灰愛色 -はい いろ-
>意味 -act 04-
ボロボロになって帰ってきたは傷の手当てを終えたあと、土方の部屋に呼ばれた。
何とか拘束を自力で外したまではいいが、屯所へ戻った頃には夜も更けていた。
の戻りが遅いことは大事にはなっていなかったものの、山崎を使い行方を探していたほどにはなっていた。
戻った最初に顔を合わせたのが土方でよかったのかどうかはわからない。
見た目からしても怒っているであろう、眉間に皺を何時も以上に寄せた表情でただ一言、傷の手当てをしたら自分の部屋に来いと。
ただそれだけだった。
聞かれることなどわかりきっている。は「はい」と答える事しかできなかった。
「それで、なにがあった」
「・・・攘夷浪士に出会い、不覚にも拘束されてしまいました」
「ほお、それでその負傷か」
「相手はやはり私が女ということで油断していたようです。切り抜けることはできましたが、時間が掛かってしまいました」
正直、真実を話すか否か悩んでいた。
しかし今回はあまりに不透明過ぎる。先日の一件からまだ数日しか経っていないと言うのに、あの高杉が単独で行動した。
それも今度はを対象にしてである。
そこに何の意味があるのか。高杉から言われた言葉にもいまだ答えが出せない。
無駄な混乱は避けた方が良い。そう判断したは相手が高杉である事を伏せることにした。
はたしてそれに気付いているのかいないのか。土方の表情はどうも読み辛い。
結局、相手には逃げられ拘束は自力で外して戻ってきたと、本当と嘘を交えての報告を終え、漸く部屋で一息つく頃には夜中になってしまっていた。
傷もまだ痛む。体がやけに重い。倦怠感と疲労感が一気に襲い掛かってくる。
は布団の上に倒れこむと着替えもままならず、そのまま目を瞑り眠ってしまった。
数日が経ったがあれから高杉の接触も無ければ動きも見られない。正直言われた言葉があれから頭にこびり付いて離れない。
傷も塞がり漸く復帰できたはまるでそれを払拭するかのように、仕事に没頭する事に決め今日も見廻りをしていた。
しかし今は見廻りでは無く、また行方知れずの沖田を探している。
つい先ほど、どこかでサボっているのを見つけたら屯所へ連行しろと、静かに怒りを露わにした口調の土方から連絡があった。
深い溜息をつきながら周りを警戒しつつ沖田を探すの目の前に、目的の人物では無いが見知った顔を見つける。
「あら、さん」
「お妙さん、あの、うちの隊長見かけませんでしたか?」
「いえ、見て無いわ。でもゴリラならさっき見かけた気がするけれど・・・野放しにしておくと危険だから早く保護してあげてくださいね」
「は、はあ・・・そうですか・・・保護しておきます・・・はい」
笑顔で言われたがその裏には色々な負のオーラを感じる。
目を逸らしつつ答えたが、そらした先の電信柱の影に見慣れた者が立っていた。しかしはあえてそれを見ないことにしてお妙へ向き直るが
そのお妙からは延々と近藤に対する様々な事を言われ、徐々に精神を削られていく。
近藤も悪い人では無いのだが、と一応のフォローを入れたがそれも綺麗な笑みで一刀両断される。
「あの、お妙さんの理想の恋愛と言うか・・・そう言うのってあるんですか?」
「理想?」
聞いた事にあまり深い意味は無い。
ただ何時までも続くであろう愚痴を途切れさせることと、ここで理想を聞いておき近藤に助言でも何でもすれば今後
もしかしたらもう少しマシな方向へと、近藤の歪んだ恋愛の仕方を軌道修正できるかもしれないという望みをかけての事だった。
そんなの考えなど知らぬお妙は口元に手を当てながら「そうね」と少しだけ考える仕草をする。
「まずはストーカーなんてしなくてゴリラ顔じゃない人がいいわね。あと誠実で真面目で、ストーカーじゃない人」
ストーカーを二度も言った。
よほど近藤の行為は頭にきているのだろう。まあそれもそうだ。ストーカー行為をされて喜ぶ人などいない。
フォローをいれたくともいれられず、はただ苦笑を浮かばせる事しかできなかった。
冗談か本気か。どちらともとれないお妙の答えはやがて途切れる。
「でもね、こんな事言っているけれど、私は本当は多くは望まないし、これと言った理想なんてないの。
ただ、どんな言葉にしろ思いの形にしろ、自分へと真っ直ぐに向けられた思いは心に残るものよ」
そこから恋に発展するかどうかは別だけれど、と付け加えるお妙の浮かべた笑顔はから見ても綺麗な笑顔だった。
近藤が惚れるわけだと、同性でありながら思ってしまう凛とした佇まいや、真っ直ぐな言葉には思わず目を見開く。
恋が発展しないのはどう考えてもストーカー行為のせいだろう。あれさえなければ、もう少しマシな恋愛が出来ていたかもしれない。
思うことは簡単だが一度走り出した車は急には止まれないのと同じで、近藤もそう簡単に軌道修正はできないだろう。
の悩みを知ってか知らずか、最後にやはり近藤の事で釘を刺してお妙は去っていく。
去っていく背中を見つめながら、先ほどのお妙の言葉を思い出せば何故か同時に、高杉の言葉を思い出してしまう。
何故今ここで、と思いながらそれを振り払うかのように頭を振ると、は忘れようとするかのように足早にそこから去り見廻りを再開した。
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