前へ進め、お前にはそのがある

>色取り取り -act07-







突然の招かざる客の来訪に、騒然とした店内。客は皆一目散に逃げ、その代わり男達が店内へ入ればその中心であろう、男が進み出る。
ただならぬ雰囲気と共に危険な匂いを嗅ぎ取った銀時たちは、騒ぎに乗じてテーブルの下へと潜り込むと息を潜めた。
他の客と共に外へ逃げなかったのは、八郎の事があるからだ。
とにかく事が落ち着くまで、身を潜めているのが得策だと気配をできるだけ殺し様子を窺った。


「・・・胴元さん、またあなたですか。八郎を離して下さい。いやがらせはもう止めて下さい」

「ちゃうねん、ちゃうねん。今日はあの件ちゃうねんって、狂死郎はん。ホンマ、ワシもこないな事で出張るの正直しんどいんやで」


男は胴元とよばれたが、その正体は溝鼠組の若頭、黒駒の勝男と呼ばれる、厄介な相手だった。
さらにその上にはかぶき町四天王である、侠客、泥水次郎長がいる。どちらにしても大人しく黙って話し合いができる相手では無い。
近くの席へと仰け反るようにして座ると、どうやら昼間の勘吉とのやり取りがここへきた理由らしい。
勘吉は胴元はじめ、ここにいるヤクザを纏めている親分の遠い親戚だと言う。とんだ言いがかりだ。
だが互いの言葉を証明できるような物は、もちろん両者とも持ち合わせていないだろう。
狂死郎と胴元の言葉を拾い、纏めればなにやら他に胴元がここに関わっている理由があるらしいことは明白だ。
この店が何らかの理由で目をつけられているのだろう。神楽はその理由を先ほどのホストたちから聞いていた。

ここは大金が飛び交うホスト。それもかぶき町ナンバーワンホストのいる店だ。それを利用しない手は無い。胴元達にとってこれは、所謂ビジネスだ。
客相手にヤクを売りさばけと溝鼠組から誘いがあったらしいが、それを狂死郎は頑なに拒み続けるため、嫌がらせをしにやってくる。
今回は表向きは勘吉と八郎の、所謂子供の喧嘩の尻拭いをしにきたらしいが、その実はヤクの売人になれとの誘いだろう。
八郎もとんだものに目をつけられたものだ。
次から次へとハプニングが舞い込んでくる事に、手のかかるやつだと一緒に逃げたであろうおばちゃんへ問い掛けた、つもりだった。
自分達の後ろにいるものだとばかり思われたおばちゃんの姿は無く、よく見れば慌てた様子で八郎の側に立っている。
助けに入ろうと立ち上がった新八達だがそれを銀時が制止し、ホストたちの控え室を指差した。
気付かれないよう、そちらへ移動すると中にはずらりと並んだロッカー。
一体何をするのかと、問いかけようとしたは銀時の行動に驚いて逆に声を失った。


「ちょ! ぎ、銀さん何勝手にロッカー開けてんですか!? え、火事場泥棒?」

「違ェっつーの! お前もサイズ探して着替えろって」

「でも銀さん、着替えてどうするんですか?」

「まぁ、そう広くはねェかぶき町だ。顔もすぐ割れんだろ。でも一応、な」


相手はヤクザ。下手な敵は作らないのが得策だが、放っておくわけにも行かない。
ここに来る間にも残っていたホストたちの大半は、腰を抜かして使い物になりそうにない。
そこを突かれでもして下手に機嫌を損ねでもすれば、八郎どころか店も危ういだろう。
何よりおばちゃんもいる。それならばホストにでも扮して近づき、隙を突いて追い返すなりすれば、とりあえずこの場は収まる。
さっさと着替えた四人だが、だけはどう見てもホストには見えない。元の顔立ちが中性的なわけでも無いから、男装に無理があるのは仕方がない。
特にそこを指摘する事もなく無言でいれば、言いたい事があるならはっきり言えと視線で訴えかけられたが、逸らしてやり過ごす。

ロビーへ戻れば危惧した通り、胴元がテーブルを蹴りつけて機嫌を損ねたように酒を持ってこいと凄んでいる。
素早く近くにあったお酒を持ち颯爽とその場に立てば、何とか胴元の機嫌は直ったように思えた。
ソファの脇に立てばおばちゃんが銀時に気付く。正体を明かされる前に、素早く神楽がボディブローを入れて沈めてしまった。
無理矢理にお酒に酔い潰れた事にして、休ませると言って安全な場所まで避難させると胴元が早速本題に入ろうとした。
そんな胴元の言葉を遮って何を飲むかと聞く銀時に、焼酎の水割りを頼んだは良いが水と焼酎の割合をしつこいほどに聞き返す。
挙句の果てには、焼酎を三でいいのかと言う問いが「焼酎さん」と、最早胴元の名前になり問いかけが振り出しに戻ってしまった。


