前へ進め、お前にはその足がある
>異色同士 -act05-
奥の間へと続く廊下を走っていれば、離れた場所から老婆のヒステリックな声が微かに聞こえる。
同時に男性の声も聞こえ、その言葉の中に「オババ」という単語が含まれていたのを耳にした。
どうやら今が走っている場所は男子禁制の場所らしい。そこに踏み込もうとしている男性、当主である輿矩と言い争っている様子。
オババがいる所にお妙がいる。勝手な方程式を作り上げたは、迷わず声のするほうを目指した。
段々と、確かに聞こえてきた言葉には財産狙い、道場破りといった聞きなれないようなそうでないような、微妙な単語が含まれている。
さらには自分の道場で誇る四天王を、よりによって暴れん坊呼ばわりだ。
どうやら輿矩は道場破りとしてやってきた者の中に、お妙の弟と名乗っている人物について聞きたいらしい。
それは紛う事なくお妙の弟、新八だと、走りながらは思った。ここまで派手なことをやらかす無茶苦茶な人物など、そうは居まい。
あと一つ角を曲がった所だと、切れた息も気付かぬフリをして走りきった先に、見慣れた姿を見つけた。
「あ、も、もしかして・・・お妙さっ、って、ェェェェェ!?」
「どけェェェコルァァァ!!」
「ぐぶェ」
漸く見つけたと、声をかけようとした矢先に部屋から出たお妙はオババや輿矩へ容赦なくドロップキックを見舞い、ありえない速さで走り去ってしまった。
走り去るお妙をすぐに立ち直った輿矩たちは追おうとしたが、ここで追われてはの行動にも制限がついてしまう。
ここは一芝居うつのが得策である。
「オババ様! ここは私にお任せください!! なんとしても捕まえてみせますので!!」
「なっ、た、頼みましたよ!」
「お妙ちゃーん!」
走り去り際に口早に伝えれば、脳が誰だと認識する余裕は無くなる。
正直走り詰の状態で言葉を発するのはかなり厳しかったが、そんな事を気にしていられる状況でもない。
しかしここでひとつの誤算が生じる。
「よーし! おい、君はこっちから回って!! なんとしてもお妙ちゃんを捕まえるんだァァァ!!」
まさかの輿矩登場である。
蹴り倒された身ですぐさま立ち上がり、お妙を必死に追う姿はさすが柳生家当主といった所だろうか。
しかし今はそんな事に感心している暇もない。それどころか苦虫を噛み潰した顔で邪魔だと言いたい。
いえればどんなに楽だろうかと思いながらも、その言葉を必死に飲みこみ押し留め、分かりましたと返事をするほかなかった。
こうなれば輿矩よりも先にお妙に追いつき、どこかの部屋に匿ってやり過ごし、話しをする時間を作るしかない。
作戦を考えるまでは簡単だが、果たして自分の体力がそれまで持つかどうかである。
今まで培った様々な経験から考えてみれば、まだいけそうだとは思うが見極めも肝心だ。
「どうかもって私の体力! 頑張れ今こそ万事屋根性全開だ! お妙さんどこですかァァァァ!?」
まだ足は動くし体力もあるが、如何せん思考回路がおかしい事になってきている。
そもそも無駄に広く入り組んでいる屋敷の中を、今までもさんざ歩き回り最後は走ってお妙を捜索していたのだ。
正直休憩したい。そう思ってしまえば自然と足はすぐ近くの部屋の中へと向いてしまう。
一応周りを気にしつつ素早く部屋の中に入れば、その瞬間目の前に飛んできたのは座布団。
「ふおおおォォォッ!?」
「なっ、ちゃん!?」
「お妙さんっ! よ、良かった〜、見つかった・・・」
「ごめんなさい、てっきり追って来た女中さんかと思って」
どうやらお妙も一時追手をやり過ごす為に部屋に入り、息を潜めていたらしい。そこへ入って来たのがだったわけだ。
座布団は入って来た相手を昏倒させるには充分すぎる勢いで飛んできた。壁にぶつかったソレは、綿が飛び散り悲惨な状態にある。
危険を察知して素早く上体を逸らしたは、己の身体能力にこれほど感謝したことはなく、座布団をなるべく視界に入れないようにした。
しかし目の前のお妙がその手に握るこの部屋に飾ってあっただろう行灯は、嫌でも視界に入りこむ。
座布団で仕留められなかったら行灯で一撃入れるつもりだったのだろう。
「ちゃんは何でここに? まさか、新ちゃんたちと」
「いえ、私は別行動です。ただ、ここへ来た目的は一緒だと思うんですけれど・・・」
「目的?」
「お妙さんは、納得してここに来たんですか? 正直、私は納得できてない。あんなさよならは、納得できない」
「・・・そう、それを聞きに来たのね・・・。そうね、ちゃんと説明をしなかった私にも非があるわ」
「だったら、聞かせてください。何をそんなに・・・辛そうにしてるんですか?」
「あら、辛くなんか無いわ。だって道場だって復興するし、花嫁修業だって沢山の卵料理が作れるし」
「そう言う事を聞いてるんじゃないんです!! そうじゃなくて・・・」
一瞬具間見えただろう、お妙の表情の変化はすぐにいつもの笑みで掻き消えた。
本当にお妙はこの結婚を心から望んでいるのか。無理をしているのでは無いか。
聞きたい事は沢山あるのにどの言葉も、喉元で引っかかって出てこない。
今この場で、どんな言葉を連ねてもお妙はきっと笑顔の裏に全てを隠して、はぐらかすだろう。
うまく言葉を紡ぐ事が出来ずに歯痒く顔を歪める。自分では駄目なのだろうか。
「見つけたァァァ!!!」
「!?」
「お妙さんこっち!!」
「な、どこへ行く!? おい、こっちに居たぞ! 捕まえてくれェェェ!」
二人のいる部屋の襖を勢いよく開けた輿矩が声をあげれば、廊下の奥から女中が走り向かってくる。
咄嗟にお妙の手を掴んで走り出しただが、すぐに回り込まれてしまう。
幸い広い屋敷の中は部屋が通り抜けできる構造でもあるらしく、逃げるに困る事はないのだが、捕まるのは時間の問題だろう。
「・・・お妙さん、私じゃやっぱり無理みたいですね。ちょっと、悔しいな」
「何を・・・」
「だけど、新八君だけにでもいい。ちゃんと話してくださいね。きっと、一番納得できてないのは彼だから」
「ちゃん!?」
目に付いた部屋にお妙を押しこむとすぐに襖を閉めて、他の部屋の障子を外して追ってくる女中へと投げつけた。
突然のの凶行に驚き足を止めた女中たち。その先頭に立つ輿矩も同様だった。
女中の格好をしているが、その行動に漸くが銀時達の仲間なのだろうと気付いた輿矩が一体目的は何だと声を荒げる。
背後でお妙が部屋から出て行っただろう気配を感じ、視線だけを一瞬向けたが、すぐに目の前の輿矩へと戻す。
周りの女中へとお妙を追うよう指示を出した輿矩はへもう一度、目的を聞いてきた。
「そんなの決まってるじゃないですか。友達泣かすような奴の鼻っ柱、へし折りに来てやったんです」
説得できないのであれば、せめてその時間だけでも作れるように足止めだけでもと、は仁王立ちで輿矩を見据えた。
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