前へ進め、お前にはそのがある

>異色同士 -act06-







廊下の真ん中。お妙を追おうとする輿矩達の前に立ちはだかるだったが、暫しのにらみ合いの後
輿矩はの相手は女中だけで充分だろうと、踵を返して行ってしまった。
広い屋敷なのだから多少回り道をすれば追う事も可能だろう。何より当主ならば屋敷の構造も把握している。
目の前に立ち並ぶ女中たちによって、輿矩を追う事は出来ず、互いに相手の様子を窺いながら緊張の糸はさらに張り詰めていった。
ジリジリと近づいてくる女中たちを見ては、少しずつ後退りながら隙を見つけるために神経を集中させる。
そのおかげか、背後に迫っていた別の気配に気付き咄嗟に体を避けると、刹那、を捕らえようと飛び込んできた女中が廊下へと倒れた。
走り出すきっかけには充分で、女中達に背を向け廊下を力強く蹴り走り出せば、背後からは待てだの、そっちへいっただのと
時折甲高く悲鳴に近い声が聞こえたりもしたが振り返る事もなく、ただ黙々と足を動かして右へ左へと走りつづけた。

逃げ続けるうち、さすがに足が疲れ始めたはすぐ近くの部屋に入りこむと素早く襖を閉め、背を預けて廊下の様子を窺う。
の隠れる部屋の前を勢いよく、それこそあのオババに見つかれば「はしたない!」と一喝されるかのような音を立てながら走り去る気配を感じ
全てが過ぎ去った後に漸く息をつくことができた。早鳴る鼓動と荒い呼吸を落ち着けるべく、暫しその場で深呼吸を繰り返す。
ドクドクと、耳の奥で深く音が響く。鋭く突き刺すような、なんとも言えない痛みが喉の奥を襲った。
ツキンと鼻を突き抜ける詰まったような妙な感覚がせりあがるが、喉の痛みを気にせずにそれを唾液ごと飲み込んで押さえた。

ここへ来たきっかけなど単純なものだった。動機は単純だが、その結果はお妙のあの答え。何も果たせなかった。
自分の言葉では口を閉ざしてしまうお妙だったが、心を閉ざしているわけでは無い。
それを思えば、悔しいと感じる気持ちはあるが諦めるつもりはまったく無かった。
自分が駄目でも、同じようにお妙を追ってやってきた者は他にも居るのだから。その中には新八も居る。
全て自分の考えたとおりに事を進められるような、万能な人間など居ない。だからこそ、足りない部分を皆で補い合って生きるのだ。
なにより、普段は駄眼鏡だツッコミだけだといわれる彼だが、銀時と同じでやる時はやる男である。


「新八君、今こそ男を見せるときだ」


グッと握りこぶしを使ってそれを軽く振り上げ、この敷地内に居るだろう新八へ向かってエールを送ると、廊下が静かになった事に気付く。
出る前に用心して、もう一度廊下の気配を探り誰も居ないと確信を得れば、は静かに襖を開けた。
廊下に出たはいいがこのあとをどうするか。お妙を探すか、それともここらで銀時達と合流した方が良いのだろうか。
その時、の耳に入りこんだのは銀時と新八の声。考えるより先に体が動き、は迷わず声のしたほうへと走った。
角を二、三曲がった所でその声は鮮明になる。
九兵衛とその祖父、敏木斎。その二人と木刀を交えているのは、銀時と新八だった。



「惚れた相手を泣かせるような奴は男でも女でもねェ、チンカスじゃボケェェェ!!」



叫びながら竹林と住居を区分けしているだろう、壁の軒上で背中合わせに立つ二人は、なにやら格好つけている。
そんな姿を見ながらが懐から草履を取り出して庭に出ると、突然輿矩の声が辺りに響いた。


「貴様らァァァ!! バカ騒ぎを止めろォ!! これ以上、柳生家の看板に泥を塗ることは許さん!!」


暴れる銀時たちを捕らえろと叫ぶ輿矩の言葉に従い、背後に待機していた門下生たちは一斉にかけ出す。
しかし彼等の背後で突然、門下生が声をあげて倒れた。
近藤が木刀を振るい並み居る門下生達をなぎ倒していく。同時に少し離れた場所では、沖田を肩車した土方も現れた。
どうやら沖田は片足を負傷しているらしい。肩車をしている土方は不服そうな声を上げつつも、門下生達の中を走り回る。
気付けば、その渦中にも身を躍らせていた。


「このォ! ぐっ!」

「背後から狙おうなんて、武士の風上にも置けないですよ」

! テメーも着てたのか!?」

「帰れなんて言わないで下さいね。自分の身ぐらい、自分で守れますから」

「言うわけありやせんぜ、せいぜい頑張って敵を減らしてくだせぇ」


かわりにその口数を減らしてもらいたいものだと思ったが、言うだけ無駄である。
が目の前の門下生の腹を狙って拳を撃ちこめば、隣では数名の門下生が薙ぎ飛ばされていた。
誰がやったのかなどわざわざ確認しなくとも、こんな事ができるものなど神楽ぐらいだろう。


「アネゴォォ!! 男どもが頼りないから私が来たアルヨォ!! 銀ちゃん、おめっ今までドコ行ってたアルかァ!?」


神楽の言葉に返したのは沖田だったが、そこから妙な言い争いが始まってしまった。
その内容はくだらなく、とんでもないものだった互いに手は止めない辺りはさすがと言えよう。ある意味いつも通りである。
四人の言い争いには当然の事ながら、単独行動していたには訳の分からないもので参加してはいないが、なんとなくその意味はわかる。
それでも銀時がどこで何をしていたのかなど、関係無い。
この場にいて、新八と共に敵大将たちと相対している。その事実さえあれば十分だった。
ただ、今この場で起こっている事をお妙に確りと見ていて欲しかった。



(お妙さん、こんなに一杯、心配してくれる人が居るんだよ。一人じゃないんだから、何もかも背負い込もうとしないで)



普段は会えば一触即発な雰囲気をまとい、時には場所も弁えずぶつかり合う七人。
しかし今は、ただ一つの目的の為にこの場に居て、共に戦っている。
に問われてもその本心を笑顔で隠していたお妙は、その目の前の光景を見つめ、気付けば涙を零していた。



「・・・
たい、・・・私、みんなの所に帰りたい」



この喧騒の中、その呟きを聞いた者は居ないが、今まで張りつづけていた虚勢も、蓋をした心も確かに融けていた。
お妙のその変化は誰一人気付かず。輿矩もその一人であり、たった五人に何をしているのかと門下生たちへ激を飛ばすばかりだった。
周りを取り囲むように立ち、挑みかかってくる門下生はその声に応えるべく、より一層鋭い立ちさばきでかかってくる。
それでも元々勢いづいている近藤たちは、誰一人それに怯むことなく容赦なく薙ぎ倒していった。
この勝負は輿矩がどんなに声を張りあげようと、門下生達が挑みかかろうとも、互いの大将である新八と敏木斎
そのどちらかが倒れなければ本当の決着はつかない。
周りに群がる者達は自分達が一手に引き受ければいいだけなのだ。彼等の邪魔は、誰にもさせない。



「いけェェェェボケェェェ!! 決着つけろォォ!!」





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