前へ進め、お前にはその足がある
>心想回路 -act05-
散々だった。ただその一言に尽きるだろう。今日という日の思い出は、明日になったら悪い夢を見たということで忘れておいて下さい。
は目の前の、目尻に涙を溜めながら必死に泣く事を耐えている将軍へ、謝罪の言葉を思い続けるほか無かった。
数分前までは豪華な着物に身を包んでいた将軍が、今ではパンツ一枚すら身に着けていないというなんとも言えない姿となっていた。
全ての始まりは、銀時がくじを引き、命令をしたあの瞬間からだろう。
銀時が他の四人を出し抜き将軍になったはいいが、一体何を命令するのか。
生唾を飲み込んだの耳に届いた言葉は四番に下着姿になれというもの。
一瞬ドキリとしながら、自分の引いた棒を見たがそこには『六』と書かれていた。
一体どういう意図があってそんな命令なのかと思いそっと聞いてみればどうやら将軍の立場になれずとも
視覚的に楽しませればいいのだと誇ったような返答。
自分が当たったらどうするのだ。そんな非難の色を含ませた視線にも、の番号はちゃんと把握しての事だと答えが返ってくる。
あの一瞬で、なんと恐ろしい事だ。そう思わざるを得ない。
この作戦の被害者になったのはいったい誰なのか。終わった後、報復が待っていなければいいのだが。
そう心配して席を見渡したとき、下着姿となっていたのは将軍だった。
「え?」
おもわず間の抜けた声を出してしまったが、それは運よく誰の耳にも入らなかった。
銀時と新八はなんで四番引いてるんだバカ殿だの、恥の上塗りだのとボソボソと言い合っていれば、それはしっかりと将軍の耳に届いていた。
変わらない表情と視線でさりげなく反論しているあたり、冷静なのか自覚しているのか。
それとも将軍という立場で培った精神力がなせるものなのか。
どちらにしてもこのままでは島流し、更にいけば打ち首、などということもありえない話ではない。
解決策を模索する三人などお構いなしに、他の女性陣は早々に次の将軍様を決めていた。次にアタリを引き当てたのはお妙。
客を楽しませる気が皆無な行動になんともいえない感情がこみ上げてきた。
しかし、お妙はこの中で一番キャバ嬢のなんたるかを心得ており、本職として普段さまざまな客の相手を笑顔と、時には鉄拳制裁でかわしながらも
今までさほど大きなトラブルもなく続けてきたのだ。それを忘れてはならない。
「じゃあ私はァ、三番の人がこの場で一番さむそうな人に、着物をかしてあげる」
ここで一番寒そうな格好といえば将軍以外居ないだろう。次に寒そうな格好言えばさっちゃんだが、まだ体を覆う面積が多い分マシだ。
ゲームをしながらさりげなく客を気遣う。これがプロの為せる業だろう。
まだゲームは続くだろうが、これで当面は一番の問題を解決できた。そう思った矢先、とんでもない事が再び目の前で起こる。
将軍が最後の着用物を脱いだと思えば、それをさっちゃんの頭の上に乗せた。まさかの三番を引いたのは、将軍だった。
(将軍が三番引いてたァァァァ! なんでそんなにくじ運悪いの!? いや、むしろ引きの良さが異常なの!?)
(銀さんどうするんですかコレ!? もうやばいですよ。打ち首どころか市中引き回しもオプション付いちゃいますよ!?)
