前へ進め、お前にはその足がある
>乗り越えろ -act09-
「この写真を撮ったあとすぐに、善次郎坊ちゃんは家を出たのさ」
呟くようにして告げられたトメの言葉は確りと四人の耳に届いた。
本条は代々続く医者の家。家を継ぐのは長男であり、弥三郎も例の漏れず善次郎に跡を継がせるつもりで教育を施していた。
傍から見てもそれはとても厳しく、一日に何度となく屋内に弥三郎の怒鳴り声が響いた事もある。
年の頃から見ても反抗、反感を抱くのも仕方の無い事だろう。写真を撮った後、とうとう家を出てしまった。
今では消息はおろか生死すらもわからないまま。
ここまで来れば一つの仮説が浮かび上がってくる。
しかしそれはあくまで仮説だが、ほぼ真実と言ってもいいだろうほどの確信がある。
これが確かならば、正体もわからない男を匿い場所まで教えたトメの行動も、頑なに男を治療すると言うお菊の意志の強さも説明がつく。
「あの男が、その善次郎ってことか?」
「・・・・・・いくら歳を重ねようと、面影は変わらないものだねェ・・・」
トメは初めから男の正体に気付いていたようだ。
それを銀時達に話さなかったのは、まさかそこまで鋭いとも思わなかったからかもしれない。
何よりお菊を連れ戻すことに言う必要も無いと判断したのだろう。
「じゃあ、お菊さんもその事を?」
新八の呟きにトメはそれはわからないと首を横に振った。
善次郎を連れてきた時は一刻も早く怪我の治療をして助けてあげたい。その一心だったように思える。
たとえ正体に気付いていようとも結果はさほど変わりはしなかっただろう。お菊の頑なさを知った今だからこそ出た答えだ。
善次郎の事を一通り聞いたあとは写真立てを返し別邸を出た。銀時は何かを思案するような表情を見せる。
弥三郎からの依頼は、お菊がどこで何をしているのか調べて探して欲しいと言う内容。
連れて帰ってこい、と言われればそれこそ、あの手この手でなんとかお菊を説得して家に帰すのだがその必要は無い。
とりあえず依頼はこなした。あとはそれをどう伝えるかに問題がある。
考えも纏まっていない内についた本条家本宅。しかしタイミングが悪かったのか、弥三郎は大事な患者の相手をしているようで門前払いをされた。
後日改めてきてくれと言われてしまえば無理強いをすることもない。
万事屋へ帰ろうとする傍ら、まだ時間は午後になって間もない。今から帰っても正直、特にやる事など無いわけだ。
ならば残った時間を雨月を探すのに当ててはどうかと、神楽が言い出す。たしかにお菊達の事もあまり時間はかけていられない問題かもしれないが
の記憶の猶予から考えてこちらの方が切羽詰っている状態に変わりは無い。
異論など出るわけもなく、最初は四人で手分けして探そうとしたがを一人にするのも危険だと、ここは二手に分かれて探すことになる。
決め方は厳選にその場でのアミダで決めた結果、銀時と新八。神楽とと決まりその場を落ち合い場所にして別れた。
暫く歩き回って人に聞いてみたりしたがなに一つ手がかりは掴めず、気がつけば夕暮れ時。
元から正体もよくわからなかったような男だ。それにどこにいるのかなどといった情報など一つも持っていない。
そう期待もしていなかったのは確かだったがこうも見事に予想通りの結果が出ると、落胆しなくとも溜息は出てしまう。
そろそろ帰ろうと、落ち合い場所へ向かおうとしただったが突然神楽が腕を掴んで引っ張ってきた。
バランスを崩したは慌てて体勢を立て直ししゃがみ込む神楽の横に同様にしゃがんでみたが
一体どうしたのかと問おうとした言葉は、突然路地裏より聞こえた男たちの声で遮られてしまう。
二人でそっと影からのぞき見れば薄暗く狭い道に男が三人立ち並んでいた。
コソコソと何かを話している姿ももちろん異様だが、その佩いた刀と風体でさらに異様さをかき立てている。
どうやら攘夷浪士らしい男たちは、何かを囁きあうように相談をしているようだった。
微かに聞こえる言葉は途切れ途切れで、二人して息を止めるように全神経をその声に集中させる。
