前へ進め、お前にはその足がある
>乗り越えろ -act11-
山の攻撃を新八が木刀で受け止めた。暫しの鍔迫り合いの後、互いに身を引き間を取る。
新八へと集中している山の隙を突き、が身を屈め素早く足払いをかけようとした。
寸でのところで動きを読まれ、身軽な動きで跳躍し攻撃を避けると距離をとり刀を構え直す。
二人を見据える傍ら、戻らない仲間たちの事を考えた。辺りに漂っていた殺気も薄れていると気付き、策は失敗に終ったのだと悟る。
そこで浮かべた笑みに新八達が訝しげな表情を見せたのは無理もないだろう。
「坊主、どうやらお前らの勝ちのようだな」
「え?」
小さく疑問を口にしたが、答えずに山は刀を鞘に収めると素早く踵を返し、雑木林の外へ向かって走り出した。
一瞬それを追いそうになったが、自分たちの役目は足止めである。深追いする理由は無いと、判断して踏みとどまった。
緊張が解れ、息を小さく漏らすと肩に入った力が抜けていく。
互いに顔を見合わせ、銀時達のところへ急ごうと廃屋へ向かえば、お菊が善次郎の応急処置を済ませたところだった。
元々の傷は殆ど塞がりかけていたが、今回新たに出来た傷なども多数ある。ずっと眠っていた事もあり、体力すら回復しきっていない。
どれも小さな傷ではあったが、治るまでにはまだ時間がかかるだろう。
「銀さん」
「お、そっちも終ったのか」
突然逃げ出してしまった事を話せば、何か納得したような態度を見せた。
手当てを終えた善次郎は、着物の袷を整えるとその場に座ったまま謝罪を口にする。
今回の件はそもそも、過激派であった攘夷浪士の中から抜け出した事が発端だった。
ターミナルを爆破するなどといったものから、天人の大使館を狙って攻撃を仕掛けるなど様々な策が練られていく中で
善次郎は真っ当に生きたいと願い、そして仲間を抜け出た。
もちろんそれを許すはずもなく、大きな策の前では特に作戦が漏れる事を恐れた。故に、口封じの為に浪士達は善次郎を狙っていたらしい。
巻きこんでしまってすまないと、頭を下げてくる善次郎だったが銀時たちはそんな深く気にはしていなかった。
「別に巻き込まれてなんかいねぇよ。こっちから首突っ込んじまっただけだ」
「それにトラブルなんてウチじゃよくある事アル。気にすんなヨ」
すまなさそうな善次郎の言葉とは逆に、実に軽い返事をすれば、短く笑みを零して立ち上がる。
傷が痛むのだろう。一瞬顔をしかめたが、それでも歩けないわけでは無い。
これ以上は迷惑は掛けられないと、もう一度謝罪を口にして去ろうとするがお菊がそれを制止した。
まだ傷が治りきっていないのだから無茶は良く無いと言うが、善次郎に留まる気など無いようだ。
「俺なんかと居たら、またアンタが危険な目にあっちまうからな。何、暫くは身を潜めて傷の回復に専念するさ」
「だ、駄目です! もっと、ちゃんとした治療をしないと・・・。小さな傷だって、放っておけば大変な事に・・・!」
「でもこうしてアンタが応急処置してくれたからな。大丈夫さ」
実に軽い返事だった。
手をヒラヒラと振りながら歩き出した善次郎へ、お菊は何かを言おうとするが口を微かに開いては閉じてを繰り返す。
胸元に手を当て俯きながら、その行動を繰り返していれば、草を踏む音が次第に遠くなっていく。
小さく、お菊が呟く。それは言葉として誰の耳にも届いて無いが、確かに何かを言ったという空気が流れた。変化を感じてか、善次郎の足が止まる。
「・・・また、そうやって居なくなるんですか・・・?」
「・・・何のことだ?」
「あの日だって・・・突然だった。また・・・あなたは・・・・・・お兄様は目の前から消えるつもりですか」
「・・・・・・・・・悪いが、人違いだ」
