前へ進め、お前にはその足がある
>異色同士 -act04-
「ここでもない」
無駄に広く入り組んでいる柳生邸を彷徨い歩いてどれほど経ったのか。
つい先ほど遠くになぜか狼煙らしきものが上がっているのが見えたが、よもやあれは小火騒ぎではあるまいかと心配もしている。
それでも自分の目的を果たす為、お妙を探す為に更に奥へ進んでいくがこれといった人物が見当たらない。
あまつさえ、かなり奥に進んでいる為か先ほどから使用人の姿を見つけては、部屋の中へと隠れやり過ごしている。
そろそろ団子の配達人ではまかり通らなくなってきているだろう。
「うわっ、また・・・!」
辺りを警戒してはいるが、そろそろ集中力が途切れてきた。しかし駆け込んだ部屋に入り、そこに並んでいた衣装に思わずしめた、と呟く。
目の前にあるのは使用人の着物やたすきや前掛けなど。どれがどれだかわからないが、前掛けはきっと多分、配膳関係だろう。
厨房にでも行ってお盆を借りて団子を乗せれば、一式の変装はできるはずだ。古い手ではあるが、奥へ進むならば一番合理的である。
オババ様の部屋を教えてくれた使用人に会っては厄介な事になるが、その時はまたその時。
思い立ったが吉日。手早く前掛けだけを拝借して着替えると、一応の警戒をして部屋を出た。目指すは台所だ。
どこからともなく、ドカンというなにやら大きな音が聞こえなくもないが、それは果たして銀時達が原因なのか。
考えながら今まで歩いた場所を思い出しつつも歩みを進めれば、台所らしき場所が見えた。
しかしちょうど配膳の時間なのか、やたらと中は慌ただしい。
「あ、あなたどこに行っていたの!?」
「え、あ・・・ちょっと・・・」
「はいこれ! 一緒に運んで頂戴! 零さないようにね!」
「は、はい!」
あまりの忙しさ故なのかの姿を見ても、あなたは誰だ、などと言ったものはなく配膳の手伝いをさせられてしまった。
本当にここの人間はセキュリティーが甘い物だと、零れそうになる溜息を噛み殺しながら目の前を歩く女中の姿を見た。
それとも人の顔の区別がつかないのだろうか。そう言う人が世の中にはいると、聞いたことがある。
それならばそれで、こちらとしては大いに助かるのだが、多少の不安が残るのも否めない。
長い廊下を不慣れな配膳行為に四苦八苦しながらも、漸くたどり着いた部屋の卓上料理を並べていく。
障子の向こうでは激しい打撃音などが聞こえ、何事だと思ったがすぐにの中で答えはでた。
やはりこの柳生邸では日常茶飯事なのか、隣で共に食器を並べている女中はまったく音を気にしていない。
「ああ、外の音に驚いた? まあ、新人さんじゃ無理もないわね。でも大丈夫よ。よくあることだから」
「は、はぁ・・・」
どうやら新人と間違えていたらしい。障子の向こう側を気にしているようなの様子に、わざわざ説明してくれた。
苦笑しかできず、曖昧な返事をすれば次の配膳だと引っ張られるようにして部屋を後にする。
いい加減お妙を探しに戻りたいのだが、このままでは離れる事ができそうにない。
変装の選択を間違えたかもしれないと思いはするが、打開策が無いわけでもない。
「あの、すみません・・・ちょ、ちょっと緊張しすぎてお腹が・・・」
「あら、大丈夫? だったら少し休んでから戻ってきたらいいわ。私は悪いけれど、先に戻っているわね」
「はい、すみません・・・」
多少の罪悪感はあるがここへ来た目的もある為気にしないようにした。
具合の悪そうな顔をして、気遣う女中と二三、言葉を交わし別れたは、女中の姿が見えない事を確認すると、逆の方へと進んだ。
しかし女中に色々な部屋に連れまわされたおかげで、すっかり方向を見失ってしまった。
最初でこそ、脳内で屋敷の図面を描いていたのだが、すでに方角すらもわからない状態にある。
ここまで来れば当てずっぽうに歩いていくしかないと、周りに怪しまれない為にも背筋を伸ばして確りとした足取りで歩き出した。
暫くしては、庭を傷だらけで歩く少々派手めな男の姿を見つけ咄嗟に廊下の陰に身を隠す。
その男が柳生四天王の一人の南戸粋であるなどとが知るはずもない。
しかし今の状況で傷だらけとなれば、銀時達が少なからず関わっている相手であろうと推測し、その後をコッソリとつけていった。
南戸が向かった先は屋敷の裏手であろう場所。濡れ縁に座る細目の男は、南戸の報告に四天王が三人もやられた事に
驚嘆の台詞を吐きながらも抑揚のない言葉には、感情の起伏は見受けられない。
「これで敵は五人、こちらは既に残り三人までなってしまいましたか」
「東城さん、四人だ。まだ俺がいる。油断して少々やられたが、皿は無事だ。もういっぺん挽回する機会をくれ」
「ああ、そうでしたか」
柳生側が銀時たちへと持ち出した勝負方法は、六対六の皿割り合戦のようなもの。
互いの大将の皿が割れるまで勝負が続くらしいが、先ほどの東城の言葉から推測すると銀時達の中ではまだ一人しかやられていないらしい。
誰がきているのかわからないが、の知る強い人物で考えればそうやすやすと負けるわけも無いだろう。
それでも一人、やられていると言う事実にここで初めて、は柳生の強さを目の当たりにしたような気がした。
物陰から見える南戸は傷付きながらも、首裏に隠した皿を見せまだやれると言うが、立ち上がった東城は南戸の皿を叩き割ってしまった。
傷付いてでも戻ってきた仲間であると言うのに、その容赦無い一撃と、弱者は要らぬと吐き捨てた言葉に憤りを感じる。
思わず声を出しそうになったが、屋敷内から出て来た九兵衛に気付き音になる前に飲みこんだ。
どうやら銀時たちの強さに興味が湧いたようで、高みの見物を止め自らも出ると言い出す。
それを怪我をしては、と東城が止めるが遅れをとることは無いと言って、漸く納得した様子だった。
心配性な東城に呆れるが、九兵衛を幼い頃から護衛し世話もしてきた為に、妙な親心的なものがあるらしい。
しかし影から見ているも呆れるぐらい心配性で、下手をすればそれは過保護の域に達する。
それどころか飛んでいるカラスの落としモノが九兵衛に当たりそうになった事に怒り、カラスを追いかけてどこかへ走り去ってしまった。
「・・・それで、君も彼らの仲間か? あの場には居なかったようだが目的は同じだろう」
「っ! ・・・気付いてたんですね。そうですね、目的はきっと同じです。でも、私はただ、お妙さんに聞きたい事があるだけ」
「ならば、この廊下を真っ直ぐ進むといい。奥の間にお妙ちゃんがいる。ただ、その先に待っている答えは果たして、君の望む答えかな?」
「どういう・・・」
の言葉は途中で途切れてしまった。
カラスを追いかけていった東城が戻ってくる姿を見つけ、九兵衛が歩き出した為だが、不意に呟かれ残された言葉が一番の理由だ。
―― 君らの言葉では覆し様の無いものが僕らの間にはある。
背中越しに残された言葉に、は困惑したがそれでも進む事は止めるわけには行かない。
どんな言葉を向けられたとしてもきちんと本人の口から、確かな思いを聞きたい。
その考えがを突き動かし、二人が去ったあと教えられた奥の間へ向けて、とうとう廊下を走り出した。
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