前へ進め、お前にはそのがある

>断ち切れ -act04-







時間にして何時頃か。
夜中というにはそこまで遅くなく。しかし月の位置からすればもう充分遅いとも言えるような微妙な時間帯。
は疲れているはずなのに眠れずにいた。

結局横になる事を諦め、眠気を感じるまで壁にもたれて座って過ごす事にしたが、やたらと静かで耳鳴りがする。
遠くで犬が吠えるような声が聞こえるが、それが途切れればまた静寂。
窓から見える月は夜空に丸々と浮かんでいる。見事な満月に、暫し目を奪われていたは突然、扉をガタガタと揺らすような音に体を震わせた。
驚き、耳をすませば気のせいかと思えるぐらい静まり返っている。
やはり気のせいだったと安堵し胸を撫で下ろした瞬間、またガタガタと扉の揺れるような音。
もしかしたら朔かもしれないと思い、部屋から出て寝室へ向かったが灯りのついていない部屋で朔は静かに寝息を立てている。
では一体何の音か。不安と恐怖が一瞬湧きあがったが、胸元で握りこぶしを作り強く握る事で、なんとか気持ちを正常に保つ事ができた。

先ほどより弱いが、やはりカタカタと揺れる音はどうやら裏口の方から聞こえるようだった。
足音と息を殺し裏口へと近づけばまるで強風によって揺れるかのようにドアが音を立て揺れる。
息を飲み、そっとドアノブに手をかけようとしたがそこで一旦手を引っ込め、近くにあった箒を手に取るともう一度、ノブに手を伸ばした。
もしかしたら泥棒の類かもしれない。慎重に、ノブを回すと一気に扉を開けて外へ踊り出て箒を構える。
しかし風も吹いていなければ、ドアを揺らしていたような不審な人影もなく先ほど同様に、静寂のみがあたりを包んでいた。
勢いで開いたドアは勢いをそのままにまた閉まってしまう。
パタリと音をたてて閉った扉の音がやけに虚しさを強調する。

気を張りすぎていたのかもしれない。
ドアが揺れていた理由はわからないが、それでも色々と根を詰めすぎているのは自分でも気付いていた
箒を持って外に立ち尽くす今の自分の姿に思わず笑いが込み上げてきた。






「なにやってんだろう、本当・・・・・ん?」






夜闇を切り裂くように輝く満月。建物が立ち並ぶ街並み。
見慣れた街の影の合間に、やはり見慣れた白く大きな何かが疾走している姿が一瞬、その視界に映る。
思えば夜になっても電話が通じなかった。二回かけただけで、もしかしたら今は皆家で寛いでいるかもしれない。
そう思いながらも、夜中に走る定春と思わしき姿に疑問を抱かずにはいられない。同時に不安が過ぎる。
ザワザワとした嫌な予感。こういったときの予感は嫌なことに、よく当たるのだ。
確証はない。それでも一度巡り出した考えは嫌な方へと転がり、止まる事を忘れる。


箒を投げ出し走り出したは影が走り去ったほうへと向かうが、一体どこに行こうとしているのかまったくわからない。
その殆どを勘と予測に頼る他なく、人の少ない道を右へ左へ走りぬける。
どれだけ走ったのか。息の乱れたの足はとうとう止まってしまう。考えてみれば、アレを定春だと思い込んだのは一体何故か。
もう一度電話をかけてみればよかった。朔の店も裏口の鍵だって開けっ放しである。
そんな事が頭の中でグルグル回ってきた所でもう一度店に戻ろうと踵を返した時。表通りの方だろう、男たちの話し声が耳に届いた。





「さっきのあのデカイ白いのなんだったんだろうな? 犬っぽかったけどさー」

「ほら、ちょっと前にニュースでやってたじゃん。アレじゃね?」

「えー? そんなニュースやってたっけか?」





聞こえた言葉一つひとつを頭の中で受け止め、整理した所でやはり、先ほどの影は定春だったのだと確証を得る。
では一体何故こんな時間に外を走っているのか。もしかしたら定春ではないのか。
そこまで考えては頭を振った。そもそも定春は狗神という珍しい種族であり、しかもあの大きさは規格外だというのは知っている。
消去法でいけばやはり定春であり、この時間に外を駆け回っているとなれば答えは一つしかない。今だ、皆は外にいるということだ。
仕事が仕事である。夜だって働く事はあるし帰りが朝になるときもたまにあった。その全部が危険な仕事などではないと解っている。
しかし一度脳内に過ぎった嫌な予感と言うものは払拭するにはかなり苦労する。
嫌な考えはどんどんと「もしかしたら」と言う考えをいくつも生み出す。
とにかくこの場に立ち止まってああでも無いこうでも無いと、一人で悩んで居ても仕方がない。
今まで来た道を戻る形で行けば万事屋へは近道だと踵を返し走り出した。




だが慌てすぎていたため、大事な事を二つ忘れてしまっていた。
一つは、路地裏には入らないという事。









もう一つは。












「おやァ? アンタ確か・・・」



「っ!?」











辻斬りがでるという事。





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