前へ進め、お前にはそのがある

>矜持 -act02-







「それは女として、人として、放っておくわけには行かないわね」

「そうですよね! ということでお妙さん、是非力を貸してください!!」

「ええもちろんよ。二人でその覗き魔を抹殺してあげましょう」

「姉御! 私も居るヨ!!」


女三人が笑顔で恐ろしい事を平然と言ってのけているその姿を、口元を引きつらせてみる新八は身を強張らせながら、視線をずらした。
隣で銀時は腕を組んで無言のまま座っている。どこかその表情は硬い。
何を考えているのかはわからないが、そこには触れない方が良いかもしれないと判断し、当り障りのない問いを投げかける。


「・・・銀さん、どうしましょう。物騒な事になってきたんですけれど・・・」

「馬鹿野郎! 抹殺どころじゃ終わらせねぇぞ!!」

「お前もかァァァ!!」


朝も早く、新八の家にきてお妙に昨夜の出来事を話せば、笑顔のまま快く協力の意思を見せたのが、冒頭のやり取り。
これ以上の強力な助っ人など居はしない。身を乗り出すようにしてお妙の手を掴むと一緒に、どこか興奮気味の神楽に溜息をつく。
どうやって捕まえるんだと当然の疑問を抱く新八に、心配は無いと落ち着いた素振りで返すお妙は、相変わらずの笑顔。
自信に満ちた様子で突然立ち上がると、薙刀を持ち出して流れるような動作で庭へと投げつけた。
壁に突き刺さった薙刀と、その横には青ざめた近藤の姿。あと少しずれていれば、間違いなく心臓に突き刺さっていただろう。


「とりあえず洗いざらい吐いてもらおうかしら、同業者さん」

「ちょっと待って! 俺、俺!! 勲です、あなたの勲。けして覗き魔ではありません!!」

「アラ、ごめんなさい。どっちも大差ないからよくわからなかったわ。とりあえず、心臓に杭を打ち込めばいいんですよね」

「姉上、それは吸血鬼です」

「お妙さァァァァん! この俺が、その覗き魔を必ずや捕らえてみせましょう!! 俺だって見たことの無いお妙さんの柔肌を・・・ガハッ!!」

「覗き魔の前に、なんで近藤さんが捕まらないのかが、凄い気になる。何で黙認されてるわけ?」

、気にしたら負けだ。アレだよ。ゴリラ保護法とかで護られてんだよ」


銀時の言葉に違和感が無いことを気にせず、素直に納得しておけば目の前で近藤の顔が原形を失ってきている。
鈍い音が響く庭を見つめながら、は冷静さを失わず出されたお茶を暢気に啜った。
もうすでに見慣れた光景だからか。はたまたその矛先は自分には向かないからか。
お茶を啜ったあと吐き出した息はため息に近く、いい加減諦めればいいのにと呟いた。
誰しも自分の身が可愛いため、薄情にも誰一人、近藤を助けようとはせずお妙が満足いくまで待っていれば暫くして漸く、音が止んだ。






「覗き魔め。捕まえたら記憶がぶっ飛ぶまで殴り飛ばして、あとカメラとネガはこの世から抹消だ」

「でも捕まえるにしても手がかりも何も無いんじゃ、下手な手は使えませんよ」

「その心配はいらない。奴は最近かぶき町周辺に出没すると言われている。罠を張っていれば、姿を見せるに違いない」


結局はなし崩しにそのまま近藤も協力する事になったが、先ほど殴られたばかりだと言うのに既に腫れがひいているのはなぜだろうか。
疑問に思ってもそれまでで、誰もそこには触れはしない。
この手の事件は既に数件、真選組にも情報が入っているらしい。こういった点では頼もしいが、いい気になるので口にはしなかった。
かつてのフンドシ仮面のように、何か餌を置いておけば必ず尻尾を出すと言うが、相手はどうやら浴室の覗きを専門にしているらしく
おびき寄せるにはやはり、窓を全開にでもして入浴する必要があるようだ。下着を吊るすのとは勝手が違う。
普通ならば躊躇うところだがそこはお妙とだ。覗き魔を捕まえる為ならば風呂ぐらいいくらでも入ってやると豪語する。
それを止めたのは近藤と銀時であることは、当然だろう。


「銀さん、ここでアイツを捕まえなきゃ、もう安心してお風呂は入れません!」

「だからと言って、銀さんはこれ以上オメーが野郎のいやらしい視線に晒されるなんてイヤだね」

「やるは一時の恥、やらぬは一生の恥!」

「使いどころが間違ってますよ!」

「とにかく、お妙さんの柔肌を危険に晒すわけには 
アガッ!!!

「お前が言うと鳥肌が立つんだよ。黙れやゴリラ」


先ほどからこのやり取りを繰り返すばかりで、まったく作戦らしいものがでてこない。
いい加減折れない男たちの意見を聞きながら、お妙とは実力行使で行くしか無いかと思っていた。
もちろん、そんな不穏な空気を感じ取った二人だが、それでも頑として譲らない。
なんとも言えない不穏な空気の中、唯一新八が宥めつつ意見を纏めようと必死だったが、その間に聞こえたのは神楽の溜息。


「煩いアルなー。ウダウダ言ってるんだったら、いっそお前らでエサ役をやればいいアル」

「・・・え?」


二人が囮になる事を反対するばかりの銀時と近藤だけでなく、新八にまで神楽がはっきりと言った言葉に、三人が止まった。
どうせ風呂場は湯気で殆ど姿が見えないし、黙ったまま入ってれば相手を騙す事なんて容易い。
近藤はともかく、銀時と新八はありがたくもかまっ娘倶楽部で培った女装能力がある。昔とった杵柄と言えばいいのか。
反論しようにも、それが一番互いに安全かつ、確実に覗き魔を捕まえる手段になりえると言われれば言葉を詰まらせるしかなかった。







日も落ち夕飯時を少し過ぎた頃。恒道館の浴室の窓は微かに開けられており、そこからは湯気が漏れ出る。
耳をすませば話し声らしきものが聞こえ、その声と揺れる湯気に誘われたかのように、堀の上に現れたのはカメラを携えた怪しい男の影。
息を殺しながら堀の上を移動する男は、シャッターチャンスを逃さぬようにとカメラを少しだけ持ち上げた。
突然、その手からカメラが弾け飛び弧を描くと、音を立てて地面へと落ちていった。辺りに細かい部品が飛び散る。
それを見て男は何が起こったのかも分からず、目を見開いて壊れたカメラを見つめているしかできない。


「テメーが覗き魔かコノヤロー」

「っ・・・な、・・・・・・何だお前ッ!?」

「何だと聞かれて答えるかッつーの。で、もちろん覚悟はできてんだろうな?」


男の持つカメラを弾き飛ばした木刀を一振りして風切りの音を立てれば、男は肩を竦ませ逃げようとした。
銀時を視線の先に据え置いたまま慎重に後退ると、背後から瓦を踏む音が聞こえ動きを止め振り返る。
突然、視界を塞ぐように顔面を何かが覆った。確認する前に、男の頭に重い痛みと鈍い音が響く。


「なに逃げようとしてんですか、覗き魔変態野郎」

「おい。加減してやれよ。俺らだって一発くれてやりてぇんだからな」

「分かってますって」


頭蓋に響く痛みと共に聞こえたの声は、染み込むほどの怒りとどこか楽しげな色が含まれていた。





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