前へ進め、お前にはそのがある

>乗り越えろ -act12-







茂みから姿を表した雨月は言葉よりも先に、呆れを含んだ深い溜息を漏らした。
先ほどのような目にあっても、いまだこの世界にこだわり居つづけようとするが理解できない。
その言葉だけで一部始終を見ていたことが明らかとなる。なんといい趣味をしているのだと、皮肉めいた銀時の言葉も受け流した。


「もう一度聞きます。帰る気は無いのですか?」

「ありません。私の帰る場所は、皆がいる場所。万事屋です。ここが、私の居場所なんです」

「・・・そうですか・・・ならいたし方ありませんね」


ステッキの持ち方を変えたことに警戒心を露わにするが、それを嘲るように一度回すと現れた砂時計。
その砂は今朝、万事屋を出た時よりもさらに流れている。
何をするつもりだと問う前に、もう一度雨月がステッキを回せば突然、砂の流れが速まった。
瞬間、何かが崩れるような、融けていくような妙な感覚がを襲う。
背中をかけた寒気に身を震わせ、膝を折りうずくまれば頭を抱え苦しみだす。
突然の異変に驚き、何をしたと声を荒げれば、記憶の消去を早めたと淡々とした口調で答えた。


「テメェ・・・! すぐに止めやがれ!!」

「何を馬鹿な事を。彼女がただ一言、帰る、とだけ言えばこのような手間のかかる事をせずに済んだのです。自業自得ですよ」

「だったら力ずくで止めさせるまでネ!!」


言葉と同時に雨月へ殴りかかろうとした神楽だが、その拳は空を切り地面にめり込むだけに終ってしまう。
突然姿を消した事に驚きすぐ辺りを見回すと、平然とした顔で少し離れた場所に姿を見せた。
どうやらステッキを使い自分自身を移動させたらしい。なんとも厄介な事だろう。こうしている間にもどんどんとの記憶は掻き消されていってしまう。

うずくまったは自分の肩を抱くようにして体を震わせていた。
ザワザワと、まるで高熱が出た時に感じる寒気が背中を這うようにして襲い掛かる。
頭の中が締め付けられるような感覚に、声すら出ない。


さん! ・・・おいお前ェ! 何の権利があってこんな事・・・!」

「さて、あとどれぐらいで記憶が消えますかね。かなり速度を速めましたから・・・二時間ほどでしょうか」


新八の言葉など聞こえぬといった態度で、淡々と言葉を紡ぐ雨月に銀時が斬りかかる。
それも難なく空間移動で避けられてしまい、虚しく風を切っただけに終ってしまった。
睨み据えてくる三人を呆れた眼差しで見ると、懐から時計を取り出し時間を確認する。
いちいち態度が鼻につく男だと銀時が木刀を構えなおしながら吐き捨てるように言えば、それはこちらの台詞だと言葉が返ってきた。


「そもそも貴方がいなければ、彼女はここに居たいなどと馬鹿な事を口走る事はなかったんです。まったく忌々しい」

「テメェのやりてぇ事を邪魔する奴ァ、何だろうと全否定かィ。まるでガキだな」

「ええ、否定しますよ。邪魔をする者など、それこそ存在価値などないのですから」

「別に俺ァ、テメェなんぞに存在を認めてもらおうとは思っちゃいねェがな」


再び挑む銀時だが、結果は先ほどと同じものだった。
どこに現れるかまったく予測のつかない雨月の空間移動に翻弄されながらも、神楽も攻撃を仕掛けるが地面にクレーターを作るばかりだった。

は周りの状況を把握する余裕などなく、ただ消えてしまおうとする記憶を、必死に手を伸ばして掴もうとしていた。
だがそれはスルリと指の間をすり抜けて、消えていく。地面についた手は強く握りしめ、地面に爪痕を残し土を掴んでいた。
気付けば息も荒く、多量の発汗によって着物が貼りついている。
それに気を向ける間もなく歯を食いしばって痛みに耐えるしかできない。


「チッ!!」

「まったく。貴方も馬鹿ですね。無駄だと分かっているでしょう」

「うるせぇ!!」

「少し考えれば分かるはずだというのに・・・。まったく、貴方のようなのを猪突猛進と言うんでしょうかね」


何度挑みかかっても木刀が雨月を打つ前にその姿は消えてしまう。
その姿を言葉を投げつけながら鼻で笑うようにして見下すが、銀時は怯む様子もなくもう一度斬りかかって来た。
銀時が雨月を相手にしている間、神楽と新八は砂時計を壊そうと必死になっていた。
地面に叩きつけたり、木刀で殴りかかったり。しかしそれは懐中時計の時のように、ヒビ一つ入らない。
必死な二人の姿を見た雨月はまたも嘲笑を浮かべ、見下したように無駄だと言い放つ。

かつての懐中時計もそうであったが、砂時計も壊れぬように特殊なコーティングを施している。
原理としては眼鏡を壊さぬようにケースに入れているようなものらしいが、そのような事はどうでもいい新八達は、尚もそれを壊そうとしていた。
しかしを苦しめている物は、自身の想いで守られていると漏らした雨月の言葉に手が止まる。
砂時計は、から貰った大切な物。それを壊したくない、大切にしたいと強く願う『想い』でコーティングし、守られている。
の気持ちがある限り、壊れはしないだろう。なんと皮肉な事だと、さも楽しげな笑みを浮かべた。

その笑いが気に食わなかったのか、銀時は強く踏み込み雨月へと木刀を振りかざした。
雨月は無駄だと言いながらまた移動をしたが、別の場所に現れた瞬間、目の前に何かが迫った。
確認し、理解する間もなく気付けば激痛と共にその場から数メートル離れた場所に飛ばされ、地面に倒れ伏していた。
呆然としたまま鼻に感じた妙な違和感。顔面を木刀で殴られたと気付いたのは、滴る鼻血が土を濡らしたのを見てからだった。
何故、と掠れて言葉にならない呟きを漏らせば、あってはならない、ただの偶然だとその身に起こった事を否定する言葉ばかり吐き出す。
木刀を担ぐようにして立っていた銀時は、それを一振りすると再び構える。立ち上がり銀時を睨む目はただ怒りに染まっていた。


「ありえない、ありえない・・・! 単なる偶然だ! 当てずっぽうに振り回したそれがたまたまぶつかっただけに過ぎない!」

「だったら試してみろよ。何度テメェが消えても、その面に何度だってくれてやらァ」


銀時の赤錆色の目が強く、雨月を射抜くように光った。





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