前へ進め、お前にはその足がある
>断ち切れ -act07-
中途半端に繋がったままの袖は引き裂いた。どんな場所かもわからないそこから逃げるのに、使い物にならなくなった袖は帰って邪魔である。
いつまでもその場に座り込んでいるわけにもいかないと、ふらつきながら立ち上がった。
熱を持った傷口のせいか、頭がグラグラと揺れる。壁に手をつきながら通路へ出た所で突然の爆発音と振動が襲いかかった。
予期せぬ事態にもともと足元が覚束無い状態だったは、壁に背を打ちつけながら倒れてしまう。
状況を把握する前に、二つ、三つと大きな爆発が連続して起こった。
その騒ぎに周りを走るのは浪士達。床に倒れるを気にかける様子もなく「幕府の連中か」と言いながら横を走りすぎていく。
熱と痛みと揺れに途惑いながら歯を食いしばり、再度立ち上がるとヨロヨロと人の流れに沿って歩き出した。
「うわァァッ!!!」
「ッ!!」
歩いていたは今まで遠かった爆発音と揺れがすぐ近くで起こり、また倒れてしまう。
幸い近くと言ってもそれも距離のある場所だった為怪我はなかったが、倒れた拍子に怪我をした肩を強か打ち付けてしまった。
痛みに声すら上がらず、暫くはその場にうずくまるばかりでようやく上体を起こした時、目の前には焦げた壁と大きく空いた穴。
数名の浪士が倒れているか、それに気を向けている暇も無かった。
風に乗って焼けた匂いが鼻腔を刺激する。同時に、微かに香るのは潮の匂い。
壁に空いた穴から見えたのは今だ続く砲撃によって激しく波打つ海と、端には港らしきもの。
それを確認した所でようやくは自分が船の中にいる事を知った。目の前は壁と共に床にも大きく穴が開き、とても通れる状態ではない。
立ち上がって元来た道を戻るように進むと、微かな揺れにも足を取らてしまう。
先ほどまで近くをバタバタと走っていた浪士の姿は影一つ無く、どうやらこの敵からの攻撃であろう爆発騒ぎに、皆はもうどこかへと向かってしまったらしい。
誰か一人でもいればコッソリと後を追って出口を目指すつもりだったは仕方なく、己の勘を頼りに歩くしかなくなった。
「・・・あっ、ツ・・!!」
先ほどよりも遠くで聞えた爆音。揺れる船内にもなれはじめた頃、突然の奇妙な浮遊感と共に前に傾く船。
あまりの急斜面に踏ん張る事も出来ず倒れると、そのままゴロゴロと転がってしまう。
その度、肩の痛みが体に響くが歯を食いしばってそれに耐えながら、ようやく手すりに掴まる事ができた。
暫くすれば船の傾きは治まりホッと息をついたはまた歩き出す。
右へ左へと曲がりながら出口はどこかと扉らしきものを開け、時には中を覗き込み捜すがそれらしき物はどうしても見つからない。
何故こんな所に、こんな事態に巻き込まれているのか。
だんだんとの思考は現状に至る原因を考えるほうへと流れていった。
ここに来てどれぐらい経っているのか。似蔵に斬られてから目を覚ますまでどれほど時間をかけたのか。
まったくわからないが考えて出る答えはどれも推測でしかない。
そういえば、とはふと思い出す。似蔵が斬られた腕をさして「君の所の坊や」と言っていた事を。
似蔵がそう表現でき、該当する人物はどう考えても新八しかいない。
やはりそれも推測でしか無いが、例えば真実がそうであったとして、似蔵の腕を斬るまでに至ったのだ。
多かれ少なかれ、今自分が巻き込まれているこの事態にも新八や神楽、銀時も関わっているかもしれない。
何より夜の町をかけていたであろう、定春かもしれない「大きな白い犬」の存在もその考えを後押しした。
「ッッ、ァ!!!」
突然、今までの爆発とは違う大きな音と揺れ。
なにかがぶつかったような衝撃に船体は大きく振動し、の体は横揺れに翻弄されるまま倒れ転がり、壁に背を打ちつけた。
カシャンと、細い音を立てて落ちた何かに気付き目を開ければ、今の衝撃で懐から飛び出てしまったのだろう。
ガラスの表面に細かいヒビを残す時計が落ちている。
倒れた体はそのままにして時計を手にすれば、今までは微かに掌に感じた秒針の振動を今は微塵も感じさせない。
ひび割れ見辛い文字盤を目を凝らしてみれば、その秒針は止まっていた。裏面にして見ればそこも、小さくヒビがいくつか入っている。
完全に壊れてしまったらしい。
軽く握り締め少し考えたは、それをそっと懐にしまった。
「はやく、出口を探さなきゃ・・・」
次第に治まる振動。立ち上がったは強く前を見据えて歩き出した。
先ほどの振動が原因なのか、それともその前に起こった大きな爆発なのか。
船内の所々が壊れ、崩れ、時折壁から配管やコードなどが剥き出しになっている。
パラパラと落ちてくる破片などもあり、いつ崩れるかもわからないそこから一刻も早く脱出したかった。
しかし如何せん、出口がわからない。探すにしても何処もかしこも崩れているため、自分が通った道などわかりもしない。
そんな時、いくつ目とも知れぬ角を曲がった所で見知った顔と出くわす。
「か、桂・・・さん?」
「なっ! 。何故君がこのようなところに!?」
「あの、ちょっと攫われちゃったみたいな・・・そんな感じで」
「攫われたみたいって・・・、まあいい。今は話しをしている暇は無い。
ここは危ない、俺と共に・・・いや、そちらのほうが危険だな・・・」
何かを言いかけ思案する桂を見つめるは、出口さえ教えてくれればそれで良いと口を開こうとした。
それより先に、神楽と新八がこの先にいると指し示した事での言葉はそのまま飲み込まれてしまう。
詳しい話を聞きたいところだが、先ほど桂が言ったように暇が無い。
ここは神楽達のところへ行った方が良いだろうと礼だけを述べ、その場を後にした。
本当なら聞きたい事が山のようにある。
今回の事。似蔵の事。高杉の事。
有りすぎて、どれを誰に聞けばいいのかわからない。
ただ一つ。今ここでもし、一つだけ聞く事が許されると言うのなら。
「皆、無事・・・だよね?」
呟いたの言葉。
気付けば走り、ようやくたどり着いた開けた場所にいる二人の姿が、その答えとなった。
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