灰愛色 -はい いろ-
>誇り -act 04-
土方の自室。
始末書だなんだと、様々な書類に囲まれている土方の後ろではが色々な書面に目を通し仕分けをしている。
は外の見回りや任務がない時はこうして、土方の補佐のような役割を担っている。
最初は他の隊士たちと同様の扱いだったのだが、こういった書類の整理は女性の方が得意だろうという近藤の言葉と
普段無茶をする沖田などにより減る事のない始末書に囲まれ、大変そうな土方の姿を気の毒だと思っていた事もあり
肩書きこそ無いがこうして土方のサポートについている。
誰から言い出したのか、の事を副長補佐と呼ぶものも居るがにとってそれはあまり好ましいモノではなかった。
飽くまでの肩書きは一番隊隊士であり、けして副長補佐ではない。
手が開いた時に手伝ってやってくれ、と言う近藤達ての願いにより、『手伝っている』だけなのだ。
「そう言えば副長。先日の浪士たちは、何か吐きました?」
「ああ。今、事実の確認を山崎たちに任せてる」
「人の休日を台無しにしてくれたんだから、釣れるならデカイ獲物がいいんですけどねェ」
「本当、オメーは休日があるようで無ェ奴だよな」
「副長にだけは言われたくありませんね、それ」
仕分けした書類を畳に当て揃えながら土方の背に問いかければ、器用に筆を走らせながらの返答。
チラリと覗きみると普段のキレやすい性格からは想像がつかないほどの、几帳面な字がビッシリ書き込まれている。
妙な所で手を抜けない土方の性格が、ある意味よく出ていると感想を漏らせば、意味を理解しかねた土方は何だそれは、と問い掛けてきた。
あえてそれには答えずは処理し終えた書類を纏め始める。土方も深く気にしているわけではなかったらしく、それ以上聞いてくる事はなかった。
手伝いを終えたが次に向かったのは道場。ずっと部屋にこもっての書類整理の後は体を動かすのが一番だと、他から見ても判るぐらい
その足取りはやたらと軽やかで鼻歌まで交じっている。
少し近づいただけで、竹刀の景気のいい高い音や気合を入れる声などが漏れ聞こえてくる。
その手前。廊下を歩いていたは寝転がる沖田の姿を見つけ迷わず声をかければ、「今日は日曜日だ」と眠そうな声が返って来た。
「沖田隊長。いい加減見回りでも何でもいいんで、仕事して下さいよ」
「じゃあ、土方の背後でも狙ってきまさァ。それが俺の仕事だ」
「それは仕事じゃありません。謀反です。本当、隊長は副長の座を狙うことに関しては休みが無いですね」
「俺ァ、土方抹殺に関しちゃァ、年中無休でさァ」
先ほどの土方とのやりとりと似たような会話をしながら、沖田はアイマスクを指先で捲りの顔を見るとニヤリと笑う。
溜息を交じらせ呆れた顔つきでそれを見ながら、もそれ以上何も言わずに道場へ向けて歩き出した。
入り口からひょいと顔を覗かせれば、数人の隊士が既に息が上がってバテきっている。
座り込んでいる隊士の横を通り過ぎ、中へ入ればに気付いた他の隊士が手合わせを申し出てくる。
目がキラリと光ったようにすら思えるほど、生き生きとした表情で返事をすれば竹刀を片手に構えた。
一瞬の気の緩みも許されないような張り詰めた空気が漂う中、互いに見据えて切っ先を相手に向け立つ事数分。
どちらが先か。判断できないほど、ほぼ同時に床を強く踏み込むと上段に構えた相手と、身を屈めて懐を狙う。
の肩と相手のわき腹に互いの竹刀が触れたが、僅かの差で相手のほうが深く入っていた。
礼をしたあと、悔しげにもう一度だとが言えば相手もそのつもりらしくすぐに構えれば、も今度は負けないとばかりに構えなおした。
道場からはの気合の声と、竹刀同士がぶつかる音が響く。
漸く何本目かの勝負がついたとき、タイミングよく現れた原田が夜に緊急の会議があるからと報せてきた。
新たな攘夷テロなどの情報か、先日捕まえた浪士たちからの情報で重要な事をつかめたのか。
どちらにしてもまた暫くの間は休みが無さそうだと、汗を拭きながらは呼吸の合間に溜息を交じらせた。
一室に集まった隊士達はいつもと違う緊張感を含んだ空気の漂う中、静かに近藤が口を開くのを待った。
山崎たち監察の集めた情報を纏めた紙を一枚手に取ると、どうやら先日に挑んできた浪士たちに関しての事だったらしい。
鬼の副長に掛かればどんな堅い口も開かざるを得ない。そこから聞き出した情報を事実か否か、確認してきたのだろう。
一体どんな獲物が釣り上げられたのか。その情報からどんな黒幕が姿を見せるのか。
静かに近藤の言葉を聞くは沸々と湧き上がる別の感情を押し殺すように、膝の上に置いた手を思い切り握り締めた。
「つまり奴等の今回の行動は殆どが独断。たまたま見つけたへ、積もり積もった我々への恨みを晴らそうとした、といった所だろう。
しかしあの場に居たのはまた別の理由があったらしい」
紙面から顔を上げればそれを待っていたと言わんばかりに、土方はタバコを灰皿へと押し付け揉み消すと別の書類を取り出す。
そこには浪士から聞き出した情報と監察が集めた情報を照らしあわして浮かび上がったある計画の一端。
ターミナルを始めとする、今江戸にある数多の天人の大使館を同時に狙うと言ったとてつもない内容。
聞いた隊士達は息を飲んだ。
どうやらあの浪士たちはその内のどれかを狙う為の下見か、若しくは爆弾などを入手する為だったのか。
とにかくとんでもない計画が浮き彫りになったのだ。浪士達を数名捕らえただけで終わるようなやわなものではない事は目に見えている。
仲間が捕まったとあれば逆になんとしても計画を実行に移すだろうと、沖田が口にすれば近藤は「普通ならそうなるだろう」と答える。
どこか引っかかる言い方をした近藤に、どう言う事だと言葉を返したのは。
「奴等のアタマは高杉だ」
静かに響いた土方の言葉に、は目を見開いて息を呑んだ。
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