「・・・は、どう・・・」
「・・れは・・・の・・・」
よく聞こえないと呟きながら神楽が気配を殺して少し先にあるゴミ箱の影まで足を進めた。
さすがにその様な場所で二人が隠れては見つかってしまうと、は動かず様子を窺いながらも傾けた耳はけして疎かにしない。
所々で途切れる言葉の数々。だがその中で聞き覚えのある名前が聞こえた気がした。
一瞬驚いたように息を飲んだはもう一度、少しだけ身を前に進めて一つひとつの言葉や音を慎重に拾い上げていく。
「では、奴はその雑木林に・・・?」
「ああ、善次郎は確かにそこにいる。どうやら女に匿われているようだ・・・どうする」
「知れた事、奴は我らの秘密を知っている。もし外部に漏れるような事があっては策も成し得ん」
「致し方あるまい。しかし女はどうする」
「恨みは無いが善次郎から何かを聞いているやも知れぬ。一通りの事を吐かせた後、殺す」
聞こえた単語に一瞬息を飲んだは、戻ってきた神楽と共に音を立てぬよう注意してその場からすぐに離れた。
雑木林に向かおうとしたがその前に銀時達に知らせねばならない。
急いで落ち合い場所へ向かえば、既に戻っていた銀時と新八の姿を見つける。
慌てた様子の達へ何があったと問う前に説明は走りながらするからとにかく今はお菊の元へ急ごうと、そのまま銀時達の目の前を走りぬけた。
走る傍ら、追いついた銀時たちへ男たちの事を伝えればその目は一瞬険しくなる。
日暮れも過ぎた頃、廃屋の中には電気など通っていない為、蝋燭の明かりのみが唯一の光源だった。
薄明かりの中でお菊は甲斐甲斐しく善次郎を看護している。今はまだ傷が癒えきっていないためか、眠っていた。
桶に張った水を替えようと立ち上がったところで、突然扉が蹴破られる。
刀を構えた数人の男たちに驚くが、次には強気に睨みつけながら「誰ですか」と問う。それには答えずただ、善次郎を差し出せと言う男たちの申し出に
もちろん首を縦に振るわけも無く、他の者が構わず殺してしまえと刀を抜いて構える。
「女、退け」
「退きません。私がこの場から動けば、あなた方はこの人を殺すつもりでしょう」
退かねば殺す、と脅しを効かせてもお菊はそこから微動だにしなかった。
本当は恐いだろう。男達を射抜くように見つめる目は確かに強いが、その体は微かに震えている。
「まあどのみち、貴様もその男のあとを追う事になるからな。怪我の治療がしたくばあの世で好きなだけするがいいさ」
「まて、この女にも聞かねばならんことがある。まだ殺すな」
先頭にいた男が刀をかざした所で別の男が制止する。しかし善次郎を殺すのに妨げになっているお菊を放っておくわけにも行かない。
刀を反し峰打ちで気絶させようとそのまま振りかざしてきたが、それは高い音を立てて防がれた。
その場にいる誰もが予想していなかった善次郎の抵抗だった。
大分傷も回復していた事もあっただろうが、この騒ぎと放たれた男達の殺気に勘付き意識を取り戻していたのだろう。
半身を起こして鞘に入ったままで刀を防ぐと、素早く立ち上がりお菊を護るように男たちと対峙する。
暫しの間、糸がピンと張られたような緊張感が漂う。相手の一瞬の隙を窺っていたところで善次郎は足元へ視線を向けた。
それも一秒とも満たない短い時間だったが、その一瞬を狙い男は踊り出る。
一度防がれたが今度はそうは行かぬとばかりに、刀を大きく振り下ろそうとした。同時に強く床を踏みつけるような音が短く響く。
刀は振り下ろされきる前に、男は突然顎に強い衝撃を受けて仰け反り倒れた。
善次郎が床を踏みつけた衝撃で別の板が外れ、それが顎に命中したらしい。
待っていた一瞬の隙。そこをついて善次郎はお菊の手を掴むと背後の壁向かって一気に走りぬけた。
元々廃屋である。そう壁も厚いわけでは無い。助走をつけて体当たりでもすればその壁はあっさりと打ち破られた。
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