灰愛色 -はい いろ-
>意味 -act 01-
攘夷浪士のテロを防ぐ事は出来た。しかし思わぬ大物を逃した事を悔やむ者もいる。
誰でも予想などしていなかった高杉晋助の登場になにより、対峙して捕り逃してしまったが一番悔やんでいた。
しかし結局は過ぎたこと。いつまでも悔やんでいる暇があるなら、次を見据えろと土方の一喝が飛ぶ。
布団に横になっていては余計な事を考えてしまう。こういった時はただ無心に、竹刀を振っているのが一番なのだが生憎それはできない。
いまだ肩の傷が癒えないのだ。深く突き立てられたそれは、腕が使い物にならなくなるという事はなかったが回復まで時間が掛かる。
正直暇で仕方がない。
「副長」
「寝てろ」
「うわ、開口一番それですか!? 酷い!」
「・・・何しにきた」
相変わらずタバコの煙が充満している土方の私室。
体が動かせないならばせめて書類整理だけでも手伝えないものかと思ってやって来たのだが、それも二言目には却下されてしまった。
負傷したのは左肩。の利き手は右である。書類整理ぐらいはどうという事は無いと、思えど鋭い眼光を向けられては文句も言えない。
確かに右手の動きを少し激しくしただけで、左肩に響く痛みに顔をしかめる事もある。
だがじっとしているのは性に合わないのだと言うへ、ここで無理をしていざと言う時に使いものにならないほうが迷惑だと、やはり一言で斬り捨てられた。
土方の言うことはいちいち的を得ていて反論のしようも無い。
先日の騒動のあとだ。警戒はしているが、早々何度もテロが起こるわけもないだろう。
近藤に有休を貰えとまで言われてしまえば渋々ながらも返事をする他なかった。
近藤の部屋に向かう途中、山崎と鉢合わせをする。
どうやら一汗かいてきたらしいが、それはけして竹刀稽古ではなくミントン。その手に握られたラケットが何よりの証拠だろう。
土方にこのあと見つからなければいいがと思えど、いつまでも学習しない山崎にも非はあるのであえてそれは口にはしない。
実ははまだ愛刀を持って来てくれた事の礼を述べていなかった。
互いに怪我だ、事後処理だ、情報収集だと、忙しなく動いていた。今日は漸く皆が皆息をつき、落ち着けた最初の日なわけだ。
しかし礼を言うへ返ってきたのは、元々アレは鍛冶屋の主人が持って行けと言ってきたという事実。
鍛冶屋の主人はその実、松平に信頼されている者の一人で、所謂情報屋だ。それも幕府直属という位置に居る。
とてもじゃないが、普段あのボロい鍛治屋で鎚を打つ姿からは想像ができない。
木を隠すなら、といった原理で町の情報は町民になるのが一番確実な方法。
永い時を費やして集めた情報は確実性もあり、何よりあの松平が信頼している人物ともなれば評価はまた違ってくるだろう。
あの捕り物の日は数個所に隊を別けて行動していた。捕り物の最中、無線に気付かない事も少なくない。
監察は散り散りになり、互いの隊を往復しては情報の繋ぎをしていた。その中に、あの主人も居たわけだ。
どうやら情報の繋ぎの際にの刀を渡してきたらしい。
「だから、お礼ならあの主人に言ってきなよ」
「そっか、そうだね。うん。でも、やっぱりアンタにもありがとう、かな」
「律儀だなぁ。あ、そうだ。どうせ今から局長の所に行って休み貰ってくるんでしょ? だったらついでに主人の所にも行ったら?」
「うん、そのつもり」
先ほどの土方との会話を聞いていたわけでもないだろう。しかし見抜いた山崎はさすが監察だとでも言った所か。
山崎と別れ近藤の元へ行ったは、二、三日でいいから有休を、と申し出たにも関わらず、傷が癒えるまで休めとまで言われてしまった。
そこまで心配しなくともいいのに。
呆れつつも、しかし近藤の気遣いをありがたく思い、とりあえずは素直に頷いておいたは早速自室に戻ったところで明日からのスケジュールを立て始めた。
には映画鑑賞と言う趣味はあるものの、観たいものがなければ結局は暇を持て余す事になる。
しかし幸いな事にここ最近では、気になるものがいくつか上映されている事を知ると時間を調べ、無駄なく、且つ効率よく観るにはどうしたらいいかなど
気付けばメモ用紙に書き起こすまでに真剣に考えていた。
「あっ!」
「見事に純愛映画ばかりだな。、オメーはもうちっと幅広に映画をチョイスした方がいいですぜ」
気配をわざわざ消して背後に忍び寄ってきていた沖田は、の書いていたメモ用紙を奪い取ると呆れた様子で言ってくる。
余計なお世話だと口答えをしながら必死にメモを取り戻そうとするが、しかし沖田はそれを避けつつなかなか返そうとしない。
あまつさえ妙にグロテスクだったりアンハッピーエンド的な物を進めてきたが、どれもこれも一言で断った。
「なんでェ。俺の親切を踏みにじるつもりか」
「隊長のは親切とは言いません。苛めと言うんです」
「俺の辞書ではそう言う変換なんでさァ。それに、これはお前の為に言ってやってんだ」
「どう言う事ですか?」
常日頃から純愛物ばかり見ていると、妙に夢見がち思考になって実際の恋愛をした時にひどく傷つくのはお前だろう。
そう真顔で言ってこられては、本気で心配してくれているものだと勘違いしてしまいそうだ。
しかし本気半分からかい半分といったところだろう。
言った後に先ほど沖田が進めてきた映画のチラシを押し付けられると、せっかく書いたメモを目の前で破り捨てられてしまった。
ご丁寧に破いた紙ゴミをの部屋に撒き散らしながら背を向けると、それで少しは世の中の事を勉強しなせェ。とまで言って笑いながら去っていく。
残されたからは深い溜息が漏れた。とりあえず散らばったゴミはかき集めてゴミ箱へ。チラシも手にとったが動きが止まった。
正直これもいらないと言えばいらないのだが、ここですぐに捨てでもしたらあとが恐い。
一先ずそれは保留にしておき、そっと机の引き出しにしまうと、は再びスケジュールを立て始めた。
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