前へ進め、お前にはそのがある

>家族 -act10-







勘七朗の騒動から数日。
銀時は斬られた肩が治るまで大人しくしておけと言われ、今は一人居間で既に三回は読んでいるジャンプで時間を潰すしかない。
新八たちは依頼が入ったために外に出てしまっている。
もちろん最初でこそ銀時も一緒に行くと言ったが三種三様に大人しくしていろ、と万事屋へと押し込めさっさと出かけてしまった。
暫し閉った扉を土間に突っ立ったまま見つめていた銀時だったが、最後には諦めと共に溜息を一つつき今に至る。
思い出した先ほどの出来事。いつもならジャンプを読み始めれば周りが見えないぐらい集中するというのに
気分が乗らないのか、数ページ捲くった所で溜息をつきジャンプをデスクの上に半ば投げ捨てるかのように置いた。
いつもの癖で仰け反り後頭部に手を回そうとしたが、肩を負傷している為それは痛みを伴い顔を顰めるだけに終わる。


「そもそもアイツらは心配しすぎなんだって。こんな傷、飯食って寝てれば治るんだっつーの」


背凭れに背を完全に預け天井を仰ぐようにして独り言を呟くが、もちろんそれに返って来る言葉は何もない。
視界に入った天井灯が、不意にあの日の公園を照らしていた外灯と重なる。

ベンチから立ち上がり歩いていた銀時の背に向けられたの視線。
それはただ視線を向けられていた、と言うわけではなく別の感情が含まれていたように思える。
真意の程は自身に聞かなければわからないが、はたして聞いて素直にそれを答えるか否か。


「たぶん誤魔化すんじゃねーか?」

「何がですか?」


「うおおおぉっ!?」


返答などありはしないと思っていた矢先、突然背後から聞こえたの言葉に驚き椅子から派手に転げ落ちる銀時。
咄嗟の事だったが体が動きを覚えているのか、怪我をした肩は受身を取ることで庇う事が出来た。
倒れた銀時を見て驚き、慌てて駆け寄ったが手を貸して何とか立ち上がると、銀時は何故がここにいるのかと聞く。


「え、だってもう終わりましたから・・・」

「え? やけに早くね?」


そう言って時計を見たが、ほんの少ししか時間が経っていないと思っていた銀時は間抜けな声を上げてしまった。
既に達が万事屋を出て五時間は過ぎている。どれだけ自分の中で時間が狂っているのかと、呆れる他なかった。
新八と神楽は一体どうしたのかと問えば、新八は晩御飯のおかずの買出し、神楽は定春の散歩ついでに酢昆布の買出しに行ってしまったらしい。
は銀時が大人しくしているかどうか不安だから、先に帰って見張っておけと言われ、帰ってきたと言えば銀時はさらに呆れた顔をする。

倒れた椅子を直すとは銀時に先ほどと同じ言葉を投げかけてくる。
一瞬、それを誤魔化そうともしたがそれでは何時までたっても疑問は疑問のままで終わってしまう。
とりあえずソファに座るように促して互いに向かいあうようにして座った。


「オメーさ、なんか悩みでも抱えてねー?」

「え、悩み・・・ですか? なんで?」

「何でって・・・あー、いい、回りくどいのは無しだ。埒が明かねー」


一旦そこで言葉を切ると改めを見据えて、今度こそ率直に聞いてきた。
あの日、銀時へと向けた視線。それに含まれた感情は一体なんだったのか。
普段ならそんなに気になることではないだろうが、やけにその時の視線は気になって仕方がない。
何もなければそれでいい。単なる思い過ごしや思い違いで済むのだから。

そこまで言って銀時がを見れば、少しだけその目元に影が落ちていた。
言い淀んでいる、というよりもなんと表現していいのか、言葉を選んでいるといった様子に静かにの言葉を待った。


「正直、自分でもわからないんです・・・ただ、なんて言うか・・・・漠然と不安だったと言うか、怖かったと言うか・・・」

「あー・・・、怪我の事か?」

「たぶん、そうだと・・・。でも私でもよく判らないんです。ごめんなさい」


はっきりとした答えを示す事が出来ない事を申し訳なく思い謝っただったが、伸ばされた手がその頭に乗せられ
ぐしゃぐしゃと乱暴に掻き混ぜるように動くと、その髪は見事に混ぜられてしまった。
顔を上げればいつもと変わらない、捉えようのない無表情にも思えたが口元が一瞬、笑みを描いた。


「謝るこたァなんもねーだろ。誰だってそう言うのはあるだろうよ。
 何もなきゃそれでいい、俺が気にしすぎただけだ。だからオメーも気にしすぎんな」

「・・・はい。
 それにしても、少し残念です」


の突然の切り替えしに、一体何がだと言葉にせず表情で問い返せば勘七朗の事だと言う。
銀時の子であったならば今頃一緒に住んでいたというのに、とぼやくへ半ば本気に嫌そうな顔をする銀時。


「おいおい、勘弁してくれよ。俺はそこらで子供作って放っておく非情な男じゃねーよ。
 俺ほど紳士的な男はそうそう居ねーよ?」

「紳士的の前に駄目な天パーがつきそうですよね。略してダテンシ?」

「・・・ちゃん、俺をそんなふうに見てるの? ちょっとショック強いんですけどー。
 駄目だー。銀さんのガラスのハートは粉々で再起不能! つーことで、。いちご牛乳買ってきてくんねー?」

「はいはい、わかりましたよー」


いつもの調子で言えば、ようやくの顔にも明るさが戻り財布を持ってそのまま外へと出ていく。
扉を閉める時、居間のほうからメーカーはどこそこのでなければ駄目だという銀時の言葉に返事をしながら扉を閉めた。
階段を静かに下りながら、は先ほど聞かれた銀時の質問を胸の内で繰り返した。


あの時、銀時が受けた傷がそのままその体を蝕み、銀時の全てを飲み込んでしまうのでは。
そのまま目の前から消えてしまうのではないか。
そんな漠然とした不安や恐怖が一瞬、身体中を駆け巡った。
瞬きをするかのような瞬間的に沸き起こったそれは、すぐに形を潜めにもなにがなんだか理解しがたかった。



「でも、銀さんはちゃんといるし・・・。きっと今まで見たことないような傷だったから不安になっただけだよ」



自分へ、そう言い聞かせようとした。


その時不意に、ガチリと、何か錆びついたものが動いたような音が胸元からか、自分の鼓動なのか。
確かにには聞こえたが、一体何なのかそれは分からなかった。
ただ一つだけ心当たりがある。
懐を弄り出てきたのは先日拾い、男に『後ほど取りに来る』と言われた懐中時計。
不気味ではあったが取りに来るといわれてしまえば、捨てるわけにも行かずこうして持ち歩いているのだ。
壊れてしまった音か何かと思ってみたが、その秒針はただ静かに時を刻んでいた。




それを確認するとすぐに懐に仕舞い、まるでそれらを忘れる為のように一気に階段を駆け下り走り出した。





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