-はい いろ-

>誇り -act 06-







迂闊だった。は唇を噛み締めて高杉を睨み据える。
高杉の息が掛かった浪士達の作戦。しかしまさか本人がこの場に姿をあらわすとは思わない。
反撃をしようにも刀は樹に刺さったまま。短刀は先ほどの一撃を避ける際に手から離れてしまった。
全てにおいて、迂闊だったとしか言いようが無い。同時に己の甘さを腹立たしく思う。

目の前で笑う高杉には怒りよりも、どうこの場を切り抜けるかということだけが頭を占める。
耳元で壁に突き刺さった切っ先を抜く音が聞こえ、その刃をの喉元へと移動させた。
刀身から伝わる殺意がゾクリと体を駆け巡る。一瞬震えさせた体に力を入れれば、真っ直ぐと高杉を睨んだ。



「噂の戦姫がどれほどのモノかと思ったが・・・なるほど、立派な獣を飼ってるみてェだな」



低く、嘲りにも感じられる笑いを浮かべるとグイと切っ先に力を入れる。
同時には腰に隠し持っていた小刀を取り出すと強く踏み込み、高杉の目の前で一閃。
それは軌跡のみを描くだけだったが、壁際から逃れるには充分の間を作った。
間合いを取り小刀を逆手に持ち替え構えただが、正直それでどれだけ防ぐ事ができるか。
の抵抗が面白いのか、高杉の口元は相変わらずの笑みが刻まれている。
食いしばった歯が鳴る。同時に高杉が強く踏み込み、の懐へと間合いをつめてきた。横からの斬撃を刃を立て防ぐ。
柄を両手で掴み防いだにも関わらず、押し出す力の強さに腕が振るえた。
高杉が小さく刀を弾く。ほんの少しだけ浮いたの腕へ柄をぶつけ振り上げさせれば、その手から小刀が弾かれ宙を飛ぶ。
クルリと器用に手元で刀の持ち手を逆手から順手へ変え、振り下ろす。
斬られる。そう思うよりも先には地面を蹴り、少しでも深手を負わぬようにと後ろへと飛んだ。
切っ先は胸元を斬りつけたが深手は避けられた。少量の血が地面に飛び散る。
間合いを取り、丸腰で次はどう反撃してくるのか。思った矢先にが突然、高杉目掛け走り出す。
身を屈めて突進でもするのかと思えば、予想に反しは素早く横を通りすぎていくが、大人しく逃すわけも無い。
目で追いながら刀も振るがそれは虚しくの頭上の空気を斬るだけに終わる。
が地面で前転をすると身を屈めた状態で高杉へと振り向く。同時に高杉の刀が上から振り下ろされた。
脳天を狙ったそれは、高い音を立て防がれる。



「っ、残念」



不敵な笑みを浮かべる。振り向き様に抜刀されたその刀は、鍛冶屋に預けた愛刀。
屋根の上に月明かりに照らされた影が一つ。鍛治屋へ刀を取りに行った山崎だった。
山崎はが刀を拾い上げた事を確認すると、すぐに高杉の存在を知らせるべく土方達の元へと走っていく。

が高杉の横を通り抜ける前、愛刀を持った山崎の姿を確認した事で賭けに出た。
投げられた愛刀を見事拾いあげ、高杉の攻撃を防ぐ事が出来たが一歩間違えれば斬られていた。
まさに一瞬の判断ミスすら許されない状態。その状況において、はまだ笑みを浮かべる余裕がある。
まだ大丈夫だと、心内で己へ言い聞かせた。
ギリギリと交わらせた刃が独特の音を立てる。いつのまにか失せていた高杉の笑み。
それがまた、一瞬だけ刻まれた。



「つ、ァッ!!!」



元々身をかがめた状態のは体勢的に上からの力に耐えるには不利だった。
それを更に利用され、一瞬だけ高杉が力を抜けばとたん、バランスを崩す。そこを狙い、先ほど斬られた胸元を容赦なく蹴られた。
地面を転がり止まった所ですぐ上体を起こそうとするが、右手を踏みつけられさらには肩へと突き立てられた刀によって遮られてしまう。
肩から生えたように見える刀と、見下ろす右目が不気味に光った。



「てめェは、何故奴らと共に居る」



突然の質問。
あまりにもわけが分からなかった。
痛みに耐え歯を食いしばり、目を見開いて相手を見据える。背負うようにして見える月がやたらと眩しい。
一瞬訪れた静寂。遠くで数多の靴音が聞こえた。山崎が知らせた事で土方たちがここへ向かっているのだろう。
気配には気付いているだろう高杉は、しかし動かない。ただの答えを待っているようにも見えた。



「・・・護りたいものを護る為だ」



瞬きを一つしたと思えば、次にはクッと喉を鳴らして笑う。



「大層な理由じゃねェか。だが、テメェにできるのか?」



反論の言葉は紡げなかった。
腰から抜き出した鞘を強く鳩尾にめり込ませ、動きを封じる。息を詰めた瞬間に肩から刀を抜きさり、の上から退けば背を向け歩き出した。
追いたくとも鳩尾への一撃や、それによって痛みを増した傷が熱を持ち始めた事で身動きが取れない。
強く高杉の背を睨みつけながら、やがてその姿は闇夜に溶けていくかのように消えていった。





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