「、パチ恵。もう着物云々は諦めよう。見た通り失うもんはもう何もねェ。これ以下はねーんだ。あとは上がっていくだけだ」
「ちょ、これくさいから脱いでいいかしら?」
「下あったよ!!」
まさかのさっちゃんからの追い討ちでとうとう将軍の目尻に涙がたまってきた。必死になって泣く事を堪えているが、泣いている事はバレている。
どうしたらいいんだと己の人生の終わりを垣間見つつ、必死になって打開策を考えようとするが、またもお妙たちは勝手に将軍様を決めてしまう。
次に引き当てたのはさっちゃんだが、最初に口にしようとした命令はおよそ、ゲームで下される命令からは逸脱したものだった。
それも途中でお妙の鋭いかかと落としによって阻止されたが。
「・・・・・・・・・私の願いは一つ。トランクスを」
「え?」
「五番の人はトランクスを買ってきなさい」
一度欲望のままに走ろうとしたさっちゃんですらも、こうしてしっかり客の事を考えた行動をする。
誰しもが自己の欲を優先しつつも、この場ですべき事は何かしっかり把握していた。
さっちゃんへ一種の感動を覚える反面、いやな予感もしていただが、それはきっと気のせいだろう。そうであってほしい。
そう切に願う皆の思いは難なく崩れ落ち、立ち上がって出入り口へ向かい歩き出したのは将軍だった。
なんて期待を裏切らない人なのだ。そして律儀に命令を守る必要などないというのに。
文句の一つも言わず歩く将軍の後姿は、一種の誇らしさすら感じるがそれも気のせいにしておこう。
そうでなければの中での将軍像がおかしい方向へといってしまう。
「・・・で、これ放っておいて良いんですか?」
「・・・いや、まずいだろ!? さすがにこれはヤバイだろォォォォ!!」
なんのためらいも、淀みもなく歩く将軍が扉に手をかけたところで、さすがに皆我に返った。慌てて追いかけるが一足遅く、将軍は外へ。
店の周囲は警護のために真選組が取り囲んでいる。正面入り口の前には近藤や土方が指揮する隊が待機していた。
誰しもがあられもない姿の将軍に驚き声を上げるが、ひるむ事なくただ先ほどの命令を遂行すべく、将軍は並み居る真選組の護衛
さらには町の人々の間を駆け抜け、護衛で待機していた戦車すら追いつけない俊足で走りぬく。
あとから出てきた銀時たちへ、何をしたといいながら追ってくる真選組へは何も答えず将軍を追うべく必死になって走った。
幸いなのは、銀時たちの正体に気付いていない事だろう。これで気付かれたら、また衝突が絶えなくなってしまう。
必死に戦車から逃げ、将軍を追う銀時は神楽が握った将軍様ゲームの棒を見て呆れ叫ぶ。
「オイ待てって! オメーらまだやってんのかァ、いい加減にしろォ!!」
「早く、くじ引くアル!」
銀時の言葉を無視して束を差し出す神楽。その中から将軍は一本引き抜いた。
「将軍様、我等になんなりとご命令を」
引き当てた将軍棒。
どんな状況だろうと、ゲームのルールは絶対だ。それを守る為なら、引き返して真選組とやりあうのもいとわない。
将軍を追い、向こうからすれば不届き者だろう銀時たちを捕獲しようとする真選組。その足を止めるべく、襲い掛かる銀時たち。
誰が見てもすぐに捕まってしまうような人数だが、そう簡単につかまるわけもない。
隣では神楽が戦車を一台、破壊していた。更に奥ではさっちゃんの放った納豆で、身動きを取れなくなった隊士が次々倒れていく。
ここまで派手にやってしまっては正体がばれるのも時間の問題だ。だが今ではそんな事、小事に過ぎない。
言い訳などすでに考えてある。いや、言い訳ではなくこれは立派な理由だ。
「将軍様からの命令は絶対だものね!」
の鋭いボディーブローを打ち込まれた隊士が倒れる。その攻撃を止めようと更に襲い掛かってくる隊士も返り討ちにしていく。
次々と倒れていく隊士。周りに居た野次馬や、周囲の店の店員、客。さまざまな人は我が目を疑いながらも、それは紛れもない現実。
その夜、歌舞伎町の一角は騒然とした。
一方その頃、とあるコンビニの前。そのベンチに将軍は座っていた。
九兵衛がコンビニで下着を購入し、今日の非礼を詫びようとしたがそれは、「楽しかった」という一言にかき消される。
また遊びに行くという言葉は、下着を受け取ろうとした将軍の指が九兵衛の指先に触れ、川に投げ飛ばされてしまったことで
最後まで聞く事はできなかったが。
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