前へ進め、お前にはその足がある
>心想回路 -act04-
まさかの将軍の登場にしどろもどろになるかと思いきや、お妙たちはまったく動じていない。
最初でこそ銀時や新八も、物陰に居る同様に内心焦りを見せたがきっと幕府の飲みの場ではそういう風習のようなものがあるのだろう。
よくある、平凡なサラリーマンを社長呼びするようなものだ。
現に松平など、「将ちゃん」と呼んでいるのだから、仕事の何がしかのつながりのある相手か飲み友達かもしれない。
そう言い聞かせた所で、席についていたお妙が流石は経験豊富のプロである。スラスラと出てくる言葉は巧みに相手の名を聞いた。
「征夷大将軍、徳川茂茂。将軍だから将ちゃんでいい」
聞こえた言葉に、ただただ無言のまま固まるしかなかった。
その時微かに騒がしい外の声が裏から聞こえる。どうやら先ほどの真選組が店の周りで何かをしているようだ。
控え室の窓へ近づき外の声を盗み聞く。最近は色々ありすぎてこんな事も得意になってきた自分が、少しだけ悲しいだった。
そんな心情などお構い無しに外に待機している隊士が、誰も居ないと思ってか、それでも声を潜めて何かを話していた。
「なあ、今回の仕事うまく行ったら少しは給料上がるかな?」
「そりゃな。なんたって上様の護衛だぜ。上がってもらわなきゃ困るよ。今度俺、彼女とデート行く予定なんだけど、最近金遣いがちょっと荒いんだよなぁ」
「そいつぁ邪魔しがいがありまさぁ。今度そのデートに俺もつれてけよ。そしたら俺が確り彼女を躾けてやりますぜ」
「沖田隊長!? え、一番隊は表じゃ・・・」
「見廻りだ。誰かサボってる奴ぁ居ねェかと、目を爪楊枝のようにしてるんだ。気をつけろよ」
「それ寝てるだろ!! つーか、サボってるのは沖田隊長の方でしょ!」
隊士二人の会話に割って入ってきた沖田がその後まだ何かを言っていた様な気もするが、今のの耳には何も入ってこない。
ただただ、心臓がやたらと五月蝿く背中に嫌な汗がにじんできた。
こんな上客どころの騒ぎじゃない相手に、粗相無く応対できるのだろうか。否。あのメンバーでは一悶着どころじゃすまないだろう。
何を考えてこんな歌舞伎町のキャバクラに将軍を連れてきたのか。それとも意外と将軍から市井の生活がどうのとか言い出したのか。
真実や経緯など、この際どうでもいい。大事なのは今だ。下手をしたら首が飛ぶだろう。
そっと、ホールの様子を見に戻ったはどこかぎこちない様子の銀時と新八を見て、二人も本物の将軍だと気付いたのだと知った。
こうなれば、味方は多いに越したことは無い。きっとあとで銀時に怒られるかもしれないが、今はそんな事を気にしているときではないのだ。
は腹を決めると近くにあったお盆の上に適当なお酒を乗せてホールへ向かった。
「そこの廃校寸前の学校にいそうなイモいおさげ、お前も来い」
「おさげなめんなァァァァァ!! 一見イモくてクラスでは目立たないが、磨けばキレイになるんじゃね? みたいな原石美人が男は大好きなんじゃー!!」
「おちつけェ新八ィ! お前は磨いても自転車のさびたベルとかしか出てこなそう!」
「ふふ、お客さん面白いですねェ。じゃあ私はたとえると何になります?」
松平の言葉に腹を立てた新八を羽交い絞めして抑えている銀時は、聞こえた声に思わず間抜けた声を出してしまった。
盆に乗ったお酒をテーブルのあいた所に置くとは松平とは対称になる位置に座ると、漸く現状を理解した銀時達が慌てた様子で駆け寄ってきた。
の隣はちょうど二人分のスペースがありそこへ座ると、すでに松平は三本目のボトルを空にしていた。
その飲みっぷりを周りは囃し立てて気分もいいようで、銀時達が目の前に座ってもなんら違和感を感じていない様子に小さくは安堵する。
(なにやってんの!? オメーはいいって言っただろーが!)
