前へ進め、お前にはその足がある
>矜持 -act01-
銀時が先日、珍しくも高熱を出して風邪を引き寝込んだ。そんな折に舞い込んできた仕事は浮気調査の依頼。
熱があるのに無理に仕事をしようする銀時を押し返し、断るしか無いかと思われたが神楽が自分たちだけでも充分だと、仕事を受ける事になった。
銀時の服を引っ張り出して銀時になりきった神楽は依頼人の話しを聞くなり、突然説教モードに入る。
新八曰く「ちっさい銀さん」となった神楽は、言う台詞や態度がいちいち銀時のよう。
果ては、夫の浮気を明確にする依頼がいつのまにか、浮気をしていない証拠探しになっていた。
何事も無く仕事が終わればそれでいい。しかしそうはいかないのが万事屋だ。
後々聞けば、無免許で銀時のバイクに乗って、調査相手である旦那の店に突っ込み、その後花屋にまで突っ込んでしまったそうだ。
そんなまさに体当たりな調査を続けて得た答えは、浮気はしていない事実。
実際にはその花屋で、奥さんの為に花弁で似顔絵をこっそりつくっていただけだった。
色々と話しが拗れたりもしたが、最後は何とか綺麗にまとまり、一応の一件落着。
報酬が入れば喜ばしい所だが、は報酬がもらえるとは、到底思っていなかった。店にバイクで突っ込んでしまったわけで、その弁償があるだろう。
普段ならば家計簿と貯金通帳とを見比べ、睨みつけ、溜息をつきながらどうやりくりするかを悩む所。
しかしそんな悩みを抱える暇も無く、銀時の風邪は悪化し新八と神楽も雨の降りしきる中、ずぶ濡れで帰ってきたりした為、三人を看病する羽目になった。
いつもなら騒がしい三人が揃いも揃って寝込んでしまえば、暴れる者はいない。大人しく眠っていたおかげか治りもはやく、早々に仕事に復帰できたのは幸いだ。
看病の最中、うつってしまうだろうかと言う危惧はあったものの、皆が完治して暫くしても、風邪を引くことも無く元気にしていた。
「本当、お前って頑丈だよね。そういや、風邪ひいたことないんじゃね?」
「そういえばそうですね。朔さんの看病もしたことありますけど、うつんなかったし」
「きっとの握力に風邪のウィルスも逃げ出すアル」
「握力でどうにかなるんだったら世の中の医者が困るから」
取り留めないいつもの会話をしていたところで、そろそろ風呂の沸く時間だと火を調整しに行く。
天人製の建物ならば、タイマー式なのだろうがここは万事屋。そんなハイテクな物などありはしない。だっていまだに扇風機で過ごす家だ。
火をつけた事を忘れてお湯がボコボコと音を立てて熱湯になってしまう事もままある。
分かっていても、時折忘れてしまうのは仕方の無い事だろう。
お風呂が沸いた事が分かれば最初に入っていったのは神楽だった。
実は万事屋の入浴の順番は、それなりに決まっている。先に神楽が入ってから銀時が入る。そして最後にだ。
今日は新八は泊まっていくのだが、この場合は銀時が先か新八が先かの違いだけ。
普通なら神楽のあとにが入るのだろうが、誰かが後から入る事を考えると、どうにも落ち着かない。それ故、は最後がいいと譲らない。
「、風呂あいたぞー」
「はーい」
銀時と入れ替わるようにして風呂場に向かうい、脱衣所でいそいそと慎ましやかに着物を脱ぐ、などといったことはせず
すぐにでも体を洗って湯舟に浸かりたいんだ!と、急く思いを行動に表してるかのように、いっそ潔いほどに豪快に着物を脱ぎ捨てると鼻歌交じりにバスタイムを満喫。
満面の笑みを浮かべながら「極楽だ」と呟く姿は、およそ年頃の女子とは言いがたい。
ふと、目の前の壁を見る。なにやら小さい黒い物体が蠢いていた。湯気に遮られよく見えない為、近づいてみればそれは小さなクモ。
換気扇か、掃除の時に開け放った窓からか。どこからとも無く入りこんだクモは微動だにしない。
はこれといって虫全般が駄目と言うわけでは無い。騒ぐ事はしなかったがそのまま放置しておくのも気が引け、洗面器を使い窓の外へ追いやろうとする。
流石に窓を開ける事を考えると、そのままでいるわけには行かず、体にタオルを巻きつけ万全を期し行動に移った。
旨い具合に外へと出す事ができた事を確認すると、すぐに窓を閉めようとした時、何かが一瞬光った。