善次郎の唸るような低い言葉にお菊はそんな事は無いと、否定の言葉を重ねた。
長く離れていようと染み付いた癖がある。面影がある。
兄だと確信に至るものを言い連ねるが、どれも善次郎は勘違いだと一言で斬り捨てた。
たとえお菊の言うとおりに兄だったとしても、医者の家族に、命を奪う奴が身内に居ていいはずが無いと首を振る。
元より攘夷浪士として追われる身であり、仲間を裏切った為に今回のようにかつての仲間からも命を狙われている。
どちらにしてもその身に危険を招く事にかわりは無いとはっきり言えば、お菊は言葉を飲み込んだ。
「アンタのおかげで、傷も大分良くなった。良い、医者になりな」
「まっ・・・!」
静止の言葉は思わず途切れてしまう。伸ばした手は空を切って力無く落ちた。
一度止めた足を動かし歩き出せば、その背は次第に小さくなり、雑木林の奥へと消えていこうとする。
どうしたらいいのか分からないお菊はただ呆然とその背を見つめていることしかできない。
「・・・追わなくて、良いんですか?」
「・・・追って、そのあとどうしたら良いんですか・・・」
追ったあとに言う言葉など何も見当たらなかった。もしかしたら善次郎の言うとおり、ただの勘違いであり人違いかもしれない。
それなら尚の事、善次郎一人に執着する理由が見当たらない。顔に影を落とし落ち込むお菊は、目を伏せ唇を噛み締めた。
顔を上げれば視線の先の背はもう殆ど見えない。不意に銀時が少しだけ歩みを進めると、お菊の前に出た。
「アンタとアイツが兄妹かどうかとか、んな事ァ、俺達にはわからねぇ事だ。
でも一つだけ、確かに分かる事がある。アンタにも分かるはずだ」
「・・・え?」
「ほら、患者が逃げようとしてますよ。放っておいちゃ駄目ですって」
の言葉に思わず目を見開いた。確かに傷も完治しているわけでもなく、それどころか新しい傷がいくつもついてしまった。
それを放っておくわけには行かない。元々怪我をしている姿を見つけて助けたのだ。途中で放り出すような事など、して良いはずがない。
そう思ったところで考えるより先に足が動く。
走り善次郎を追えば、まだ雑木林を出ていない。強気に歩いてはいたものの、実際はフラフラとした足取りで足元が覚束無い状態。
逃げられる前にと、お菊がその腕を掴めば心底驚いた顔をしてお菊を見る。何故だと問うがそれに対しての答えなど一つしか残っていない。
「まだ、傷がちゃんと治ってません。私は医者になるんです。途中で、治療を放棄するような事はしません」
「だ、だからこんなもん唾つけときゃ治るって・・・!」
「そんなもので治るなら、世の中から医者が消えてしまいます。傷が回復するまでは離す気はありませんから」
勘弁してくれと言った顔をしながら腕を引っ張られる善次郎と、どこか怒ったような表情で歩くお菊。
二人の姿が見えなくなった頃、漸く終ったとホッと一息つけば思わず吹き出してしまった。
最初からそうであったが、やはりお菊は意志が固い。分かりやすく言うなら頑固者だろう。
このあと、あの二人がどうなるのか、どうするのか。実際善次郎がお菊の兄であるのか否か。
それらは全てお菊たち家族の間の問題で、銀時達には関係の無い事である。これ以上首を突っ込む事もないだろう。
「それで、テメェはいつまで高みの見物だ?」
銀時の言葉のすぐあと、周りに倒れていた浪士達全てが忽然と姿を消してしまった。
このような芸当ができる者など一人しかいない。邪魔な者は居なくなったとばかりに背後より出て来たのは雨月。
だがその顔に以前のような張り付いた笑みはなく、ただ不快感を露わにした表情だった。
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