。
スカートを穿いているとは思えない華麗な回し蹴りによって、近藤は哀れ、朝から学校の上に輝く星へと変わってしまった。
しかし周りの者達はいつもの事である為慣れきっているし、飛ばされてしまった近藤もどういうわけかこのあとは絶対教室で席についている。
一体どんな手品だと首を傾げたくなる光景だが、それこそ彼らには日常茶飯事の事。誰一人としてそこをツッコム者は居ない。
その証拠に飛んでいった近藤には既に目もくれず、関心すらない神楽たちは朝ご飯は何を食べてきたのかと言う話で盛り上がっていた。



は朝はご飯何杯食べるアル?」

「えー、私はその時によるけどご飯と味噌汁は外せないね!」

「まあ、そうなの。健康的で良いわね。
 家はいつも卵焼きを出そうと思っているんだけど、新ちゃんが『朝から姉上の手を煩わせるわけにはいきません!』って言って
 中々作らせてくれないのよね〜」

「あははは、新八君らしい気遣いじゃない! いいなァ妙ちゃんは。出来た弟もっててさ!」

「でもやっぱり卵は体にいいから、今日のあの子のお弁当にコッソリ忍ばせておいたのよ」

「隙を狙うとはさすが姉御アル!!」



神楽の言葉にそうだね、と答えるだが、内心新八が朝早く出たのは卵焼きから逃げる為だったのだろう。
しかしそれはどうやら失敗に終ったらしい。昼休み、弁当を開けた瞬間の新八の負のオーラは半端ない事は想像に難くない。
少しだけおかずを分けてあげよう、と頭の片隅で考えながらも、朝からお妙に苦労させられないとやはり料理をさせない新八は
けして思いやりがないわけではないだろう。その大半がたとえ自己防衛のためだとしても、ここは姉弟の微笑ましい美談で終わらせなければならない。
おかげでは朝からあまりにも苦い笑いを連続する羽目になってしまった。


周りには見知った生徒、見知らぬ生徒がただ一点を目指し歩く姿ばかりが目に付くようになる。
その中に一人、ひどく見慣れた後姿を見つけはは知ってその人物の所へと向かった。



「おはよーございます、銀八先生!」

「おー、か。おはよーさん。おめェは毎朝元気が良いなー。良いね若いって、先生にも分けてくれよ本当」

「先生は朝からテンション低いですね。なんですか? いちご牛乳と間違えてヤクルトでも買っちゃいましたか?」

「どんな間違え方だよそれ。違ェよ、俺は朝は弱いの。昔からそうなの」

「じゃあ私の若さ分けても意味無いですね! 無意味!」

「意味無いですねってお前、笑顔でヒデェ事をさらりと・・・しかも二回言ったし」



バイクを手で押しながら歩く銀八は、朝から深い深い溜息をついてしまうがはさほど気にした様子はないようだった。
暫く隣を歩きながら突然、は押しているバイクに乗せてくれないかと頼むがもちろん却下されてしまう。
裏門がこっち側にあれば楽なのにとボヤク銀八だが、言って門の場所が変わるわけではない。
実際、裏門から入れば駐車場まで近いものの、銀八の通勤路は正門の方が近いらしい。
今度校長に頼んでみようか、などとおよそ叶いそうにない考えを巡らせたが、それはが話し掛けた事ですぐに別の話題に切り替わる。
門を過ぎるまで朝からハイなテンションで銀八に話しつづけるだが、銀八からは適当な返事しか聞こえない。



「それじゃ、。ちゃんと予鈴には教室に居るんだぞー」

「先生もちゃんと教室くるんですよー」



バイクを押しつつ駐車場へ向かう銀八の背を見送るなどと言う事はせず、は次に目に映ったクラスメイトへと
友情という名の愛のタックル攻撃を仕掛けながら賑やかに教室へと向かっていった。





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