-はい いろ-

>一振りの刀 -act 03-







気付けば万斉は居なかった。一体何が目的だったのかわからない。意識が完全に戻ってきたところで落した刀を掴み、立ち上がった。
どれほどの時間が経っているのか、まったく分からなかった。まだ辺りには浪士と真選組がぶつかり合う声や、音が響いている。
今はまだ捕り物の最中だ。こんな所でいつまでも呆けているわけには行かない。
立ち上がったところで、突然背後から殺気を纏った浪士が襲いかかってくる。
身を翻し、刀を構えることで一撃目を防いだ。弾いて互いに間合いをとった所で、もう一人がの背を狙い踊り出る。


「もらったっ!!」

「くっ!」


まさかの挟み撃ちだったが、不意打ちも辛うじて防ぐと一度刀を弾き、仰け反り無防備にさらされた相手の腹部めがけ刀を横薙ぐ。
その時一瞬、幻聴が聞こえた。



―― 狂気に気づけ



「ッ!」


耳の中で響いたその声に戸惑い、剣を薙ぐ動きが鈍り踏み込みが浅くなる。
その隙を浪士が見逃すはずもなくが背を向けていた浪士が動く。
ほんの一瞬の戸惑いが命を左右する。
そんな事はわかりきっていたと言うのに、その全てを忘れてはただ、背後で煌めく刃を振り向き様にその視界に映すことしか出来なかった。


「グアッ!!」

「なっ!? お、おのれェ!!!」

「・・・ぁっ・・・」


を狙っていた浪士は突然、現れた影に斬り捨てられる。
ただ驚き、固まることしかできないの横をすり抜け、もう一人残っていた浪士が斬りかかった。
その刃が届くことは無く、一撃の元に斬り伏せられ、後には多量の血の香りに混ざり、紫煙の香りが残るばかりだった。


「テメェ、なにやってやがる。斬られてぇのか!?」

「す、すいませっ・・・!」

「謝る暇があるなら、その呆けた面をやめてしゃんとしやがれ。まだ敵は残ってるんだ」


短くなった煙草を揉み消すと、新たに煙草を出して火を点けると煙を吐き出す。
を置いて敵陣に走り出す土方。すぐにでもその背を追いたかったが、出来なかった。
つい先ほど、敵を斬ろうとして自分はどうなった。一瞬躊躇い、戸惑い、その動きを鈍らせ敵にチャンスを与えてしまった。
足が竦んで動けない。
もし、このまま敵渦中の中へ踊り出ても、以前のように刀が振るえ無い気がした。


「・・・迷うな、迷うな、迷うなッ!」


自らへ言い聞かせるようにそう、繰り返し口にしても刀を握る手は、まるで初めて刀を持ったときのように小刻みに慄えた。
嫌な汗が頬を伝う。

もしかして、もう、刀を振るう事ができなくなるでは無いか。そうなってしまった時、自分はどうしたらいい。
今まで、どうやって刀を握っていた。どうやって、敵を斬っていた。

何も分からなくなってきた。それでも、何度も握りの感触を確かめるようにしていれば、こちらに流れてきた浪士が数人、の姿を見つける。
何か言葉を吐き出しながら斬りかかって来るが、そのどれも耳障りな音でしかなく、振り向き様に握り締めた刀を我武者羅に振るった。
まるで子供が棒切れを振り回すような動きだったが、にとっては運が良く、一人の喉元に切っ先が突き刺さる。
迷うなと、もう一度自らを奮い立たせ、そのまま振り払うと血飛沫をあげて浪士は倒れた。
その感触を忘れぬ内に、はもう一度柄を握り締めると、先ほどまでのメチャクチャな振り方は無くなり、本来の型を思い出したかのように構え直す。

いきり立つ浪士を立て続けに、言葉一つ発しずは斬り伏せる。
正気など形を潜め、ただ目に映った敵を斬ったにすぎない。気付けば周りには、死体しかなかった。
漸く詰めていた息を吐き出すと、今まで規則的だった呼吸は一気に乱れ、足の力が抜けて座り込んだ。
服に染み込む嫌な感触。頬に掛かった温かい液体。どれも現実だと言うのに、どこか遠くの出来事のように感じながら、ただ脈打つ鼓動に合わせて
奥底で感じるどす黒い妙な気配を、頭を振って振り払いながら、いつまでもその場に座り込んでいるしか出来なかった。
その時のは、危機を脱した安心感か。はたまた、その片鱗をみせた狂気ゆえか。
口元は歪に笑みを浮かべていた。










、俺達の言いたい事がなんだかわかるな」

「・・・はい」

「あの体たらくはなんだ。他の隊士が気付かなきゃ、今頃テメェの葬式でも挙げてるところだ」


あの後、結局一歩もその場から動けなかったは捕り物が終わるときまで、あの場に座り込んでいた。
土方達の攻撃を命からがら逃げ果せた浪士数人は、無防備なの姿を見つけ、仲間の弔いだ、せめてもの反撃だと襲い掛かった。
反応も鈍く、緩々と振り返ったは抵抗の素振りすら見せない。そんな所を助けに入ったのはを探しにきた、同じ一番隊隊士。
寸での所を仲間に助けられ、漸く自分がどんな状況でいたのか気付くとただ、何も言えず俯く事しか出来なかった。
もちろんその事は土方や近藤の耳にも入り、事も落ち着き事後処理も殆ど済んだところで呼び出され、今に至る。

近藤の部屋で、は二人を前にして頭を上げることすらできなかった。
なぜ突然あのような事になったのか。本当なら答えなどわかっているはずだが、本能がそれを避ける。もし、気付いてしまえばそれこそ飲み込まれてしまう。
その恐怖が纏わりついていた。


「・・・、テメェは何の為に、そいつを振るう」

「・・・・・・護るものを、護る為、です」

「護るものの為か・・・。、俺達もそれぞれ、自分の中の護るものの為に戦っている。それに大きさも重さも関係ない」


の言葉に納得したような、それでも深刻な顔をする近藤は重々しげにそう言葉にした。
ただ何も言う事が出来ず、言われた言葉を留めおく事しかできない。
そんな二人の傍らで土方は溜めた煙を吐き出すと、もう一度煙を深く吸った。


「・・・近藤さんの言う通りだ。だが護るものの為なんて口にする事なんざ、ガキにも出来る。テメェはちっと頭を冷やす時間が必要らしいな」

「副長!」

「暫くの間、謹慎だ。テメェの中を見つめ直せ。話は終わりだ、もう戻っていい」

「ですがっ」

「迷いある刀は仲間も、テメェ自身をも殺す。そんなもん振るう奴に、背を預けるわけにはいかねェ」

「・・・・・・、失礼・・・しましたっ」


はそれ以上何も言えず、ただ告げられた言葉を飲み込む他なく、足早に近藤の部屋を去り自室に戻る。
特にする事もなく、寝転がり天井を見つめると、ただ悔しげに畳を殴りつける事しか出来なかった。





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