前へ進め、お前にはその足がある
>心想回路 -act06-
「うーん、やっぱり少し熱いかしら?」
開店準備も終えた蜜月の厨房で、は朔の冷たい手を額に当てられ困っていた。
朝、顔をあわせて開口一番に言われたのは「顔色が悪い」とは、まさかのも予想していない。
起きてからここに来るまで、そんな兆候は無くむしろ調子はいいほうだと思っていた。
しかし言われ洗面台の鏡で確認した自分の顔は、どこか青白く感じるのは何故だろう。
別段、具合が悪いといったところは無いが今日は大事をとって帰って休めと言われてしまえば、従うしかない。
実は自身が思っている以上に体は疲れているのかもしれない。なにより接客業なのだから、無理をして客の前で倒れでもしたら
それこそ大事である。
ここはお言葉に甘えては万事屋へ帰ることにした。
昼前のかぶき町は夜とはまた違った活気で溢れにぎわっている。
人通りの多い道を歩きながらは、大江戸マートの安売りの文字が書かれたのぼりに目が留まった。
トイレットペーパーやティッシュ、洗剤や果ては調味料とさまざまな商品が、大安売りの文字の下に並べかかれていた。
の流れる視線が留まったのは「砂糖」の二文字。そういえば切れかけていたことを思い出す。
以前、いい加減銀時の甘味摂取量を何とかしなければと、わざと切らしたままにしておいた事があったが
二、三日はまだよかったが四日目頃になって禁断症状が出たのか、なまはげのような、幽鬼のような。
妙に恐ろしげな気配をまといながら町をふらつかれた事が以前にあり、それ以来砂糖は切らさないようにしている。
少々その場で考えたは、またそんなことが起きては周囲に迷惑をかけてしまう。悪くなれば家屋などを壊し修繕費だなんだと
請求されるかもしれない。そこまで考えて嫌な汗が背中を伝った。
「しかたない、か」
人知れずため息をつくとは砂糖を購入する為に店内へ入った。
余計なものへは目をむけず、目的の砂糖だけを購入するとサッと店を後にする。安売りの文字と、これ見よがしに掲げられた値段を見ると
購買意欲が刺激されてしまうのは、まさに店の思惑に乗っかってしまっている証拠だ。
今は少しでも余計な出費は避けたいところだった。袋の中の砂糖に一瞥をくれると、思わずため息が漏れる。
「おや、さん。おはようございます」
「あ、遊染さん。おはようございます」
「今日はお仕事はお休みですかな?」
突然声をかけられ驚き顔を上げると、目の前に穏やかな笑みを浮かべた遊染が立っていた。
朔が倒れたあの一件以来、店には客として、時には体調を崩していないかという医者の立場としてよく顔を見せるようになった。
遊染は小さい診療所をやっているようで、そこそこに忙しいらしい。医者が忙しいというのはなんとも複雑だと苦笑を浮かべていた記憶はまだ新しい。
今日は休診日のようで散歩に出ていたようだが、休みのところ申し訳ないと前置きを置いては朔に顔色が悪いといわれた事を伝えれば
少し考えるしぐさをして「失礼」と一言断り、の頬に軽く手を添えるとその場で簡易的な診察を行ってくれた。
「見たところ、少し疲れが出ているようだね。気になるようなら診療所で、もっとしっかりと診させていただくが・・・」
「あ、いえいえ、大丈夫です。疲れなら今日一日休んでおけば問題ないと思いますし」
せっかくの休診日にわざわざ診てもらうのも申し訳なく、なによりは言ったとおりに一日休めば問題ない程度であるだろうし
体も丈夫な方だ。ここに来てからというものまさに波乱万丈な日常なのだから、簡単にへばるようではやっていけない。
もし異常が感じられたらすぐに医者へ行くと約束をし、遊染とはそこで挨拶を交わして別れた。
万事屋へ戻ると仕事が入ったのか、それともどこかへ出かけたのか誰も居なかった。
買ってきた砂糖を仕舞うと居間のソファーに座り、軽く息をついて天井を暫く眺めていたは、次第に体を動かしたくなってきた。
大人しく休んでいなければとは思うが、どうにも静かな部屋に居ると今まで見て見ぬふりをしていた散らかり具合が目に付く。
いい加減雑誌類や新聞をまとめないと足の踏み場がなくなってきた。それになにかと暴れる銀時たちのことだ。
まとめておかなければ騒いで暴れて、躓いて転んで、雑誌類は散乱。片づけが大変になる事は目に見えている。
「ま、これぐらいなら大丈夫か」
もう一度、短く息をつくとソファーから体を起こして紐を捜しに隣室へと移動した。
一通り片付け終わった頃に銀時たちは帰ってくるが、どうやら皆バラバラに出かけていたようだ。
神楽は定春の散歩のついでに近所の子達と遊んできたようでよく見れば、服の端に泥が跳ねて汚れている。
着替えを持たせてお風呂へ連れて行くと、すれ違いざまに銀時から甘い香りとタバコの香りがした。
目線で訴えればどうやら長谷川とパチンコへ行ってきたようで、甘い香りの正体はチョコレートだった。
懐に忍ばせていたソレを没収すると茶箪笥へと仕舞いこむ。こうでもしなければ際限なく甘いものを摂取するからだ。
「そういやお前、団子屋はどうしたんだよ?」
「具合悪そうだから念のために、って事でお休み貰っちゃいました」
「風邪でもひいちゃいました?」
心配そうに聞いてくる新八だがこれといって体調不良は感じられず、あえて言うならほんの少しだけだるいような気がするだけだ。
途中、遊染にもあって簡易的にその場で問診してもらったが異常はないだろうと言われた事と、具合が悪ければ
医者へ行くとしっかり伝えれば、せっかく貰った休みなんだから今日ぐらいはゆっくりしろ、と和室へ押し込まれてしまった。
掃除はいつも通り新八がやってくれて、ゴミなどはそんな新八に煽られた銀時がまとめている。がまとめて置いた雑誌類も片付けている。
今日のご飯当番はだったが、神楽が今日ぐらい代わってやるといってくれたので、素直に甘えておいた。
「とりあえずあれだ。神楽、お前いい加減タマゴかけご飯以外も覚えろよ」
「何言ってるアルか。は具合が悪いなら、栄養価の高いタマゴが一番アル! 風邪のときはタマゴ粥が一番って聞いたヨ」
「それどこのパン屋のおかみさんからの情報だよ。しかもこれ粥じゃねェから。タマゴがないときはどうすんだよ」
「タマゴがなければ白米を食べればいいじゃない」
「お米がなかったら?」
の問いに神楽は暫く考えるしぐさをしたが、やがて「お米が無ければ酢昆布でいいアル!」と元気よく答えられたのに対し
銀時がまたグダグダと文句をいい、さらにかぶせるようにして神楽は反論してきた。
そんなやり取りを傍で見ながらは黙々とご飯を食べていると、二人の視線が一気に向けられ一瞬箸が止まる。
はどうなのかと聞いてきた。どうやら二人の言い合いの決着をつけろといっているようだ。
ほんの数秒間を空けて「お妙さんに頼めばタマゴもらえるんじゃない?」と返すと、今度は二人の動きが一瞬とまる。
さすがの神楽も言い聞かせながら食べたお妙の卵料理。タマゴのおすそ分けなんて頼んだ日には、お妙お手製のタマゴ料理を振舞われることになる。
目に見えた未来に二人は、やっぱりタマゴかけご飯は最高だといいながら黙々と平らげていった。
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