灰愛色 -はい いろ-
>誇り -act 03-
刀を構えた浪士が三人、の行く手を遮るようにして立ちはだかった。
口々に罵声を浴びせてくるが、には耳障りな雑音ほどにもならない。
ジリジリと音をたて間合いを詰めてくる浪士を、真っ直ぐに見据えながらも腰に差した刀に手をかける。
チリッと、小さく音が聞えたと思う間もなく、互いに相手の懐目掛けて地を蹴っていた。
浪士が上段に構えた所を、は刀を鞘から抜くと、鞘の先端を思い切り鳩尾へとめり込ませる。
低く呻き声をあげ、浪士はそのままもたれ掛かるようにして倒れこんできた。
少しだけ身を離し横へと体をずらすと、すぐ近くに居た別の浪士が隙を狙い斬りかかってくる。
それを受け止めると背後から感じたのはもう一人の殺気。
受け止めた刀を弾き上げ横へ跳躍すれば刀を構え、互いに睨み据え少しずつ呼吸を整えていく。
相手の様子を窺いつつ極度に張り詰めた緊張は、静かに周りの空気を飲み込んでいった。
ヒュッ、と誰ともわからない、息を一瞬吸い込むかのような音が聞こえた。
次には刀同士がぶつかり合う独特の音。
女だからと油断したからなのか、踏み込みが甘かったのか。純粋に浪士の力がより弱かったのか。
の刀に弾かれ浪士は体をよろつかせる。
その一瞬の隙を逃す事はなく軸足を中心に体を回転させ、横っ面を蹴り飛ばす。すぐ背後から狙ってきたもう一人の攻撃をまた横へ飛ぶことで避けるが
袖の部分が切っ先に触れて切られてしまう。
は構わずに地面に足をつければ、再びそこから地面を蹴り上げ浪士へと斬りかかった。
鈍い音と共に浪士の腹にめり込んだのは刀の峰の部分。斬りかかる前に刃を返していたらしい。
呻き声を上げながら地面に倒れこむ浪士へ一瞥をくれるの眼差しは冷たい。
「安心しなさい、殺しはしないわ。ただ、死ぬより辛い尋問が待ってるだけ」
倒れた浪士三人を見据え、は刀を鞘に収めると懐から携帯を取り出しリダイヤルからすぐに目的の番号へとかける。
数コールの後、聞きなれた男の声に用件と状況、場所を伝えればその場で暫く待機していろとの返答を貰う。
すぐにパトカーを寄越すという事だったが、来るまでの間に浪士たちが目を覚まさないかどうか。
チラリと視界の端で捉えた事でその心配は無いだろうと思いながら、受話器の向こうの人物へと言葉を返す。
「それじゃあ、お願いします」
ピッ、と小さい機械音をたて切られた通話。携帯を再び懐に入れると、足元に倒れた浪士の一人が呻き声をあげるが目を覚ます様子は無い。
念のため、辺りに別の仲間が隠れていないかどうか、気配を探るが変わりに良く知った気配を感じ、思わずそちらへと声をかけてしまう。
「沖田隊長、今まで一体どこに行ってたんですか?」
「いやァ、相変わらず見事な立ち回りでさァ。さすがだ。俺も鼻が高ェや」
「見てるだけなんて、随分薄情ですね」
「なに言ってやがんでェ。一人でもどうにかなるだろうと信頼して任せたんでさァ」
「はァ・・・まァ、それはどうでもいいですけど、局長がいくら連絡しても繋がらないって言ってましたよ?」
溜息混じりに言われ、沖田は懐から携帯を取り出すとバッテリー切れを起こしていた。
そう言えば充電を忘れていたなどと、故意か否かわからない態度で「うっかりしてた」などと言えば、再度から溜息が漏れる。
「なんでェ、俺にそんな態度を取るたァ、生意気ですぜ。こりゃ、一から鍛え直す必要があるようだ」
「道場で鍛え直してくれるって言うなら喜んでお受けいたしましょう、沖田隊長」
笑顔で答えたに、「可愛くねェ女だ」と抑揚の無い声音で言えば、やがて二人の元には浪士を連行する為に呼んだ
原田達がパトカーに乗ってやってきた。後部座席に乗り込んだ沖田だが、は乗らずにそのままある場所へと向かった。
「おう、なんだお嬢。また刀がイカレたか?」
「まあね。親父さんの稼ぎがなくならないように貢献しているんですよ。
というわけで、この子の事宜しくお願いします」
馴染みの鍛治屋では主人と軽口を叩きながら腰から刀を抜き渡す。
鞘から抜き最初に出た言葉は無茶をしたもんだ、と苦笑交じりのものだった。それもそのはずである。
所々刃こぼれが目立つそれは、下手をすれば折れていたであろう。先ほどの捕り物の途中で折れなかっただけでも救いである。
「ところで、相変わらずおめェさんは袴姿かい?」
「いざという時、こっちの方が動きやすいんです」
から受取った刀の状態を見ながら主人は、少し面白げな色を乗せた口調で問い掛けた。
対し肩を竦めながら返答するも軽くおどけてみせれば、主人は苦笑とも取れない笑いを浮かべる。
「ま、職が職だからなァ。お嬢も大変だな」
主人の言葉に今度はが苦笑交じりに肯定とも否定とも取れない言葉を呟いた。
背を向けて代わりの刀を選んでいれば、「女を捨てたわけじゃないだろう?」と主人の言葉が耳に入る。
軽く笑いを交えながら当たり前だと答えたは、漸くしっくりと来る刀を見つけるとそれを暫くの間借りると腰に差す。
外へと出たはもう一度、腰に差した刀の感触を手に馴染ませ屯所へ向かい歩き出した。
途中、先ほどのような攘夷浪士が襲い掛かってきてもすぐ対応できるように、気を張り詰めていたがそれは取り越し苦労に終わる。
もう時間も夕方に近く、とんだ休日になったものだと思いながらも今に始まった事ではない。
それに少なからず収穫があった。
煌煌と辺りを照らす夕日を背に、は真っ直ぐに伸びる己の影を追いかけるようにして一歩、一歩踏み出す。
影から見ればどう見て男の様に見えてしまう今の自分の姿。先ほどの主人の言葉が一つひとつ反復される。
男所帯の真選組。そこに身を置く理由。
誰もが一度は不思議がり、聞いてくるものだったがにとってはさほど気にすることではなかった。
自分の取柄は剣術だけで、それを活かせる場所がそこだった。それが真選組に入った最初の頃の理由だった。
しかし、今は違う。
よく浪士と対峙して言われる言葉は「女のくせに」「女の身で」である。
だが、女だからなんだというのか。女も男も関係なく、刀を振るう事が出来る。そこにどれだけの違いがあるのか。それはわからない。
はただ、男だからとか、女だからとか言う事に縛られているつもりはなかった。
男だからこそできる事。女だからこそできる事。それは些細で、しかしとても大きな意味を持つ。
互いに足りない部分を補い、支えあい、そうやって真選組は少しずつ強くなっていっているのだ。
少なからず自分もその輪の中にいる。それが誇りであり、自信にも繋がっていた。
誰一人として、不必要な人間など居ないといってくれた近藤の言葉を、胸の内で思い出せば自然と笑みが零れる。
女である事を誇り、そんな自分を認めてくれる近藤達を誇り。
今、が腰に差した刀を振るう理由はそこにある。
「私は、私の護りたいものを護るだけ」
真っ直ぐ前を見据えたの瞳は、夕日に照らされ橙色に熱く、静かに光った。
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