-はい いろ-

>一振りの刀 -act 01-







欠けた月が浮かぶ、少し霧の濃い夜。とある一室に響くのは三味線の音。
自室に戻ろうとしていた万斉がその部屋の前を通った時、不意に音が途切れる。
気になり一声かけて部屋に入れば窓辺に座る高杉の姿があった。


「久方ぶりに随分と機嫌が良いようだったが、なにかあったでござるか」

「ああ、犬小屋の中に一匹だけ獣が混ざってやがった。だがそいつは、テメェも犬だと勘違いしてるらしくてな」


手懐ける事など望んではいないが、噛みつかれる事を承知で手を出したくなる。
食らいつき、喉元へとその牙を食い込ませる。その感触を一度知れば、己が獣だと気付くかもしれない。
薄く笑みを浮かべる高杉を見て万斉が、次に自分に何を言ってくるのか、なんとなく予想が出来た。
そしてその予想は別に外れてほしかった訳ではないが、当たってしまった事になんとなく溜息をつきたくなる。
それは高杉に対してでは無く、自分に対してでもなく。ただ高杉の言う「獣」と称される相手へのある種、同情の念だった。


「なぁ、万斉。獣に食らいつかれる餌になる気は無ェか?」

「無いと言った所で、やるつもりでござろう。なら、無駄な足掻きをせず自ら犬小屋に身を投じてくるまで」

「引き際見失って、喉元を掻っ切られるんじゃねェぞ」


楽しげに口にされた言葉に、気を付けよう、とだけ残して部屋を出る。
やり方は万斉にまかせるつもりらしい高杉は、それ以降は一切口を出してはこなかった。
万斉が成そうとしている事は、それなりの時間を要するやり方だった。
どうせやるならば失敗しても不利益にならず、成功すればそれなりに鬼兵隊にとってプラスになる方が良い。
高杉も特に急かしているわけでもなかったこともあり、真選組へそれなりの情報をばら撒きつつ、万斉も準備を進めて行く。

まず最初の撒き餌は、ほんの少量。それに気付いたならば今度はそれを一点の場所へ誘導させるべく、道しるべに。
撒いた餌へ食らいつかせる最初のターゲットに選んだのが、真選組の目であり耳である監察方。
真選組をおびき寄せるならば、まずはそこからでないと始まらない。
不審に思う要素の無い程度の、絶妙なさじ加減で撒かれた餌は見事に最初の獲物を釣り上げた。


「あとは、向こうが勝手に動くのを待つばかりでござるな・・・しかし、晋助の言う者も動けば良いのだが・・・」


後に、万斉の不安とも言いがたい考えは杞憂に終わる事になる。
は沖田率いる一番隊の隊士。特別に他の任務など、何か別の問題が無ければ前線へと踊り出てくる確率が高い。
そうとは知らない万斉は、浮かんだ考えを頭の端に留めながら残りの作業へと移った。










「ほう、なら奴らが動き出したって事か」

「はい。どうやら武器を集めているらしく、裏の武器商人と繋ぎをとっている動きがありました」


夜中に近い時刻。
万斉が撒いた情報とも知らずに情報収集をした山崎は、近藤と土方へと知らせた。
正面に座る近藤が腕を組んで険しい顔つきになる。それを見て土方は緩く煙を吐き出すと、短くなったそれを灰皿へと押し付けた。


「先日の一件といい、今回の動きから見てもここ最近の奴らはよく動くな」

「多量の武器を仕入れて今度こそ全面戦争にでも持ち込むつもりか? どちらにしろ、阻止しなければならないだろう」

「動いてくれるっつーならそっちの方が捕り物もしやすい。そうだろ、近藤さん」

「・・・明日、皆を集めよう。山崎、ご苦労だったな。だが、まだ休めそうに無い。動けるか?」

「大丈夫ですよ。見た目より俺、タフですから」


笑いながら言う山崎に、それもそうだな、とやはり笑みを浮かべて答えた。
屯所を出た山崎は休む間もなく、更なる情報を集めるベく夜の町を駆ける。
近藤と二、三話した後、土方は自室へと戻ろうとした途中、と鉢合わせをする。


「見廻り終ったのか」

「ええ、つい先ほど。汗を流してとりあえず一眠りですよ。・・・何かあったんですか?」

「あったって言やぁあったな。明日になりゃ分かる」


今はとにかく体を休めろ、とそれ以上何を言うわけでもなく通り過ぎていく。
土方が角を曲がるまでなんとなくその背を見ていただったが、不意に眠気と疲れがジワリと滲むように感じられた。
明日になればわかるというならば、今ここで気にしていても仕方のない事だと、も部屋へと戻っていった。





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