(上様相手ですよ。しかも一癖どころか百癖もありそうな人間が囲んでいるんです。少しでもフォローできる人が居た方がいいでしょ?)
(そりゃそうだけどよぉ・・・まぁ、こうなったらなる様になれ、だ。新八、オメー耐えろよ)
(アンタこそ)
視線だけで言葉を交わしたところで、酔いの回った松平が上機嫌に将軍様ゲームをやろうと声高に宣言した。
名前こそ違うが、ようは王様ゲームの事らしい。しかし本物の将軍が目の前に居るというのに、将軍様をゲームで決めるとはまた妙な話だ。
しかしこれを上手いこと利用すれば、将軍を楽しませることは可能だ。少しでも楽しませればいいのだ。
だがこんなもので本当に楽しんでくれるのだろうかと、は将軍へ視線をそっと向ける。
将軍本人はただ松平の進める事を酒を片手にジッと見ている。正直無表情のため、楽しんでいるのか、怒っているのか。
はたまた呆れているのかまったく読めない。それが更にの不安を助長させている。
いつもならゲームを楽しむ松平だが、今日はあくまで将軍を楽しませるために来ているらしく今回は進行役に徹するようだ。
ただのキャバクラ好きで大酒のみの親父じゃなかったんだ。きちんとこういう所は大人なのだなと、は内心で大変失礼なことを考えながら
早い者勝ちだと松平が握るくじ代わりの割り箸を掴もうと手を伸ばす。しかし、その手が伸びきる前に突然囲むように黒い影が四つ躍り出た。
お妙やさっちゃん、神楽に九兵衛は本気でくじを引きに襲い掛かる。誰かの一撃が当たったらしい松平は、そのまま後ろへ倒れ気を失ってしまった。
倒れた松平へ一瞥くれたが、これはもう放っておいた方がいいだろうと視線をはずす。
目の前では客を楽しませる気が皆無の四人が、将軍と書かれた割り箸一本のために死闘を繰り広げていた。
止めた方がいいのだろうが、あんなのを止められる人など居るのだろうかと呆然としつつ、は場をもたせるため将軍のあいたお猪口へお酒を注ぐ。
「あーあ、待ってください。もう、くじがメチャクチャ。しょーがないな」
新八が争う四人の後ろに散乱した割り箸を「パチ恵」を演じながら集める。
実は女装は初めてではないのではと思わせるほど、自然な裏声だ。それどこか言葉遣いまで突っかかることなく、ごく自然な女言葉である。
新八くん、実はお妙さんと性別間違えて生まれたんじゃないの?
喉元まででかかった言葉は、自らの寿命を一気に掻き消す死の呪文に直結しているため、は慌ててそれを飲み込み脳内から消し去った。
そうしている間にも割り箸を集めた新八が丁寧に割り箸の端をそろえて握った瞬間、勢いよくテーブルに片足を乗り上げ将軍へ向けて割り箸を差し出した。
抜きやすいように、あからさまに一本浮かせていたが、将軍が割り箸を引き抜く前に飛び込んだ四人がすばやく引き抜いていく。
欲望に忠実になった彼女たちは、普段から並外れた身体能力を持っているがそれが更なる磨きをかけて発揮されている。
いったい誰が「将軍」を引いたのか。割り箸の文字を凝視する四人を見ると新八は無言のまま、頬に汗を伝わせる。
二人の緊張をあざ笑うかのように、背後から暢気に響いた声に振り返った。
「あー、私将軍だわ」
「パー子さん!!」
皆の動きを察知して誰より先に「将軍」棒を抜いたのは、どこか勝ち誇った笑みを浮かべる銀時だった。
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