「・・・え?」
目を瞬かせ呆けると、向かいの屋根の上に見えた不審な人影。が視線を向けていることに気付き、慌てるようにして屋根の上から降り走り去った。
不審人物が一体、屋根の上で何をして、先ほどの一瞬の光がなんだったのか。
思考を巡らせ答えを見つけたは、次第に怒りが湧き起こるのを感じながら窓を静かに閉め、湯船からあがるとゆっくりとした動作で着替えた。
居間へいけば風呂場での出来事など知らない三人はそれぞれが、まったりとした時間を過ごしている。
「ん、どうした? んな所につっ立ってねぇで、座ったら?」
「そうアル。たまには銀ちゃんの隣じゃなくて、私の隣座るネ! で、新八。お煎餅おかわり」
「いいようにこき使ってくるね。まあいいけどさ・・・、って、さん? どうしたんです?」
菓子皿を持って新八が立ち上がったが、がその菓子皿をまるで受取るかのように掴んだ。
持ってきてくれるのだろうかと思ったが、どうにも様子がおかしい。首を傾げつつ、もう一度問い掛けるが返事はなかった。
異変に気付いた銀時たちも、テレビからへと視線を移し新八と同じように問い掛けた所で、返事の代わりに皿が鈍い音を立てる。
ミシミシと、ありえない音は次第に大きくなり、の掴んだ部分からヒビが入って最後には、バキっと音を立て壊れてしまった。
「なっ!? え、ちょ、さん!? え、僕なんかしちゃいましたか!?」
「新八! とりあえず眼鏡だ! 眼鏡を外せ!!」
「意味わかんねーよ!! 何で眼鏡!?」
「眼鏡が無ければお前は透明人間のようになるアル、それで危険を回避するネ! 本体を捨てるアル!」
「眼鏡が本体じゃねェぞコラァァァァ!!」
目の前でのやり取りも意に解さず、皿を掴んだままの体勢で暫く黙っていたは、掌に残っていた欠片を握り締めると粉々にしてしまった。
今までに見たことの無いような怒り具合に、銀時たちはピタリと動きを止めて口元を引きつらせる。
互いに無言のまま、三人で目配せをしてアイコンタクトで「お前が聞いて来い」と、押し付け合いをしている。
神楽に強く背中を押され、結局は銀時が聞く事になったが、その握力の餌食に普段からよくなっているのも銀時だ。
威力を知っているからこそ、慎重に事を進めようと静かにどうかしたのか、と問いかけた。
「・・・・・・れ・・・した・・・」
「・・・え?」
「お風呂・・・覗かれました・・・」
「・・・のぞ・・・覗かれたッ!? え、風呂場を!?」
しかも写真らしきものまで撮られたようだと言えば、最初に怒りを露わにしたのは神楽だった。
とんだ変態だと拳を震わせ、絶対に捕まえてやると意気込む姿は、かつての下着泥棒の事件を思い出させる。
だが捕まえるにしても、はっきりした姿を見ていない。それをどうやって捕まえればいいのか。
まずは冷静になってから考えようと、至極まともな意見を述べた新八だが、隣から「そんな悠長な事言ってられるか」とまさかの銀時の反論。
「銀さん、気持ちは分かりますけどここは冷静に・・・」
「いいや、お前は分かってねェ。俺の気持ちなんざ、微塵もわかってねェ」
「なんでそこまで言い切れるんですか」
「だってお前・・・俺だって・・・俺だって見たことねェんだぞ!!」
何が、とは聞かなかった。返ってくる答えなど、予想するまでもない。
「! オメーの風呂覗いた変態野郎は俺が絶対ェ捕まえてやっからな!」
「はい銀さん! 捕まえて、ボコボコにしてやりましょう!!」
「女の敵は、根こそぎ薙ぎ払うアル!!」
固い結束の力と言えばいいのだろうが、怒りで冷静さを失っているだろうが、先ほどの銀時の言葉を聞き流してくれた事が唯一の救いだ。
普段ならばけして聞き流さず、菓子皿の次にその握力の犠牲になっていたのは間違いなく銀時だっただろう。
先ほど変態だなんだと言っていたが、そっくりそのままお前にも当てはまるだろうが、と普段ならツッコミを入れたいところだった。
目の前で拳を振り上げて声を合わせる三人の姿をみれば、そんなまともなツッコミも焼け石に水にも至らない。
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