灰愛色 -はい いろ-
>一振りの刀 -act 02-
大量の武器の入手の情報を元に、港に各隊が配備された。
闇夜に紛れるように、物陰で息を潜め隊士達はそれぞれが突入の時を待っていた。
同時に、万斉達の方も元々これは真選組をおびき寄せるための罠である事を承知の上で、この場に集まっている。
一つ、知らされていない事があるとすれば、の事だけだ。それを知るのは今回指揮を取っている万斉のみ。
「万斉さん、準備が整いました」
武器が多量に入っている運搬船から運び出されようとしている荷物。その中に目的の物がある。
真選組が動くのも今だろうと、誰しもが思ったとき、突然船尾が爆発した。
待機していた隊士が開戦の合図代わりに打ち込んだらしい。それをきっかけに斬り込んできたのは一番隊。
それに続くようにして、黒い雪崩のごとく襲い掛かる。
「罠とも知らずやはり来たか・・・かかれェ!!」
その声に弾かれたように、船上や近くに停泊させていた別の船から現れたのは、鬼兵隊の浪士。
様々な場所で刀のぶつかる音や鍔迫りの音。火薬の香りに爆音。先ほどまで静かだった港は一瞬にして騒然とした。
争いの渦中でただ一人、万斉だけは平然としている。サングラスの奥で視線を巡らせ、目的の人物を探すが見つからない。
人波を縫うようにして場所を移動させる傍ら、時折斬りかかってくる隊士を往なしていく。
コンテナが並ぶ入り組んだ場所。そこにもまた複数の隊士や浪士がぶつかりあっていた。
万斉はそこで目的の人物を見つける。
「ぬしが、例の戦姫でござるか」
「っ! 河上・・・万斉。まさかこんな所で出くわすなんてね」
背負った三味線の仕込み刀を抜き構えれば、斬りかかる前にから踏み込んできた。
一際高い音を立てて刃を交わらせて攻撃を防ぐ万斉は、サングラスでその表情は読めない。
その所為か、余計に不気味に感じられる万斉の存在。は一度刀を弾くと距離をとった。
様子を見るかと思われたが、予想に反して今度は万斉から距離を縮めてくる。
虚をつかれたわけでもなかった為に、難なく攻撃を防ぎ弾くとお返しとばかりに、斬りかかった。
万斉が突きの構えをすると、顔を逸らし避ける。切っ先が頬を掠め、一筋の傷ができた。
背中に抱えていた三味線を抱えると、その動きを不審に思い距離をとろうとしたが突然、隊服越しに手首を締め付ける感触が走る。
見れば細い糸が巻き付いていた。視線で辿ると、それは三味線から真っ直ぐに伸びている。しかし三味線の弦にしては強度がありすぎる。
ギリギリと締め付けながら、弦独特の音が微かに響いた。
「無理をせぬ方が良い。動けば腕が落ちる」
「それは、抵抗すればってことでしょう・・・!」
ピンと張られた弦。抵抗し踏ん張ればその分、弦も食い込み動きを封じる。
ならばと踏み込み懐を狙いは距離を縮めて弦の張りを緩ませた。
肩に深く食い込んだ刃は、鞘代わりの三味線を使い防ぎ、それ以上斬り進めることはできなかった。
それでも深手を負わせることが出来ただけでも、かなりのものだろう。
この一撃を防いだからか、弦が切れた事で拘束からも解放され、はその隙を見て距離をとろうとしたが、一瞬動きを止める。
相手は万斉。このチャンスを逃すわけにはいかない。
あけた間合いを詰め、刀を振り下ろした。後ろへと飛び避ける万斉を追うは、踏み込んだ足を軸に体を横に回転させ刀を薙ぐ。
風を斬るだけに終わるかと思われたその一撃は、避ける万斉の上着だけを斬りつけた。
一度の攻撃を次の攻撃へと転ずる為の布石にし、流れを止めることなく連撃を繰り出す。
どれもギリギリのところで避けられるが、少しずつと追い詰めているかのように見えた。
一際強い一撃を放ったの刀を、万斉も刀で防ぐ。
「・・・なるほど。晋助がこだわる理由がわかったでござる」
「っ、な、に?」
「・・・拙者を斬ってから今までの中で、ぬしのその目の中に、激しい獣の動きが見えた。まるで、獲物に食らいつくかのような」
「ふざけるな・・・っ!! 私は、そんなもの・・・!」
獣など持っていないと言おうとして、その言葉は途切れた。交わる刀を弾かれ、大きく仰け反った所を狙いの顔の真横へ刀を突きたてる。
音を立て、その切っ先はすぐ背後にあるコンテナへとぶつかった。波紋を描くような残響が鼓膜を揺する。
暫しの沈黙が流れ、二人の動きも止まった。
「色も音も違うでござるが・・・確かに晋助と同じ物を持っているようだ。興味をもたれるのも仕方なき事」
「な、にを・・・」
この男は何を言っていると言うのか。
同じ物など、持っていない。獣など、居はしない。
否定の言葉を繰り返しても、同時に体の奥でざわめく何かを感じる。
まるで血が逆流しているかのような熱と、昂ぶり。
万斉に斬られた傷は痛まないと言うのに、既に癒えている肩が痛みを感じた。思わず、刀を落として肩に手を当てる。
―― どんな言葉にしろ思いの形にしろ、自分へと真っ直ぐに向けられた思いは心に残るものよ
そんな事は無い。そんなはずは無い。
脳裏に蘇る言葉や痛みを、言葉で否定しても打ち消される事は無く、はただ力無く座り込むことしか出来なかった。
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