-はい いろ-

>意味 -act 02-







有休に入って三日目。
見たい映画も昨日で全て観尽くしてしまったは、今は暇を持て余し公園のベンチで何をするでもなく座っていた。
元々趣味といえる物は映画鑑賞しかなく、沖田の進めてきたものはとてもじゃないが見る気がしない。
年相応の女としての楽しみといえば、買物に食べ歩きなど。探せばいくらでもあるだろう。
しかし取柄が刀と言うだけあって、暇な時や時間が出来た時は竹刀を持って道場に行ってるである。
同姓の友人よりも、年齢様々な仕事仲間の異性の方が時間を共有する事も多く、何より気兼ねなく過ごせるというのも原因の一つだ。
別にそんな自分を嘆いた事もなければ、後悔した事もない。
だがこういった今の状況に陥ると多少なりとも、もっと別の暇潰しなどを知っておけば良かったなどと思ってしまうのも仕方の無い事。

こうしてからどれぐらい経ったのだろう。座る前に買ったお茶など、とうに飲み干している。
流れる雲を何も考えず眺めていたにとっては、座ってからまだ五分も経っていないとも思えるし、三十分は経っているよう感じる。
そのように時間の感覚すらも狂い始めた頃、漸く立ち上がったは空き缶を捨てると公園を出た。
いつまでもジッとしているのはやる事が無いにしても時間がもったいなさ過ぎる。
かといって、フラフラと街中を散歩するわけにもいかない。一体どこで攘夷浪士に見つかり斬りかかられるかわからないからだ。
まだ肩の傷は無理をすると痛みを訴える。
あれだけ派手に起こった捕り物だ。が怪我をしたという情報ぐらいはもしかしたら流れているかもしれない。
これを機に挑みかかってくる浪士が居ても何らおかしい事はなく、それらを相手にしてが一人で切り抜けられるかと言えば正直難しい。
相手の人数などにもよるが、十分な立ち回りができないことぐらいは自身が一番よく分かっていた。



「でも、まだお昼か。今から戻ったってそれこそやる事が無いんだよね」



結局、適当に街をぶらつく事にしたは、なるべく人通りの多い場所を選びながら歩いた。
途中で見廻りをしている原田を見つけ声をかけ、暇を持て余してしまっていると愚痴を言えば笑いを零す。



はいつも暇なら竹刀片手に道場で飛びまくっているからなァ」

「人を天狗みたいに言わないで下さいよ。そうだ、怪我が治ったら原田さんお手合わせお願いしますね」



休んでいる間に体が鈍って仕方がないと漏らせば、確り怪我を治せと頭を軽く叩かれた。
行ってしまった原田の背を見送ると、はふと空腹感に襲われる。公園を出た頃から少しずつお腹は空いてきていたのだが、時間が時間だった。
今店に入れば確実に混んでいるだろう。そう思うと、どうしてもの足は飲食店へは向かわずに当て所なく歩きつづけた。
もう昼のピークを過ぎた時間だ。これならあまり待たずに店内へ入れるだろうと、は適当な場所を選ぶと外付けのメニューも見ずに中へ入っていった。

なるべくゆっくりと食事をとり外へ出れば少しずつ日が傾き始めている。もうすぐ夕暮れ時。
だんだんと色を変えていく空を見上げながら、は屯所へと歩き出した。
周りには走って家路へ向かう子供や、夕食の買出しを終えた母親などが家路へつく姿が流れていく。
思えば真選組へと身を置くと言ってから父親は驚き大層心配した。帰ってきたくなったら何時でも帰ってこいと言っていたが、もう今は待つ者はいない。
住んでいた家も他人の手に渡り、今のにとっての帰る場所は屯所だけだ。
兄のような、父のような。時に悪友のような。
そんなやり取りができる彼らを、は思い出しながら歩けば自然を笑みが浮かんだ。

目の前から子供が走ってくる。どうやら家まで競争しているようだが、走る事と互いの存在に意識をやっているせいかに気付いていない。
自分が避ければいいだけだと、は道の端へと寄り建物に背を向けた。
子供たちはに気付くことなく目の前を走り去っていく。自分にも覚えのある行動だ。
昔の記憶を懐かしんでか、目を細めながら子供たちへと視線を向ければ、その姿に昔の面影を重ねる。
それ故に、完全にこの時のは無防備だった。



「っ!?」



突然背を向けていた路地裏から腕が伸び、口を塞がれ引き込まれてしまった。
抵抗するにも左腕を後ろに拘束され、肩に痛みが走り上手くいかない。
一体誰が、何の目的でこんな事をしているのか。それは二の次だ。今はとにかく拘束された手を振り解かねばならない。
半ば足を引き摺られる状態のは、見えぬ背後の人物を睨みながら機を伺っていた。
しかし隙が無い。
押さえる節くれ立った手や背に感じる体格で男だという所まではわかる。左手を押さえる手も緩む気配が無い。
動きを止めた時が勝負だと、は睨むまなざしを落ち着かせ乱れる鼓動を整え始めた。

ザリザリと草履が砂利を踏みしめる独特の音が響く。それは辺りを伺うような慎重さを感じさせる。
二歩、三歩と進んだところで途端に足音が小さくなり始めた。
立ち止まると判断したはその一瞬に賭ける。



「!」



肩の痛みを無視して手を捻り拘束を振り解けば、一瞬の隙を突いて背を押し当て僅かな相手との間を作る。
一歩踏み込むとそこを軸に体を反転させが相手へと向き直ったところで、腹部に重く鈍い痛みが走った。
反撃はあるだろうとは思っていたが、反応があまりにも早過ぎる。
どうやら相手はの一枚も二枚も上手だったらしい。身構えすら出来ていなかったはそのまま膝をついてしまう。
息を詰め、声を上げることすら適わず、相手が誰であるのかすら確認できない。トドメとばかりにその首裏に手刀が振り下ろされる。
地に倒れ、薄れる視界の中に映ったのは男の足元だけだった。





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