「焼酎さんちゃうわァァ!!」

「焼酎三ではありませんでしたか。申し訳ありません焼酎さん」

「いや、焼酎三やけれども! この「三」は「さん」やのーて、スリーや! 焼酎スリー水セブン、オッケー?」

「オッケェー、我が命にかえても」

「流行んねーからそれ! さっきから何か押してるけども! イラッとくるからそれ!!」


銀時とのコンビネーションに疲れた様子で溜息をつくと、改めて本題に入った。
早い話しが仲間に怪我をさせたくなければヤクを売りさばく要求に黙って頷けと言う事だ。
要求さえ呑めば、どちらにとってもおいしい話しだと語る胴元は、先ほどの出来事で苛立った気を落ち着ける為か煙草を咥えた。
隣に座った神楽は常日頃、色々な番組を見ていることもあってか素早く煙草に火をつける動作をする。
その動きには無駄が無いが用いた道具に若干間違いがあった。
胴元の脅しにも毅然とした態度で答えを変えるつもりは無いと、はっきり答える狂死郎の言葉。同時にカンカンと硬い物がぶつかる音。
火打石を打ち付ける神楽の手はすべり、胴元の頬に思い切りぶち当たる。当然要求に関しての言葉も途切れた。
ライターを使えと差し出すが、それも神楽の態とか本気かわからない行動で駄目にされる。

今まで黙っていた八郎はとうとう耐え切れずに、言いなりになることはないと声を荒げた。
ここまでくるのにけして苦労がなかったわけでは無い。それでも、自分達の生き方を曲げる事はしないと、確かな意志だった。
それを皮切りに胴元が八郎を押さえつけ、ドスを抜くとその指を全て切り落とそうと構える。止めようとするが狂死郎も押さえつけられて身動きが取れない。
振り下ろそうと翳した腕は、鈍い音を立てて銀時に止められた。手から滑り落ちたドスが地面についたのを合図にしたかのように、部下が挑みかかってくる。
後ろで控えていた新八が銀時へ投げたのは、ドンペリ三本。絶妙なタイミングで殴りかかってきた二人を叩きのめすと、最後の一本を手に取った。
同時に目の前に翳されたのは胴元が咥えていた串の先端。


「そう、うまくはいかんで、世の中 ん・・・メール 
あ゛あ゛あ゛あ゛!!


仲間からの連絡は飼っている愛犬が無事出産した事を知らせるものだったようだ。
すぐさま倒れた仲間に声をかけ店を出て行く。その際、まるで決まりごとのように捨て台詞を残していった。
世の中、うまく行かないこともあるが、こうしてうまくいくこともあると実感した瞬間だった。
まるで台風が過ぎ去ったかのように静かになった店内。
胸を撫で下ろす傍ら、ヤクザを追い払った事で、無断に拝借したスーツと割ってしまったドンペリ二本の事は水に流してもらいたいと密かに思う。
お礼を言う八郎に、とうとう銀時は母親に名乗り出ろとはっきりと言った。
言われた八郎はわけがわからないといった様子だが、新八もおばちゃんがどれだけ心配しているかと、諭すように語る。
だが八郎も頑なに認めない。母親は一年前に他界したと言うが、それは心の中での話かと言う銀時と同じくして、もそう思っていた。
そんな彼らへ次いで漏らされる八郎の一言に、誰しもが動きを止めた。


「オナベですからオラ。八郎は源氏名、本名は花子です」

「・・・はい? え、じゃあ・・・」

「銀ちゃん大変アル!! おばちゃんが・・・・・・どこ探してもいないアル!! ひょっとして連中にさらわれてしまったのかも・・・!」

「!! 母ちゃんが!!」


思い込みであったにせよ、まさか息子だと思っていた八郎はまったく赤の他人で、しかも元々女であった事実。
そして畳み掛けるようにしておばちゃんが居なくなった事に加えて、狂死郎からの最後の一言に誰しもが耳を疑った。
突然の事に皆咄嗟に判断できず、気付けば狂死郎は店を飛び出してしまっていた。





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