前へ進め、お前にはその足がある
>異色同士 -act03-
料亭の出来事から数日。お妙はあれから家に帰っていない。
あの日お妙の隣に立っていた者は、名門柳生家の跡取、柳生九兵衛であると新八が教えてくれた。その新八も無断欠勤が続いている。
どうやら九兵衛とお妙は幼い頃に婚約していたらしく、今は柳生の家でお妙は花嫁修業中らしい。
恒道館道場の方の建て直しなども、柳生で援助をしてくれるらしく、話だけ聞いていればおめでたい事山の如しだ。
しかし、素直に喜ぶ事ができないのは別れ際に見た、お妙の泣き顔とさよならの言葉のせいだろう。
おかげでバイトをしている間も、少しの時間が出来ると考え込んでしまい手が止まってしまう。
「・・・はぁ」
「あら、さん。溜息ついて、どうしたの?」
「朔さん・・・いえ、ちょっと気になる事が・・・」
生憎の小雨日和のせいか客足は少なく、考える時間が増えていく一方だった。
幸せな結婚であるならそれでいい。本人達がそれで納得しているならば、他人がとやかく言うことでは無い。
こちらも心から祝福させてもらいたい気持ちは、充分にある。
それでも、最後に見たお妙の姿が引っかかり、素直に喜べないのが本音だった。
いっそ、柳生の家にでも訪ねてお妙に聞いてみようかとも思ったが、彼女の性格からして本当の事を話すかどうか分からない。
それどころか、いつものような笑顔で「大丈夫よ」と一言で終わらせるかもしれない。
ここは結婚経験のある朔にでも聞いてみた方が良いのかもしれないと、自分の胸の内を明かしてみた。
「そうね、結婚自体は本人の問題だから、聞いてみないと分からないわね」
「でもはぐらかされそうなんですよねェ」
「さんにとって、お妙さんは大切なお友達なのでしょう?」
「もちろんそうですよ! まぁ、ちょっと怖い所もありますけれど・・・でも、大切な、友達です」
「じゃあ、ちゃんと心を向き合わせて聞いてみるといいわ。はい、これ」
団子を詰めた箱を渡され、は一瞬配達を頼まれていただろうかと考えてしまった。
だが、すぐに朔の言わんとしている事を理解し、団子を受取るとお礼を言って雨の中走り出す。
聞けば大きいお屋敷だそうだから、連絡が行き届いていない部分も、もしかしたらあるかもしれない。
ここは万事屋で培った口八丁辺りのスキルを存分に活用して、中へ侵入するしかないだろう。そのあとは、その時にまた考えればいい。
は柳生の家がどこにあるのかは知らなかったが、有名な家ならば人に聞けば分かると走る足は止めなかった。
雨の跳ね返りも気にせず、は柳生の家まで直走る。ついた頃にはその雨も止んでいた。
長い階段が目の前にあった。どこの神社だと、内心で思ったが口に出す事は無く、階下から見上げ一つの決心を胸に一段踏み入れる。
本来ならば裏口から入ればいいのだろうが、生憎この広い敷地で裏口を探すのは困難だ。
それに、友人に会うのに何故コソコソしなければならないのだと、は臆す事もなく正門へと向かったのだが、そこで見た光景に思わず足を止めた。
「・・・なにこれ、何があったの? それとも、柳生家では日常茶飯事的なことなの?」
倒れた門番の姿に驚き、しかし同時に好機だと閉ざされた門を少しだけ開けてみた。正面の敷地には倒れた数多の門下生の姿。
まるで道場破りだ。しかし名門となればそういった事もあるのかもしれないと、倒れた人を避けて奥へと進んだ。
非情かも知れないが、呻き声を上げている姿を見れば息があることは確かだ。むしろ、この騒ぎの中ならばお妙に近づく事も容易だろう。
草履は懐へとしまい濡れ縁へと上がり、辺りの様子を窺いながらここだと思う場所へと突き進んでいく。
しかし途中で背後から声をかけられ、思わず声を上げてしまいそうになった。
「ちょっとそこのあなた、何をしているの!」
「っ! ・・・団子屋蜜月ですけれども、ご注文のお団子を届けにきました!」
「え、そんな話聞いてないけれど・・・しかもこんな所に・・・」
「あの、奥へ持っていくようにって言われまして」
「ああ、じゃあオババ様ね。そちらの廊下を進んだ奥に居られますので」
「ありがとうございます!」
営業スマイルを表面に貼り付けて、口を次いで出てくる言葉は驚くほどにスムーズだった。
おかげで女中のいぶかしむ表情や態度もすぐに変わり、場所まで教えてくれた。セキュリティ甘いぞ、と笑顔の裏で思ったのは内緒である。
女中が去ったあと、「オババ様」について考えてみた。女中に様付けで呼ばれる女性、しかも年老いていると見える呼称からして
ここの女中頭か何かであろう事は、簡単に推測できる。それならばお妙が一緒にいる可能性も高いかもしれない。
名門の後継ぎの嫁に花嫁修業をつけるのであれば、それなりの立場にある人間だろう。
全てはの推測でしかないが、それ以外に答えは出てこない。今はその考えに従っていくしかないだろう。
奥へと進んでいったは、角を曲がった所で思わぬ人物と出会ってしまう。
「ぎ、銀さんっ! 何でここに?」
「あれ、。オメーこそなんでここにいるんだよ」
「いや、あの・・・私は・・・・・・多分、銀さんと同じ理由ですよ」
いるはずのない銀時との出会いに驚いたが、居る理由など聞かずとも分かる。
家にいる時は気にした様子でもなかったようだが、そこは銀時の性格を考えれば、素直に自分の気持ちを口にするわけも無い。
銀時がいるのならば、新八と神楽も居るのだろう。もしかしたら、あの場に居合わせた近藤も居るかもしれない。
ストーカー行為は誉められたものでは無いが、お妙を好きであることは周知の事実であるし、あんな場面を見て放っておけるような人物でもない。
「私、どうしてもお妙さんに聞きたい事があるんですよ。だから・・・」
「まぁ、それならあんまり危険は無ェだろうけれど、気をつけろよ。俺等はちっくらアイツらと喧嘩してくっからよ」
「あんまり怪我しないで下さいよ」
「アレ、心配してくれてるの? 大丈夫だって、銀さん丈夫だから」
「銀さんは丈夫でも、治療費がバカになりませんから」
ニコリと笑顔で放たれたの言葉に「あ、そっち」と呆れような寂しいような、微妙な表情を浮かべた。
門前の倒れた門下生達をやったのは銀時達なのだろうと、聞かずとも分かる。強行突破にも程があるだろうが言って聞く人達ではない。
喧嘩と言う単語で何をしようとしているのかおよそ想像はつくものの、それに自分が加わる事は無いだろう。
銀時達には銀時達のやり方があるように、自分にも自分のやり方がある。それに騒ぎが起きてくれればお妙にも、より近づきやすくなるのだから儲けものだ。
「銀さん、迷子にならないで下さいね」
「オメーもな。迷子になっても、銀さん助けてやれねェからな」
「それはこちらの台詞です」
無駄に広い敷地内。
探すのには骨が折れそうだと、目の前の林だか森だかも分からない所へ向かった銀時の背を見送り
は先が見えない長い廊下へと視線を移して、思わず溜息を零した。
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